101 雷の系譜
「……ふぅ。とりあえず復活」
ヤマトに抱えられ避難し、木陰で強制一休みを強いられていたピピ。
応急処置として貰ったポーション以外にも、自身の手持ちも飲むことで、奪われた魔力も最低限戦闘に戻れるくらいにまでは回復した。
「アレが噂の〔お姫様だっこ〕……お姫様はいつもアレをして貰える……ずるい」
お姫様だからと言って、いつもお姫様だっこをして貰える訳ではない。
それはひとまずピピにとっては初めての体験であり、そして思いの外に楽しかったようだ。
ひとまず有事とはいえ、楽しむだけの最低限の余裕はあったようだ。
「……だけどアレはアレで、先輩としての威厳が損なわれる。二度目は頼めない」
つまりは先輩後輩の縛りが無ければ、二度目を頼んでいたかも知れないようだ。
ちなみにヤマト側からすれば、確かに先輩ではあり尊敬もしているが、〔威厳〕は特に感じていないので頼んだところで損なうものは何も無かったりする。
「――それより、すぐに戻りたいけど……あの効果範囲は少し厳しいかなー?」
遠目からヤマトとネスの動きを見る。
ヤマトはネス相手に、一定以上の距離を取りながら魔法を撃ち合っているのが見える。
そのヤマトの間合いの取り方を見て、あの《魔力吸収》の効果範囲にもおおよその予想が付けられた。
だがその範囲は、基本は近接を戦うピピには些か離れすぎており、効果範囲外から攻めるにしても今の魔力量は心もとない。
「……アレ相手だと微妙に足手纏い?先輩として不甲斐ない」
未だに一人で得体のしれない存在に相対する後輩。
対して自分は未だ遠くから眺めて足踏み。
冒険者として、精霊術師として、先輩らしいことがまるで出来ていない。
『それはそんなにこだわる拘ることなのか?』
そこに聞こえて来た、ピピの知る存在に似た声。
音では無く、直接脳へと響いてくる言葉。
『おう、こっちだこっち。精霊術師なら見えてるだろ?』
こっちと言われても、声で無く脳に直接聞こえてくる以上は方向など判別しようが無い。
とりあえず手当たり次第に周囲を眺め、そしてそれを見つける。
『悪いな、小さいせいで見辛いだろ?』
そこにはまるで人形のような、小型で人型の物体が宙に浮いて存在していた。
ピピはそれが精霊である事を認識する。
『俺は〔雷の上位精霊:サン〕……その欠片だ!』
「欠片?」
『そうだ。本体は精霊女王のもとで大忙しなんでな。俺を引き寄せる存在が居たのは、お前らが湖に来てた時点で早々に気付いてたんだけど、まぁ遅くなっちまって悪かったな!』
現れたのは〔雷の上位精霊〕である〔サン〕。
その欠片。
分体・分化とも違う、もっともっと小さな、一時的な存在であった。
「雷の上位精霊……」
『おう!ところで、こっちは名乗ったんだが、お前は名乗らないのか?人間は名乗られたら名乗り返すのが礼儀って思ってたんだが』
「……失礼しました、私はピピ。冒険者で精霊術師」
『冒険者か。なるほど、お前がそうなのか……じー……』
ピピの姿を眺めながら、その周囲をクルクル飛び回るサン。
精霊界に籠りっきりの精霊には珍しく見えるのかもしれない。
「えっと……ところで、引き寄せられたって言うのは?」
『おっとそうだった。お前の中の精霊が――』
〔お前の中の精霊〕
その言葉に、瞬時に飛びつくピピ。
『うぉ!?近い近い!!』
「詳しく!説明!!」
『するから一旦離れろ!』
一度仕切り直して、本題へと入った。
『ふう……簡単に言えばな、俺は〔お前の中で眠っている精霊〕の存在を感じ取って顔を出しに来たんだ。その精霊の今の在り方が気になった。だからわざわざ大仕事の最中にこうして力を割いた』
「分かるの!?」
『分かるさ。どうやらそいつは俺の系譜みたいだからな。俺から分かれた存在である〔雷の上位精霊:ルト〕……更にそこから分かれたらしいソイツは、どれだけ存在や力が小さくなり、どれだけお前と溶けあっていようとも、一欠片でも片鱗が残っているなら俺が把握出来ない訳がない。もちろん精霊界の中での話だが』
ピピの中で眠る存在を見抜いたサン。
アリアも憶測として立ててはいたピピの事情ではあるが、それがサンの系譜である事までは気付けなかった。
ピピの中で眠り続ける精霊。
〔雷の精霊:トール〕。
その精霊こそが、今まで姿を現さなかったピピの契約精霊であった。
「……トールのおじいちゃん?」
『おじいちゃん?……あぁ、まぁ当てはめようとすればあながち間違いでも無いのか?ルトを子として、そのトールを孫に当てはめるのなら確かに……いや、そう言う話じゃないだろ今は』
「なら何をしに来たの?」
『起こしに来た』
サンはハッキリと宣言する。
ついでに二度目のピピの接近を警戒して身構えるも、結局接近を拒めなかった。
「起こせるの!?」
『だから近いッ!……たく。――融合九割、いやもっとギリギリまでか。上級精霊でもキツイのに、よくもまぁ欠片、残滓とは言え残ったものだな』
「……それで、どうするの?」
『ちょっと無茶をする事になるが、系譜ゆえに出来る事もある。その残滓を基にして呼び起こす』
《精霊融合》により溶け合い、そして戻れなくなった精霊トールを、精霊サンならば呼び戻せると。
「……何をするの?私は何をすればいい?」
『耐えろ。融合している以上、分離させるのは魂を裂くとまでは行かなくとも、それに近しい痛みを受ける事になる。意識を手放せばまた最初からだ。起きたまま、その痛みに耐え続けろ』
「分かった」
即決するピピ。
自分の相棒、友達を呼び戻せるのなら、そんなものはいくらでも耐えて見せる。
『先に言っておくが、欠片が手を貸せるのはそこまでだからな?呼び戻したトールは力の枯渇したミイラ同然。自力で回復が出来ない以上、放っておけば数分で存在が消え去る。だから復活させるには欠片の残った力を全て譲渡して安定させる必要がある。だから作業が終われば欠片は消える。精霊界の事を客人に任せるのは気が引けるが、あの馬鹿達の事はお前らに任せた』
「……ありがとう。そして頑張る!だからトールをお願い!!」
『任せろ。トールは絶対起こしてやるからキッチリ耐えきれよ?……それと、全部落ち着いたら俺の所にトールを連れて来い。色々話を聞きたいからな』
「りょーかい!!」
そして精霊サンの助力による、精霊トールの呼び戻しが始まった。




