転勤前物語
よろしくお願いします!
時は2000年、ある時にそれは発見された、新しいエネルギー。それは世界のエネルギーの常識を大いに逸脱したものであり、全く新しいクリーンエネルギーであった。
男、ジャーミー・グリンウッド。そのエネルギーを生み出し、名を授けたもの。
『エーテル』
世界のどこにでも存在し、今まで発見されなかったもの。発生源は人、動物、植物、地球上に存在するあらゆる活動体から発せられるのである。
生命が存在する限り延々と生産され続けるそのエネルギーは、瞬く間に世界の常識を変えていった。
また同時に生み出された新たな機械、二足歩行をするロボットを代表に次々と生み出されたその乗り物は、瞬く間に世間へと広まっていくのだった。
兵器として、重機として、そして娯楽としても。
場所は大阪。
時は2017年、新春。
「なんだって!? オトン今なんつった!?」
「だからぁ! 転勤決まって引っ越さなきゃならんくなったんやってゆうとるやろ!」
朝っぱらからリビングで大声張り上げるのは丸刈りの男、金鉄剛。今年で高校一年の大阪人。
「なんでこのタイミングなんや! せっかく雄二らと同じ高校行けると思っとったのに!」
「すまんな剛、高校の3年間は東京で過ごすけど、卒業とともにこっち戻ってこれるさかい……てかお前、転勤の事は大分前に言うてたやろ?」
剛の父、金鉄次郎は、サラリーマン。
営業をしていたのだが、今年に入った直後に転勤が決定、会社側としては子持ちの次郎の事を思ってこの時期にした。
しかし剛にはそんな事情を知る機会は無く、いきなりの転勤で自分も引っ越すことになってしまった事に、父に当たっている。
「なんで俺まで行かなあかんねん! 爺ちゃん婆ちゃんおるんやし、俺はいかんでええやろ!?」
「おまえなぁ、俺が最初転勤するて分かった時とき高校変わるけど大丈夫か、嫌やったら残るかって聞いた時お前なんて言うたか覚えとるか!?」
「確か……」
『マジで!? 引っ越しか! やっとオトンも出世し始めたんやな! 俺も付いて行くで! ダハハハハハ!!!!』
「あ、そういや付いてく言うたな」
間抜け面でそう呟く剛を父、次郎は拳骨をお見舞いした。
「ガハッ!?」
そう、転勤が決まってすぐに次郎は息子に伝えていたのだ。
引っ越すぞ、付いて来るか? 息子はイエスを選んだが当の本人はすっかり忘れていたようだった。
「来週には出発するさかい、ちゃんと準備しとけよ」
痛みに耐えながら蹲る息子にそう言うと、次郎は玄関から出社していった。
「いってぇ~~あの糞親父ぃ、思いっきりどつくこと無いやろぉ……」
殴られた頭をなでながら、この休み期間の日課である勉強をするべく二階の自室へと上がっていった。
剛はこう見えて勤勉であった、ただし学校でやるような授業はほとんどしない。つまらないからだ。
では一体何の勉強をしているのか? それはこの現代において、車、重機等のように扱われる乗り組み型ロボット、『フレームギア』である。
実用的な二足歩行型ロボットがこの時代には溢れている。もちろん二足歩行だけではない。
消防車の代わりとして、重機の代わりとして、生活に溶け込んでいる。
もちろん、冒頭でも言ったように世の中に浸透するまでには戦争兵器として使用されていた、否、今も利用され続けてはいる。
剛の爺ちゃんはそんなフレームギアのメンテナンス、修理を行う職人である。
職名として『フレームドクター』なる言い方をされているが、昔は違った。
フレームギアが浸透し始めた頃の日本の下町工場の間では、フレームギアに関わる人らは皆一括りに『鉄人』と呼ばれていた。
剛はあこがれていた、爺ちゃんの背中をよく見て育った剛は、フレームギアというものに魅力を感じ、それに携わる仕事の『フレームドクター』というより『鉄人』の一人になりたいと思っていた。なろうと努力をしていた。
