97 精霊女王の記憶
「継承、おめでとうございます精霊女王様」
傅くのは〔土の上位精霊:イアス〕。
その視線の先には、新たに〔精霊女王〕となったアクエリアの姿があった。
纏うドレスも変化し、大きな存在感を感じる。
「ありがとうイアス。ただ…状況を考えれば喜べる状況ではないのだけどね」
九人しか居なかった上位精霊が二人死んだ。
そこから更に二人が〔精霊界〕を離れた。
アクエリアは精霊王に昇格したため、残る上位精霊は四人となった。
その四人も……
「ライナの様子は?」
「……だいぶ弱ってますね。このままだと自然消滅もあり得るかと」
処刑されたライアと同じ〔光の上位精霊〕である〔ライナ〕。
精霊に血縁関係は存在しないが、ライアとライナはまるで姉妹のように過ごして来た。
自らの精神的な半身であったとも言えなくはないだろう。
そんなライアを失った事で、ライナの存在そのものが揺らいでいた。
「力の譲渡は?」
「試しましたが通りませんでした。ライア以外の力を拒んでいるのだと思います」
「ライナ自身が前を向いてくれないと手の打ちようがないわね……他のみんなは?」
「サンはライナの側に。ルトは……ここ数日、全く姿が見えません」
〔雷の上位精霊:サン〕。
そしてサンから〔分化〕した〔雷の上位精霊:ルト〕。
元は一人であったが、膨れ上がったサンの力を分散させる為に分化し、ルトが生まれた。
「ルト……もしかして〔人間界〕に?」
「だと思います。元々こまめに遊びに行くことはありましたが、これだけずっと出掛けっぱなしなのは、やはりショックが大きかったのかと」
「探させた方が良いかしら?」
「サンは『好きにさせればいい』と」
「……分かったわ。すぐに戻ってくれればいいのだけど」
結論から言えば、現代に至るまでにルトが再び精霊界を訪れる事は無かった。
生きているのか死んでいるのかすら分からない。
「……随分と寂しい場所になっちゃったわね」
周囲を見渡しながら感慨に耽る精霊女王。
その表情を、イアスも寂しげに眺める。
「ん……ふふっ、『私達も居る』ですって?そうよね、ありがとう」
精霊女王の周りを、小さな光が漂う。
人から見れば妖精とも区別が付かないであろう小さな光の存在。
人型を持てない、大した力も持たない低位の精霊達。
この精霊界に漂う住人達だ。
上位精霊は彼らのまとめ役とも言える。
「それで女王様。場所はどちらへ移しましょうか?」
「好きな場所を選んでいいのよね?それならあの湖にしましょう」
精霊王の住まい。
いわば王城とも呼べる空間の設定。
アクエリアはそれを湖に設定した。
(――なるほど、これはアリアの…そしてアクエリアの〔記憶〕か)
その様子を、静かに見つめる存在が居た。
女神の使い魔で精霊女王から加護を授かりし者。
そしてアリアの契約者であるヤマトである。
(アリアとネスの思い出語りの時にも、ちょいちょい知らない映像が脳内で過ってたけど、今は完全に取り込まれているっぽいな)
ここは〔記憶〕の世界。
原因は分からないが、ヤマトは今、アリアの…アクエリアの過去の出来事を見せられているようだ。
(俯瞰で見えてるのは何でなんだろうな?〔世界の記憶〕みたいなものまで連結されたって感じなのか?)
その憶測を検証する事も、正否を知らせる者も居ない。
ただただヤマトはその光景を見せられる。
そして景色が切り替わる。
「――ライナも消えてしまったわね」
光の上位精霊ライナは、最後まで力の譲渡も受け付けずそのまま消滅した。
ライナが住処としていた場所を訪れて、精霊女王は土を掘り起こして小さな〔精霊結晶〕を回収する。
「二人で暮らしていたのなら、もう少し大きい思ったけど……予想よりも弱り方がゆっくりしていたのはライアを想う内に少しずつ〔ライアの残滓〕として無意識で取り込み続けていたのもあったのかしらね……さて、これは誰に渡した方が良いかしら?」
本来であれば遺品としての〔精霊結晶〕は最も親しい相手に渡すべきだろう。
だが今は渡すべき相手がここには居ない。
ライアとライナ。
お互いを除けば、最も親しい相手だったのは追放されたネスであるからだ。
「……しばらく持っておきましょうか」
そうして誰に渡すでもなく、自身が取り込むでもなく、精霊女王のもとで静かに眠り続ける事になった。
そして景色が再び変わる。
「――女王様!一体何が……」
「調査中。だけど今すぐ致命的になる事は無いから落ち着きなさい。精霊達の様子は?」
「随分とザワついてますね」
突如自分達の住む〔精霊界〕に一瞬起きた異変。
ほんの一瞬、小さな変化ではあるが、今までにない出来事である以上は不安になっても仕方は無いだろう。
「サンは?」
「騒ぐ精霊たちを鎮めに行ってます」
「そう、助かるわ。イアスもサンの手伝いに行ってもらえない?」
「女王様の手伝いは必要ありませんか?」
「今はまだ大丈夫。既に対応は始めてるし、さっきも言ったけど今すぐ致命になる事はない……手伝いが必要になるとしたらもう少し先ね」
「分かりました。では失礼します」
イアスが湖を離れた事で、再び一人になる精霊女王。
先程までの余裕ある表情が、一人になった途端に少し曇った。
「ひとまずは大丈夫。だけど一体何が――」
その時、静かな湖に波が立った。
「お客様?これはヤマトさんと……まさか!?」
精霊界への二人の来客。
その一人は女神様の使い魔であり、自身も加護を与えたヤマト。
そしてもう一人は……
「……精霊女王様!力を貸してください!!」
「お久しぶりです。話の前にまずはその方をこちらへ」
精霊女王の湖へとやって来たヤマトは、一人の女の子を抱えていた。
その容姿と漏れ出る反応は、以前見た《神降ろし》の〔女神分体〕であった。
ヤマトからその少女を受け取った精霊女王は、そのまま湖に眠る少女を沈めて行く。
「何を」
「大丈夫です。貴方の時と同じで、少し調べさせていただくだけです。それよりも今の間に、何があったのかを聞かせて貰えませんか?」
そしてヤマトから語られた出来事は、最悪の一歩手前。
もしも女神様が死んでいれば、事は精霊界の異変どころでは済まなかった。
だが現状を鑑みれば、最悪こそは回避出来たと考えるべきか。
「……ヤマトさん。精霊女王としての名と権限において、貴方と〔精霊契約〕を交わしたいと思います」
「契約ですか?」
「あまり身構える必要もありませんよ。共に生き、共に戦い、共に助け合う。相棒としてお互いを支え合う為に繋ぐ。大それた手続きも代償も必要ありません」
「それを精霊女王様と?」
「はい…と言っても厳密にはちょっと違いますね。お相手はこの子です」
現れたのは精霊女王の容姿に似た、しかし精霊女王よりも小さな、今のヤマトと同い年くらいにも見える少女であった。
「この子は私の力の一部を分け与えた〔分体〕です。そうですね…〔水の上位精霊:アリア〕とでも名付けましょうか?私であり私でない存在……私は精霊女王としてここから離れる訳にはいきません。ですのでこの子が私の代わりに貴方達の力となってくれるでしょう。ヤマトさんにはこの子と契約を交わして欲しいのです」
「……分かりました。よろしくお願いします」
そうしてヤマトは〔精霊契約〕を結び〔精霊術師〕となり、アリアという上位精霊が誕生した。
そして景色は更に変化する。




