98 死霊奴隷
その後もいくつかの精霊の記憶を見せられ……そしてヤマトの意識は現実へと帰還する。
「――何かあった?」
「……いえ、大丈夫です」
ピピの声で、ここが現実である事をハッキリと認識する。
現実では精々が数十秒。
ロドムダーナで経験した〔白昼夢のようなもの〕に近い夢だったのかもしれない。
「さて、そういう訳なのだが……ここを通してくれないか?」
「通せる訳が無いのは分かってるわよね?」
ネクロマンサーとなったネスの目的は精霊女王。
あの湖だ。
となればなおの事行かせる訳には行かない。
「ふむ、雑兵共も一掃されたか。妖精如きと舐めていたが、思いのほか馬鹿に出来ない鎧だったか」
数体減っていは居るが、健在な妖精人形。
アリアの指示で残っている妖精人形がネスを包囲していく。
「……なら強引に通るとしよう《死霊奴隷》」
湧き上がる死体。
召喚陣のような目に見える目印も無く、ただただネスの足元から湧き出す。
それもとても早く、割り込む余地も無く〔十二体の死体〕が出揃ってしまう。
「――行って!」
包囲していた妖精人形が、その死体達に殴りかかる。
それを先陣としてピピが動き出し、アリアも続き、ヤマトも援護する。
「……速いし重い」
対するは十二体の〔人間の死体〕。
その一体一体の動きと力が、今までのスケルトン達とは比べ物にならない程の質を示してた。
それこそまるで武人のような、鍛えられた動きだ。
「《死霊奴隷は生前の力を再現している。完璧とは行かずに劣化はしているが、元が一流の武人達の死体ならば、多少は劣化しようが問題ない」
「……何人か覚えがある。〔鉄人〕〔剛腕〕〔閃光〕。二つ名持ちだった冒険者が混じってる。三人とも上級だった」
攻防の中でピピが示す。
十二人の内の三人に覚えがあったようだ。
三人は元上級冒険者。
その他不明の九人もその動きに劣らない様に思える。
つまりが十二人とも上級冒険者相当。
劣化と言っていたが、それもこの数の差で補えてしまうだろう。
そんなネクロマンスと殴り合う妖精人形が、真っ先に数を減らして行く。
数が減る事で更に相手の数的優位が増してしまう。
だがその中で、ヤマトはネクロマンスの欠点に気付く。
「(……アリア、もしかしてネクロマンスの死体って魔法が使えない?)」
「(確かに…魔法が飛んでくる気配もないし、内包する魔力の反応が感じ取れないのは特殊な死体だからと思ってたけど、そもそも魔力が失われているのかも知れないわね)」
ヤマトが以前使い魔講座で教えられたのは、魔力は生命力・生きる力に由来するものであると言う事だ。
魂や魔石から生み出される魔力を、人型とは言え死体であるネクロマンスが喪失していても不思議ではない。
ネクロマンス自体が死体の自動操作以外にも《身体強化》の役割も担っているようだが、魔法攻撃魔法防御がないのならばやりようはいくらでもある。
「(アリア、少し下がって……後は先輩の位置と動きに合わせて注意して……)」
ヤマトはタイミングを見計らい、力押しで攻めて行く。
「《暴風槍の雨》!」
「おおっと多いー!?」
察知したピピが競るネクロマンスを引き剥がして早々に下がる。
放たれた魔法槍は、十二の死体と共に主人たるネスにまで狙いを定めて降り注ぐ。
"魔力馬鹿"ゆえの無茶な数と風ゆえの速さに暴風ゆえの威力で、躱し切れずに被弾するネクロマンスの体を削り獲っていく。
「……もしかして後輩君、怒ってる?」
「……死体を道具にしてるのを見せられて良い気分で無いのは確かです」
元死人であるヤマトには、思う所が無いと言えば嘘になる。
それが多くの守りになるのであれば許容も出来なくはないだろうが、精霊とは言え一個人の道具として扱われる今の目の前の光景は、出来るならば早々に視界から消してしまいたいものだ。
「でも、怒り任せは視野を狭くするのは理解しているつもりなんで心配する必要はないですよ」
