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透き通った雪解け水を見たのは二か月ほど前、田植えの準備だろうか、見渡す限りの田んぼに大型の耕運機がちらほら見える。春休みの中盤、伊月は土曜の朝、むつみを途中で拾って斗洲高校まで車を走らせていた。
「仕事は大丈夫でしたか?」
「何か気持ち悪いくらい、最近親父と母親がすんなり休みをくれる」
「立花さんの頑張りが伝わっているんじゃないですか?」
「それはないだろ」
否定して暖房の効かない車内でぶるっと身体を震わせる。まだまだ寒空、吹き抜ける風は冷たく肌を突き刺してくる。春には程遠く、見上げてみれば連山の頭は白い雪化粧が残っていた。赤信号で止まり、身体をよじって後ろの座席からひざ掛け毛布を取る。それをむつみに手渡し、自分は太ももの下に潜り込ませているカイロで指先を温める。むつみは靴を脱ぎ、膝を抱えて体操座り。丸まるようにして毛布で身体を覆った。
「どうなるでしょうか、今日は」とむつみは心配そうに訊ねてくる。青信号に変わり、アクセルをゆっくりと踏み込んだ伊月は「さあな」と素っ気なく返す。
「正直、今日が怖いんですよね、私。私も同じ道を歩いてきましたけれど、やっぱり、部内戦は忘れられないです」
「仲間が全員敵になる経験はそうはないからな」
「立花さんは部内戦どうでした?」
「あまり覚えていないな。がむしゃらだったし」
今思えば、伊月のいた兵北高校テニス部の面々に、やる気など存在していなかったのだ。
部内戦でもやる気なし、勝てればラッキー、負けてもとくに気にならない、そういった連中だったということだ。最後の試合まで、伊月はそれに気付けなかった。誰もが高みを目指していると思っていた。しかし、目標として掲げた全国での優勝も、彼らにとっては絵空事で、冗談で、伊月だけが掲げ、最後に朽ち果てて、圧し折れた。団体戦の最中も、気付いていなかっただけで手を抜いて、諦めていた連中もいたのかもしれない。一人だけで突っ走っていて、誰も後ろに、隣に、前にいなかった。何もなかった。
「俺にとっても初めての経験になると思う。最近の練習でも感じる、ぴりぴりとした空気。俺が知らない空気だ。張り詰めていて、あの入屋が無理をしていつもの調子を見せているのもわかってる。それだけ真剣だということが伝わってきている」
真剣だからこそ、伊月は彼らに伝えなければならないことがあるのだ。
「どういう結果が出ようとも、俺たちが感情に流されたらいけないぞ」
「……はい」
ぎゅっ、とむつみは膝を胸元に押し付ける。戦うのは彼らであり、自分らではない。そして自分たちはコーチであり、個人の情に流されてはいけない。例えどんな結果が目の前で起きようとも、それが運命なのだ。




