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 寝坊しないように目覚ましは三個使用したが、小さい頃から使っていた目覚ましの調子が悪く、二個しか鳴らなかった。それを言い訳にできるはずもなく、若干寝坊した伊月は急いで着替えを済ませ、歯磨きをする。鏡に映った自分に「うん」と言って歯磨きを終えると、台所から母親が出てきて「行きながら食べな」とおにぎりの入った弁当箱を手渡してきた。「さんきゅ」と言って受け取り、今日はラケットの出番はない。ショルダーバッグに財布や書類、試合の組み合わせ表、そして弁当箱。

 慌てて裏口から飛び出て、ラジオ体操をしていた頑固親父に「行って来る」と言うと「ん」とだけ返事が帰って来る。なんだかなあと思いながらも、伊月はいつもの雰囲気に表情を綻ばせ、車に乗り込むとむつみを拾いに向かう。

 少し飛ばしていくと、むつみが路肩で手を振っているのが見え、すぐにウィンカーを出し、停車する。後ろの座席に荷物を置いて、むつみは助手席に乗り込んでくる。

「悪い、寝坊した」

「だからモーニングコールしようかって訊いたんですよ?」

 ぶーぶー言う彼女にショルダーバッグから弁当箱を取るように言う。車を走らせ、古藤先生宅を目指す。弁当箱に入っていたおにぎりからラップを少し剥がした状態にして、むつみは伊月の口元に持って来る。それをがぶっと一口かじり、塩気の多さに顔をしかめる。

「さすがにこの車で遠出は厳しいですからね」

「古藤先生に感謝だな。さすがにビデオとかテントとか、大荷物を持って電車には乗れないし、参加校の関係者も車一台までしか駐車しちゃあいけないらしいし」

 今日は古藤先生の車で大会の会場まで移動することになっていた。さすがにこのおんぼろ車での遠出は恐ろしくてできないのだ。

 高速道路に乗ればあっという間に着くだろうと古藤先生は言っていたが、生徒よりも先に着いていなければならない。それ故の、早朝出発である。車を走らせ、古藤先生宅へ。砂利道を通ってお屋敷のような家が見え始める。駐車場と呼べる場所ではないが、玄関先の広いスペースに駐車し、小走りで荷物を抱えて玄関へと向かう。チャイムを鳴らし、奥から足音が聞こえる。玄関の扉が開き、目が合ったのは古藤先生の奥さんだった。一度だけ、年明けに近場の神社で会ったこともあり、顔見知りではあるが、忘れてもらっていては困ると思い、伊月は挨拶に自己紹介を混ぜ込む。

「おはようございます、斗洲高校テニス部のコーチ、立花と加賀です。朝早くにすみません。今日はよろしくお願いします」

 伊月が深々と頭を下げて言うと、奥さんの表情が何とも言い難い、申し訳なさそうな表情に変わった。何かあったのだろうかとむつみと二人して首を傾げていると、玄関から入ってすぐの扉から、よたよたと腰を押さえながら古藤先生が出てきた。二人が古藤先生に対してお辞儀をする前に、彼は奥さんと同じく、申し訳なさそうな表情で言った。

「ごめん、腰、やっちゃった」

 古藤先生がおどけて言った瞬間、むつみが持っていた鞄を地面に落とした。



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