「んーまぁ後輩君なら早々感情任せで暴走はしないかな?」
「大丈夫よピピ。何かあった時は水ぶっ掛けて正気に戻すから」
「なら私も雷浴びせる?」
「あの、それ連撃決まってませんか?」
そんな微妙に気の抜けそうな会話をしつつも、三人とも警戒は怠らない。
そして砂煙が晴れ、見えた光景には殆ど無傷なネスと、ボロボロになった十二体の死体の姿が映っていた。
「本命には届かなかったか」
元々一番距離のあったネス。
魔法の使えない殴り屋の死体達と違い、キッチリと守られてしまったようだ。
だがネクロマンス達は別。
死体ゆえに流血は無いが、四肢の欠損に胴体に大穴が開いている者、そして頭部が吹き飛んでいる者もある。
正直光景としては純粋に気持ちが悪いが、何が起こるか分からない状況で目を背ける訳には行かない。
そして案の定、ヤマト達が追撃を掛ける前にネスが手を打った。
「――《再生》」
破損した死体が、瞬時に修復されて元の姿を取り戻していく。
そこはやはりアンデット系統。
だが当然タダとは行かない。
《治癒》よりも消費は少ないだろうが、確実に消耗を強いる。
そしてネクロマンスの弱点も見えた。
「……動き出したのは十一体。頭部を潰せたやつは復活せずか。それなら狙いは頭だな」
つまりゾンビもの定番の〔頭を潰せば動かなくなる〕パターンがこのネクロマンスにも適応されているようだ。
そして再び再開される戦い。
ピピとアリアが頭部狙いで攻めて行く中、ヤマトは大技は使わずに、支援をしながら相手の動きを注視していく。
「(……相変わらずネスからの攻めが来ない。ネクロマンスに対しても、元々の《身体強化》や破損時の《再生》以外の支援が攻防共に無い。自身を守るだけ……ネスって元々防御特化の精霊だったのか?)」
「(そんな事も無かったはずよ。攻防で言うならバランス良く扱えたはず。勿論知らない月日の間にスタイルが変わった可能性もあるけど。ネクロマンサーなんて力も手に入れてるし)」
つまりはネス自身でも攻撃の手段は持っているはずだが、ネスはここまで一切の攻撃の気配を見せていない。
守りは大事だし、ネクロマンサーとしての司令塔的な立場から身の安全に徹していると言えばそれも分からなくは無いのだが、ヤマトはどうしてもその違和感をぬぐえなかった。
相手の狙いは精霊女王。
となればこんな場所で油を売っていては、目的を達する事も出来ないと思うのだが。
「(理由、狙いがある?ここに留まるなり、守りに徹する事で目的に近づける……攻め急ぐ必要のない、別の手がある?アリアは何か――)」
そう相手の思惑を探る中、ネスが動きを見せた。
「……そろそろだな。《広がり、侵せ》!」
ネスのその言葉と共に数秒地震が起き、精霊界の空に亀裂が走る。
「侵食……ネス!貴方は精霊界を壊す気なの!?」
「いいや、あくまでも場を崩しただけだ。〔迷いの森〕のせいで進んでも中々に辿り着けず、《妖精》はただただ邪魔。だから先に防衛機能を壊してしまった方が楽だろ?」
空間が歪み景色がズレる。
……と言うよりも、侵入者を惑わすためにズラされていた空間が元に戻ったに過ぎなかった。
〔迷いの森〕が消え、正しい道を進めば真っ直ぐに目的地へと辿り着ける環境が取り戻された。
「さて、そろそろここを通して貰おう……《狂化》しろ!」
主の指示で、ネクロマンスの制限が外される。
更に二体を潰したため、残るネクロマンスは九体。
その九体が《狂化》により、自壊を厭わぬ狂戦士と化した。
「ぐッ!更に重く……!」
「そしてもう一つ」
ネスが取り出したのは〔炎のように真っ赤な石〕。
魔物の持つ魔力器官である〔魔石〕ではなく、精霊の力の結晶体である〔精霊結晶〕でもない。
それは【精霊核】。
精霊の心臓とも言える代物だ。
「さぁ、ここからが本番だ。動き出せファイリア!!」




