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異世界で女神様の使い魔になりました。   作者: 東 純司
精霊界騒動/精霊界の行く末
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96 未練



 およそ百年近く前。


 「二人のどちらかに〔精霊王の力〕を継がせる」


 当時の〔精霊王〕は、自身の寿命を前にして全ての上位精霊にその意志を伝えた。

 指名された二人。

 次期精霊王の候補となったのは〔水の上位精霊:アクエリア〕と〔闇の上位精霊:ネス〕。

 精霊王はあくまでも候補者を選んだのみで、どちらに継がせるかは上位精霊たちの意志に任せることにした。

 

 「どっちにする?」「俺はアクエリア」「私はネス」


 当時、精霊界に存在した上位精霊は九。

 その内候補者二名を除いた七人は、それぞれが推す者を示した。

 票は七票。

 本来ならば簡単に決着が付くはずだったが、結果としてアクエリア支持が三、ネス支持が三の同数になった。


 「俺はどっちも嫌だ」


 火の上位精霊が結果として中立・不干渉を示した。

 元々〔火の上位精霊:ファイリア〕は他者との不和を生むことが多かった。

 特段害のある存在では無かったが、事ここに至っては話を長引かせてしまう。


 「〔選ばない〕というのも一つの意志、選択だ。好きにさせればいい」


 当然ながらその行為自体が咎められる謂れはないが、これも当然として最後の一票を取り込もうとするそれぞれの支持者による説得は毎日行われた。


 「……旅に出るわ。適当に飽きたら戻ってくるから、後は好きに決めてくれ」


 その日々に飽き飽きしたファイリアは、精霊界を後にし、人間界へと旅に出てしまった。

 そして残されたのはこの引き分けの状態。


 「アクエリアだ!」「ネスだ!」


 お互いの支持者が連日話し合いと言う名の言い争いを続ける様子を、候補者達は眺めるしかなかった。


 「私はネスでも良いわよ」

 「僕はアクエリアでも問題ないんだが」


 当の候補者二名は、自身が次期精霊王となる事にそこまで積極的では無かった。

 どちらも「自分が選ばれたのならば全力を尽くすが、相手が選ばれても信用できる」というスタンスであった。

 ゆえに自分達の行く末を、支持者である六体の意志に任せた。

 

 「アクエリア!」「ネス!」


 不毛な日々が続いた。

 この話し合いで誰かの心が動くのならば意味もあるだろうが、全員が全員既に意志を固め、揺らがない状況では説得も意味はない。


 「……決まらないなぁ」

 「もうじゃんけんで決めましょうか?」

 「出来れば彼らの意志をないがしろにはしたくないんだけど、この際は仕方ないのかもね」


 そうして候補者の間では、アクエリアを精霊王として推す事が決まった。

 元々どちらがなっても納得している両者であったため、その結果に不満は一切なかった。

 当然運任せである事は伏せられたが、候補者二人の意志はすぐに支持者たちにも伝えられた。


 「二人がそう決めたのなら仕方ないな」


 それが候補者達の意志として、言い争っていた支持者六人のほとんど(・・・・)は納得した。

 唯一納得できなかったのは〔光の上位精霊:ライア〕。


 「……駄目。精霊王にはネスが――」


 精霊は知性も人格も持つが、恋や愛と言った感情には疎い。

 知識としては知っているが、ペアによる繁殖の必要が無いためにそう言った感情が育ちにくい。

 そんな中でライアは、稀有な〔恋する精霊〕であった。

 

 「……私がネスを精霊王に」


 だがその稀有な感情は暴走した。

 稀有ゆえに誰も扱い方を教える事も出来なかった。

 ゆえに彼女も気持ちを抑える事が出来なかった。

 

 「アクエリア!!」


 ライアの取った手段は単純なもの。

 〔アクエリアの殺害〕。

 彼女を殺せば自然とネスが精霊王になれる。

 明確に敵として対峙していれば、ライアがアクエリアに勝てる可能性は無い。

 同じ上位精霊の間でも、候補者として認められた者とそうでない者の間にはそれだけの差がある。

 だがそれは、相手が明確な敵であった場合だ。


 「え?」


 アクエリアはライアを、当然仲間や友として認識していた。

 ライアがそのような強硬に出るなど微塵も思っては居なかった。 

 故に接近するライアには無警戒。

 彼女の放つ魔法に対しても完全に後手となり、防御が間に合わなくなってしまった。

 

