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長かった一日も終わってみればあっという間、というのはあながち本当だと伊月は思った。一日目の練習が終わり、伊月たちはホテルの大浴場へ向かった。一泊二日の合同練習、冬休み明けということで宿泊客が落ちるホテル側としてはどうやら団体客は大歓迎のようで、斗洲高校も宿泊することができた。これも明石総監督の幅広いコネのおかげである。
感謝以外にないと、伊月は大浴場前に椅子を置き、生徒が入り終わるのを待つ。ようするに、学校でいう教師による監視役だ。
「立花さん、男子のほうはどうでした?」
同じように椅子を持って来て隣に座った加賀むつみに、伊月はぼんやりと思い出しながら、いつもの調子で答えた。
「合同練習を組んでもらえて本当に良かった。ライバル心が互いを高め合っている」
「ですよね。女子も、かなり刺激を受けていますよ」
「大会が楽しみだな」
「……何か、生き生きしていませんか?」
ドキッとして、伊月は他所を向く。そんな伊月に対して「何かあったんですね?」とからかい口調でむつみが伊月の横腹をつついてくる。くすぐったさに負け、むつみの顔を押し退けていると、それを見た女子生徒に「ここ暖房効き過ぎですねえ」とからかわれ、慌てて伊月とむつみはじゃれ合いをやめた。咳払いをして、気を取り直した伊月は前を向いたまま部員たちの練習する姿を思い浮かべる。
「後悔ばかりの人生だった」
「……はい」
むつみが小さく頷く。
「でも、そんな人生でも、他人を変えることができたと知れて、少しホッとしたんだ」
無意味で、何の価値もないものだと思い込んで、投げ捨て、放り、見向きもせず、失った熱意をも放置した。それでも、無意味になった人生でも、人を大きく変えられることを知り、変えたことを知り、少しだけ伊月は救われた。
「立花さんのおかげで、入屋くんも明智くんも変わりましたよね」
「さあ、それはどうだろうな。俺が変えたのかどうかなんてわからん。でも、あの二人のプレーが明石総監督を変えた。他の選手をも変えた。人は人を変えられる、奇跡を起こせる生き物なんだな」
「奇跡、ですか。ちょっとロマンティックなところ入っていませんか?」
「いいんだよ。ロマンはないよりあったほうがいいだろ」
「んふふ、立花さんも本当に変わりましたね?」
「うるせえ。多分、お前のせいだろ」
「だったら、私たちは奇跡的な出会いをしたってことですね」
「……ふん」
鼻で笑って、しかし存外といったふうに伊月は堪えていた笑みを浮かべた。
変わっていく。すべてが日々変わっていく。その中で、この先で変わることのない思いが伊月の中に生まれてきた。
「俺は自分たちの経験があいつらのためになるのであれば、それでいい。あいつらには後悔だけはしてもらいたくないからな。押し付けでも何でもない、あいつらが目指したい場所に、俺は導くための支えになりたい」
「はい。それは、私も同じです」
むつみが意気込むように胸の前で拳を握る。そんな熱血が以前は鬱陶しくて仕方なかったのだが、どうやら立花伊月は加賀むつみの影響も大きく受けて変わってしまったようだった。
「春になれば新入生も入ってきます。きっとそれもいい刺激になりますね」
「そうだな。それに、春が終われば――今の二年生にとって、最後の夏がやって来る」かつての自分を思い出しながら前屈みになって膝に肘を衝き、手の平を組む。「そしてその前に、三年生になる前に、あいつらには大きな試練が待っているわけだ」
「試練?」
こくん、と頷き横目で大浴場を行き交う生徒たちを見て、伊月は瞼を下した。
「団体戦のレギュラー決め、部内戦だよ」




