100 死の精霊
「《多層結界》」
ヤマトは《獄氷弾》から間髪入れずに着弾地点を隔離した。
先の攻撃に手ごたえは感じたが、相手は上位精霊。
精霊界は彼らのホームグラウンドであり、敵となったネスはアリア程ではないにせよ少なからず恩恵を受けているはずだ。
そんな存在に、今の一撃だけでそう簡単に勝てるとは思っていない。
当然、この後の反撃を警戒する。
「――やってくれたな」
そして案の定、結界の内側からネスの声が聞こえてくる。
だがその姿はまだ視界には入らない。
「邪魔だな」
途端に、用意した結界が砕かれる。
強度として手を抜いたつもりはもちろん無い。
だが実際、ネスによってこうして簡単に砕かれてしまった。
「全く……残りのネクロマンス共も時間の問題。死体は全て潰されてしまったか」
どうやらピピの相手しているネクロマンスの方も順調に倒せているようだ。
となれば近いうちに合流も出来るだろう。
だがその前に、今は目の前の存在を一人で相手にしなくてはならない。
その異形の存在を。
「……それが本体なのか?」
「そうだ。受け継いだネクロマンサーの力を取り込んでこうなった。余程私の〔闇属性の力〕と相性が良かったのだろうな」
ヤマトの視界に入ったネスの姿。
実際は声で判別しているだけで、それがネス本人であるかどうかは見た目からは判別できなかった。
先程までの契約者の死体を脱ぎ捨てたネス。
つまりは精霊としての姿を現したのだが、その姿は記憶で見た百年前の姿どころか、精霊であるかどうかも怪しいものであった。
アリアやファイリア、そして王都のウーラのように、人型が取れる精霊達と同様に一応は人型の形には成している。
だがその形状はとにかく歪。
辛うじて人型であると言えるだけ。
所々の部位が異様に変質し、前世の用語を用いるのならまるで合体事故でも起こしたかのような姿である。
少なくともこれが精霊の姿と言われて、納得出来るような姿では無かった。
恐らく納得出来る者など居ないはずだ。
「更にまた少し変質しているようだが、まぁこの姿が歪なのは私も理解している。だからこそなお人界では契約者の体を使い続けていたのだが……見事に壊されてしまったのだから仕方ない。むしろ壊したのはお前であろう?
「そう言われても、相手は敵だしな」
「そうだな。ゆえに仕方ないとも言えるが――はぁッ!」
「チッ!」
会話の間にネスの背後へと迫っていたピピ。
背後からの不意打ちは、ネスに気付かれ失敗に終わった。
「もう全滅したか。狂化は失敗だったな」
「力任せでただの獣。あれはどれだけ力があっても、相手するのは簡単だった」
不意打ちに失敗したピピは、ヤマトとは合流せずに別方向で間合いを取る。
完全とは言えないが、ネスを取り囲む形になっている。
「ファイリアはまだアクエリアの相手か……仕方ない」
ネスの魔力が高まっていく。
それに合わせてヤマトとピピも身構える。
「《闇の茨》」「《暴風弾》」「《黒雷》」
そして、ピピが加わっての第二ラウンドが始まる。
――だが異変はすぐに起きる。
「はぁ……くッ!」
「どうした?さっきの威勢は何処へ行った?」
真っ先にピピに異変が現れた。
「後輩君、魔力が――」
ピピの消耗が異様に早い。
先程から動きっぱなしに戦いっぱなしであることを含めても、その辺りのペース配分が出来ない程未熟ではないはずだ。
「もう限界か?人間はだらしがないな」
ネスの煽りに気を引き締め直そうとするピピ。
だが膝から崩れて地面に跪く。
そこを狙って攻撃するネス。
ヤマトはすぐに駆けつけ、庇うようにして立ち回る。
「もしかして……《人形創造》」
生み出したのは一体の土ゴーレム。
だがその形は、作成後数十秒ほどで勝手に崩れてしまった。
魔石の魔力も底をついて空になっている。
「そういう事か――《短距離転移》!」
軽くけん制を放ってからヤマトはこの場からピピを抱えて短距離転移で離脱した。
そして転移先の木陰にピピを預ける。
「ポーションです。飲んで少し休んでてください」
すぐさま〔魔力ポーション〕を飲ませるヤマト。
そしてこの場の護衛として新たに生み出した土ゴーレム。
今回は崩れる事無く待機している。
「それじゃあ行って来ます」
それを確認したヤマトは、ピピをその場に残して広場へと戻って行った。
「――逃げたものと思ったが、その位置取りは…そうか。もう効果範囲を把握されたか。何とも優秀で戦いづらい相手だ」
「優秀な訳あるか。俺自身は吸われてる事に全く気がつかなかったんだぞ?」
「ある意味嫌味になるぞ?それだけ魔力が多いと言う証拠だ」
以前、勇者が相手にした《生命吸収》持ちの〔フェンリル〕。
あれ自体は生命力も魔力も纏めて奪うものであったようだが、これは恐らくは魔力だけを奪う事が出来る《魔力吸収》のような力を、精霊ネスは持っているのだろう。
ピピの消耗は魔力を吸われ、魔力欠乏に近い状態になったゆえのものであろう。
元々の魔法抵抗力により、瞬時の戦闘不能とはならなかったようだが、今までの消耗に加え《吸収》に気付かずに使い続けた事で一気に底を付いてしまったようだ。
ヤマトはピピ以上の抵抗力に、その膨大な魔力量のせいで自身が魔力を吸われている事に全く気がつけなかった。
ピピとゴーレムの反応、そして《生命吸収》の存在を知っていた事で、初めてその答えに気付く事が出来た。
「理解して、こうして警戒してみれば簡単に見破れるものなのにな」
それがあると気付き、それに集中してみれば、どこからが影響範囲になっているかは魔力感知で簡単に認識する事が出来た。
つまりはこの範囲内に入らず、今の影響外の間合いを維持し続ければ問題はない。
(対峙するのが俺じゃなく勇者だったなら完全に無効に出来たのかも知れないが……無いものねだりだな。少なくとも俺は先輩程の影響はない。とは言え長引けば不利だ。それと……)
ヤマトは前提の確認の為に《鑑定眼》を再びネスに使用する。
すると死体を脱ぎ去ったネスの、本当の情報が現れる。
「……〔死の精霊〕か」
「ほう、お前の〔眼〕にはそう写るのか。〔死〕か……悪くないな」
《鑑定眼》で視た、ネス本来の情報。
【ネス(死の精霊)】。
前回、死体込みで確認した際には確かにまだ闇の精霊であったネス。
だが今は、闇など超えた新たな精霊へと堕ちてしまっていた。