 「危ない!!」


 そんなアクエリアを救ったのは〔風の上位精霊:ブリージー〕。

 彼自身が()となり、身代わり(・・・・)となった。

 ……そして彼は、世界に還って行った。


 「……なんてことを」


 その事態に呆然とするネスに対し、アクエリアは他の精霊達と共に暴走するライアを制圧した。

 同族殺しは、当然ながら精霊の間でも厳禁。

 精霊王の処罰により、ライアは天に還る事も無く消滅させられた。


 「……僕を追放してください」


 二人の上位精霊の死は、ネスに深い傷を残した。

 とは言え自棄になったのではない。

 大事に立ち尽くす事しか出来なかった不甲斐なさと、誰よりもライアとの接点が多かった自分がその凶行を止められなかったことに責任を感じ罰を求めた。 


 「……ネスを精霊界から追放する」


 新たなる精霊王、〔精霊女王〕となったアクエリアの最初の仕事が、皮肉にも同族の追放処分となってしまった。


 「ありがとう。精霊女王様……ごめんね」


 そしてネスは、精霊界を去って行った。

 その後どんな道を歩んだのかは分からない。




 ――だが現代。

 彼は精霊界に〔死霊魔法使い(ネクロマンサー)〕という、禁忌を犯した人間の体を得た状態で舞い戻った。


 「――次期精霊王選定に際して起きた悲劇(・・)。その責任を取ると言って自ら追放された貴方がどうして……しかもその体は……」

 「良い肉体だろう?あの後色々あって、()は〔契約精霊〕として〔人間の契約者〕と共に歩む事になった。キッカケこそ偶然の積み重ねだったが、あれは運命の出会いだった。この体はその契約者の形見(・・)として受け継いだものだ」


 自らの肉体を自慢げに語るネス。

 そこにアクエリアの分体であるアリアの知るネスの面影は見当たらなかった。


 「私の契約者は死に際に、『この体で私の未練(・・)を晴らして欲しい』と……未練を残して死んだ契約者の最後の願いだ。叶えない訳にはいくまい」

 「……本当に、一体何があったのよ」

 「特に珍しい事ではない。人の間ではごく普通の事だ。――後に大事な存在になる者と出会い、共に歩み幸せな時を過ごし……他者に裏切られそのほとんどを失い、共に復讐(・・)を誓う。語る事すら必要のない、ありふれた話(・・・・・・)だろう?」


 それを満面の笑みで語るネスに、ヤマト達は狂気を感じずにはいられなかった。


 「元々契約者は高齢だったゆえに、自らの手でそれを成すことは敵わなかった。だがその時点で必要な道具は全て揃っていた。後は私が実行するだけだったのだから、やらない理由など存在しなかった」

 「……何をしたの?」

 「聞きたいのか?語るのも虫唾が走るのだが、せっかくだから見て(・・)もらおう」


 そして出現した三体の〔骨格標本〕。

 ネスは一つ一つ加減(・・)をしながら語る。


 「重要なのは主にこの三体だな。この骨は私の契約者の娘を殺害した男の骨だな。本当はもっと色々と遊び(・・)たかったが、本人の〔罪〕と同じ方法での復讐を契約者は望んでいたため、これは比較的楽に死ねたのではないか?こっちの骨は孫の仇だな。この手の酷い話としては定番となる手法の見本市のような殺し方になってしまったが、本人がやらかした事なのだから仕方ない。そしてこっちは孫娘の――」

 「もういいわ!」


 これも笑いながら語るネス。

 旧友・同族の今の姿。

 継いだ復讐だけでなく、その対象の遺骨を保存し、誇らしげに語る姿は〔壊れている〕としか言いようが無い。

 アリアの表情そして体が、悲しみと静かな怒りに震えているのがヤマトには分かった。

 ネスとその契約者の身にヤマト達では想像が出来ない程の出来事が起きていた事は理解できた。


 「……この三体目が一番大事だったのだが、まぁあまり長くなるのも良くは無いか。こうして契約者の残した未練を果たした私は、この老いた肉体と共に延長戦のような余生を過ごす事になった。本当は目的を果たした時点で埋葬するべきだったのだろうが、この肉体は契約者の形見ゆえに手放すのが惜しくてもう少しだけ縋る事にした。――だが惰性であっても縋ってみるものだな。先日突然に私を人間界へと追いやっていた〔枷〕が解けた」


 ヤマト達の感じて精霊界の異変。

 それと同時に、ネスにもそんな変化が起きていた。


 「ここに来てその理由も大体察したが……とにかく私は精霊界へと戻れるようになってしまった。すると私にも余生を過ごす上で、一つ〔未練〕が生まれてしまった」


 ネスの未練。

 それが今回、精霊界へと赴いた理由。


 「ライアの事を思い出した……私は契約者と共に過ごす内に〔愛〕と言うものを知った。凶行を起こしたライアが、当時何も知らない私に抱いていた感情を、今の私は理解している。……そして私は、その〔想い〕に報い、彼女の〔最後の願い〕を叶えなければと思ったのだ」


 その言葉で、アリアはネスの目的に気付いた。

 そして完全に〔敵〕として対峙する覚悟を決めた。


 「死に際のライアの言葉……『ネスを精霊王に』。私はその想いに報いるためにここに来た」


 


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