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「加賀、本当にお前、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。もう、心配性ですね、立花さんは」
おどけて言っているが、どこからどう見ても、彼女の精神状態の不安定さが見て取れるのだ。不安がらせないように、彼女は何かを隠している。そう確信した伊月だったが、何もできないことには変わりなく。とにかく、高速道路を下りてからの勝負に備えて靴紐を締め直す。
「あー……やっぱり混んでるわね」
そう言って古藤先生の奥さんがハンドルを指先で叩く。もう少しで一般道に出ることができる。シートベルトを外し、一般道に出てすぐに渋滞に引っ掛かった直後、完全に停止した車から伊月とむつみが急いで出る。
「気を付けて」と古藤先生と奥さんが手を振り、伊月とむつみは「行ってきます」と言って駆け出した。
ここから一番近い駅まで走って十分ほど。それから電車に乗り、一度乗り換えて約二十分。高速道路にいた時間が数時間であるのに対して、その程度であればあっという間のようにも伊月には思えた。駅に到着して切符をすぐに購入、息つく暇もなく改札機を通り、ちょうどやって来た電車に乗り込んだ。計算まではしていなかっただけに、このタイミングで乗れたことは奇跡に近かった。シートに座り、時刻表を携帯で確認する。乗り換えのために下車する駅は比較的大きな駅だ。そこで迷ってなどいられない。徹底して、駅構内の案内図も確認し、時折むつみの様子を気にかける。走る彼女の姿から身体的に何かしら異変は見られなかった。むしろ走っているときのほうがまだ表情も暗くなかった。むつみのことは心配で何が起こっているのかさっぱりわからないままではあったが、一刻を争う事態だ。乗り換えのために下車、頭に叩き込んだ案内図どおりにルートを辿り、改札口を抜ける。今度は数分余裕ができ、肩で息をしながら空を見上げる。蒼天、暑さに目を眇め、汗を拭う。
今日の不運は致し方ない。メールが届き、息を飲む。『男女ともに二回戦突破しました』の文字に小さくガッツポーズを取る。現在の状況を送り、むつみに話しかける。
「加賀、あいつら三回戦進出したぞ」
「本当ですか? 良かった……」
力なく言って、むつみはしゃがみ込んで顔を腕に埋める。メールで無事電車に乗ることができたことを古藤先生宛てに送った直後ベルが鳴り、電車が入って来る。停車して扉が開くが、むつみが動かない。伊月は慌てて彼女の腕を引っ掴み、電車に乗り込んだ。
「何してんだよ、馬鹿」
「……ごめんなさい」
「ったく……本当に大丈夫なのか? 嘘吐かねえで、きついならきついって」
「ごめん、なさい」
あ、と伊月はむつみの異変に気付き硬直する。むつみの俯く先に、小さな雫がぽつりと落ちた。それは止めどなく落ち続け、泣いている彼女の両肩に伊月は手をそっと乗せた。
「席に座ろう」
何度も、何度も、彼女は「ごめんなさい」と呟く。対面式の座席に座らせ、人の目を避ける。落ち着かせるにしても、こういったことに不慣れな伊月は、とりあえず向かい側に座らずに隣に座ることにした。気まずい雰囲気に携帯をいじってみるが、もう交通情報を調べる必要もルートを確認する必要もない。駅に着いて移動中の旨も、すでに古藤先生に連絡済みだ。つまり、じわりじわりと進み続ける時刻を眺める以外にすることがなかった。
「ごめんなさい」
「だから……何に対して謝っているんだ、お前は」
電車に揺られて十分ほど、ずっと黙っていたむつみが顔を上げた。涙を流しながら、彼女はもう一度「ごめんなさい」と言ったあと、伊月の胸元に飛びついた。
突然の行動に驚きはしたが、声を押し殺して泣いている彼女を引き剥がせば、間違いなく周囲に迷惑をかける。黙って受け入れた伊月は「どうした」と優しく問いかける。
「私の、せいです」
「何が」
「私のせいで、こんなことになっちゃったんですよ」
「意味がわか……ら、ん」
何か、胸に突っかかる。




