102 解呪
「《氷の盾》」
アリアとファイリアの戦場。
ヤマト達の居る広場中央からは離れ、敵味方ともに横槍の入らない状況。
一対一で向き合うアリアだが、今は基本的に防戦。
その状況は停滞しつつある。
(負けない状況とは言え、勝てる状況でも無い時点でジリ貧なのよね……)
《死霊奴隷》として操られているファイリアは、純粋にアリアを仕留めに来ている。
だがその理性が封じられた状況は、加減の無い本気の魔法をアリアに放ちつつも、理性無きゆえにいなすのは容易となっている。
だからこそ、今のままなら負ける気はしないのだが……。
(かと言って、こっちの動きも制限されてたらやりにくい事には変わりないわよねぇ……)
相手は操られた精霊。
殺す訳には行かず、多少なりとも加減は必要。
だがその加減のせい、イマイチこの場を決めきれずにいる。
(やっぱり今の状況から解放するのが一番良いんだけど、これもまた決め手が足らないと)
ファイリアを操っている原因。
《死霊奴隷》は本来、死体に対して使用される魔法だ。
それを生者へ掛ける為に何かしらの細工がファイリアに掛けられているはずだ。
そう思い、《呪い》や《魔法効果》を解除する《解呪》の魔法を既に使用済みなのだが……
(水の《解呪》じゃ出力不足と。ちょっとした手応えはあったから、その細工に《解呪》で干渉出来るのは確かなんだろうけど、本気で解きたいのなら〔光〕か〔聖〕属性の《解呪》が必要かしらね)
同じ規模の《解呪》であろうとも、属性毎に明確な性能差が存在する。
その中でもより上位の、〔光属性〕か〔聖属性〕の《解呪》を使用する必要がある。
だが今の精霊界に光の上位精霊は存在せず、聖属性に関してはそもそも人間の極一部の適性であり、今この場にそれを扱える者は居ない。
(私の扱う光属性じゃ、むしろ普段の水より劣るからなぁ)
精霊の頂点である精霊女王の分体であるアリアは、多少なりとも他属性の魔法も扱う事が出来る。
ゆえに光属性の《解呪》も扱えない事は無いのだが……性能的にはアリアの水の《解呪》に劣る。
必要なのは光属性の《解呪》だ。
(光……心当たりは無い訳では無いけど、手元に無い物をねだったところで――)
「女王の分体。恐らくはお求めであろう品をお持ちしましたよ」
「――!!」
そんな思考の最中、アリアの後方からファイリア目掛けて放たれた《土属性》の魔法。
ファイリアがその対処に怯む間に、アリアの側には一人の上位精霊の姿があった。
「イアス!」
「先程ぶりです、女王の分体……失礼、アリアでしたね」
〔土の上位精霊:イアス〕。
精霊女王アクエリアの側近が、その場に姿を現した。
「全く……久しぶりに戻ったかと思えば、上位精霊ともあろう者が、こうも好き勝手にされて……」
「イアス!貴方、ここに来て……向こうに居るのは、気配が小さいけどサンよね?貴方達、仕事は!?」
「ええ勿論手抜きはしてませんよ。精霊女王様の許可を得た上で、サンは本体を残して欠片をこちらへ、私は欠片を残して本体をこちらへ寄越して手助けに参りました」
精霊界に残っていた上位精霊のサンとイアス。
彼らが今まで姿を現さなかったのは、精霊女王と共に精霊界の危機に対する対応と取り続けていたからだ。
「さて、詳しい話よりも先に、まずはこちらをお受け取り下さい」
「これって……」
イアスが取り出したのは、まさにアリアが無いものねだりしていた品。
〔光の精霊結晶〕。
光の上位精霊であるライアとライナ。
その二人の住処から回収した、二人の形見とも言える〔精霊結晶〕である。
「これは精霊女王が?」
「はい」
「……精霊女王が使い所と判断したのなら遠慮なく使わせて貰うわ。悪いけど、少しあの子の相手をして貰えない?」
「畏まりました――《土の弩槍》」
「えっと……やり過ぎないでね?」
「大丈夫です。ちょっとお仕置きを兼ねているだけですから」
何にせよ、ファイリアの相手はイアスに任せて、アリアは自らの準備へと移る。
光の上位精霊の残した精霊結晶。
光属性の魔法を行使する上での〔触媒〕、増幅するための要素として申し分の無い品だ。
これを使っての《解呪》であれば、性能としては充分なものとなるだろう。
(これで足りなきゃ解放は手詰まりだけど……まぁ、今はやれる事をやって、ダメならその時に次の手を考えるしかないわ)
そしてアリアは、手に持った精霊結晶の魔力を活性化させる。
「……力を貸してねライア、ライナ。貴方達の力で、ファイリアを助けてあげて――《解呪》」
光の《解呪》。
ファイリアの体が……その全身を放たれた光が覆い尽くす。
「――!!」
ファイリアに掛かる何かに《解呪》が反応を示した。
先は出力不足で特定できなかったが、今度は見つけたそれに狙いを定め、アリアは力を注いでいく。
「……ちょっとキツイだろうけど、我慢しなさいよファイリア!」
ファイリアの体から引っ張り出したのは、ファイリアの〔精霊核〕。
そこに今は、黒い何かが根付いていた。
植物の根のように広がっていたそれの中心の〔黒〕は、形としては芽吹いた〔種〕にも見えるだろうか。
「〔黒い種〕ね……これが《生者ネクロマンス》の文字通りの隠し種かしらね?……色々思う所はあるけれど、今は細かい事は後回し!ちゃんと戻りなさいよね?ファイリア!」
標的を定めて全力を込める。
それに応じて徐々に、確実に、精霊核に纏わりつく根が崩れて行く。
そして――
「イアス。受け止めてあげて」
「はい」
脱力し、そのまま落ちようとするファイリアの体を、イアスがしっかりと受け止める。
「……あれ、ここって」
「おはようございます、ファイリア」
イアスに抱えられたファイリアは、ゆっくりと目を開き、そして言葉を発した。
理性を無くしていたために、声にならない声しか発していなかったファイリア。
意味のある言葉は、彼が理性を取り戻した事を証明していた。
「イアス……精霊界?俺は何で精霊界に」
「何があったか覚えてないのね?」
「……アクエリア?それにしては何か雑?」
「雑って何よ」
「……後はライアとライナの気配もするな」
「私は分体。ライアとライナはここには居ないけど…後でお礼を言いなさいよ?」
力を使い果たした光の精霊結晶は、そのまま塵となり世界へと還って行った。
その直後――。
「……地鳴り?」
精霊界が揺れる。