当時家族は皆驚いた、あの勉強嫌いでクソガキの剛が自分の駄賃で参考書を買い、勉強を始めたのだから。
爺ちゃんは感動した、次郎が後を継がなかった分、剛がこうして跡取りになろうと必死になっていくれていると。
「何々、エーテルエネルギーは気体であり、一定の周波数を当てつつ気体を圧縮することで液化にすることが可能、また保存には-120度以下である必要があり、常温では揮発してしまう……うーん、ほんとエーテルってのは訳分からん燃料やなぁ……大体なんでフレームギアを動かすのにエーテルオイルしか使えねぇんだよ……ハイオク満タンでええやんか……あ、でも常温で揮発するってのはガソリンと一緒か」
等とぶつくさと参考書に向かい愚痴をこぼす。昔親父に「ブツブツ喋っとって気味悪いわ」と言われたがもうこれは癖であり、本人はそれを治そうという気がない。
「剛ちゃーん、ご飯やでー」
朝から勉強をしていると、下から婆ちゃんが呼びかけてきた。
時計を見ると時刻は既に正午、腹も程よく減っていたので階段を駆け下りリビングへむかう。
「はらへったぁ! ……あれ、爺ちゃんは?」
「まだ修理が終わらんて隣の工場や、じき戻って来るやろうし先食べとき」
お昼は焼きそば、たっぷり濃いソースがてらてらと輝き、その上で鰹節が踊っている。
剛は焼きそばが好きだ、この焼きそばに適量マヨネーズをかけて食べるのが好きなのだ。
「はぁーやっと終わったわ」
「お疲れさん、食べる前に手ぇ洗うてや。ついでに顔も洗うて来い」
顔中煤だらけで、頭を掻きながら入ってきたのはうちの爺ちゃん、髭をもっさりと生やし半袖短パンという格好だ。
腕は傷だらけだが筋肉質で、衰えを感じさせない。
「爺ちゃん、今どこの奴修理しとんの?」
「んあ? 矢田さんとこの耕運機じゃよ、あのバカ前も言ったのにまた無茶な使い方してぶっ壊しおってからに」
と言ってから勢いよく焼きそばを啜り出した。
この付近で『フレームドクター』は爺ちゃんしかいない、元々剛が住んでいる場所は住宅街を少し離れた田畑の側にポツンと建てられている工場で、周りには工場が存在しない。
なのでそれなりに仕事は舞い込んでくる。
「来週にはここを出るんやてなぁ、何かあったらすぐ連絡するんやで? わかっとんな?」
「わかってるって爺ちゃん、三年だけやさかいすぐ戻ってこれるわ」
そうして時が過ぎ、引っ越し当日。
準備は数日前に済ませ、荷物は先にトラックに積んで送ってもらっている。
剛は今、家の仏壇に手を合わせている、そこには剛の母親である女性の写真が写真立てに入れられていた。
「じゃぁなオカン、行ってくるわ」
剛は仏壇に一言、そう呟くとその場を後にする。
誰もいなくなった部屋には、焚いたばかりの線香が一本、仏壇の前で静かにその身を燃やしていた。
「おまたせー」
「おぉ、剛。もうええんか、お母ちゃんには手ぇ合わせてきたんやな」
「もうばっちりや、三年分手ぇ合わせてきたで」
「盆には帰ってくんのにか?」
そんな会話をしながら剛は父親が呼んだタクシーへと駆け寄る、後には爺ちゃんと婆ちゃんがお見送りをするために玄関のそばに立っている。
「じゃぁな爺ちゃん、婆ちゃん! しっかり卒業して帰ってくるさかいな!」
「病気なんてしおったらど頭カチ割るからの!」
そんな爺ちゃんの声援を受け、少し気恥しくなった剛は鼻をこすりながら「わかっとるわ!」と返事し、勢いよくタクシーの後部座席へと乗り込んだ。
これから先、剛は見知らぬ土地、それも大都会の大きな高校へと進学する。
幾多の困難を乗り越え、剛は無事卒業をすることができるのかは、今の段階では知る由もない。
剛は期待を不安を胸いっぱいに、外に広がる青空を見上げるのであった。
ブックマークを入れてくださると、
入るたびに画面の前でニヤついています。