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対角線に座った母親からちらっと視線を受けるが、むつみから注いでもらった日本酒をちびちびと飲みながら目を逸らす。こたつの中で脚を蹴られるが、それもスルーする。
「だからってどうして俺ん家に」
「あたしが呼んだのよ」と母親がにこにことしながらもう一度伊月の脚を蹴った。居場所がないと感じつつも、居座り、伊月も残りのお節をつつく。少しばかり辛い佃煮を肴に日本酒をくいっと飲み、一息ついた伊月はむつみに訊ねる。
「あのさ、インドアテニスコートって、借りると高いのかな」
「んー……借りたことないからわかんないですねえ。あ、もしかして入屋くんたちに?」
「ずっと筋トレだとかイメージトレーニングだとか、ラケット握ってボールを打つ感覚が薄れてきているだろうし、ストレスも溜まっているだろうし、どうかなって思ったんだ」
母親が席を離れ、入れ替わりで頑固親父が一升瓶片手にこたつに入って来る。さっきの話を聞いていたのか、似た者同士、頑固親父も伊月の脚を蹴ってきた。当然ながら無視をして、携帯を取り出す。
「できれば連日通わせてあげたいんだが、やっぱり交通費とか宿泊費とか考えると、実際問題、費用的に無理だよな……部費だってそんなに出してもらえるとは思えないし。そもそも実績がないから部費なんてほとんど出ていないようだからな。費用、回収、金銭面では全部厳しいな」
近場といっても市内、斗洲高校からバスで移動しても一時間は軽くかかる距離だ。宿泊費を浮かせたとしても、交通費を浮かせたとしても、かなりの額が必要になってくる。やはり厳しいな、と伊月がため息交じりに携帯をポケットにしまい込むと、むつみが「優しいですねえ」とニヤニヤしていた。頑固親父までニヤニヤし始め、台所から戻って来た母親までニヤニヤしていた。
「何だよ、皆して、気持ち悪い」と伊月が言って、二発の拳骨が頭に打ち込まれる。痛みに悶える伊月をむつみはくつくつと笑い、それから大きく息を吐いた。
「少しぐらいなら、私も出しますよ」
「本当か?」
少し驚いていると、真四角のこたつ、斜め左右に座る頑固親父と母親が同時に立ち、それぞれの財布を取り出すと伊月の眼前に万札を突き出してきた。さすがに気味が悪かったが、それでも無言で資金提供をしてくれるという意味合いだろうと、伊月は受け取って二人を交互に見た。
「利子付けて返せよ?」
「倍返しで返しなさいよ?」
「今返す!」
と、伊月は二人のポケットに強引にねじ込んだ。二人とも酔っぱらっているせいだなと、伊月はもう一杯日本酒を飲んでから自室に上がることにした。部屋に入り、パソコンを開く。携帯よりも画面がでかいパソコンのほうがわかりやすい。市内の室内コートを探し、一番近くて安いところを見付ける。部屋の扉をノックしてむつみが入って来る。随分と慣れた様子で座布団を押し入れから引っ張り出し、座る。
「すっかり熱血コーチになりましたね」
お酒も入ったせいもあってむつみのからかう声は少しばかりトーンが高い。彼女のからかいを無視して、パソコンに向かう。
検索してみてわかったことは、移動のためのバスを確保できれば問題ない距離にあること、インドアコートを借りること自体は値段的にも問題はないということ。しかし、問題は連続してコートを使用できないという点だ。ほとんどのインドアコートはスクールの生徒が使用している。一般枠で使用するとなると、連続して使用することは不可とある。そしてこの時期は同じ理由で利用者も多い。
「一時間だけとか、駄々こねるだろうな。贅沢は言えないけれどさ」
「しょうがないですよ、自然には勝てません」
「どうにかならないか?」
「どうにかなりそうに見えますか?」
そう言ってむつみは窓の向こう、再び降り始めた雪を見つめてため息を吐いた。その時、伊月の携帯に着信が入る。誰からだろうか、と画面を先に覗き込んだのはむつみだった。顔を押し退け、相手が古藤先生だとわかりすぐに出る。
「明けましておめでとうございます」
『おめでとうございます。あのですね、実はですね、早速なんですが、以前校外試合をした真兼高校を覚えていますか?』
少しばかり興奮気味の古藤先生に首を傾げたくなった伊月は、耳を携帯に寄せてきたむつみを見てフリーハンズに切り替える。テーブルに携帯を置いて、古藤先生の言葉に二人して目を合わせた。
『明石総監督と正月に偶然会いまして、よければ毎年冬場に使用しているホテル常設のインドアテニスコートで合同練習を、というお誘いを受けたんです』
「インドア……って、本当ですか?」
『ええ、本当です』
「古藤先生、まさか盗聴……」
『はい?』
「何でもないです、何でもないです」
まさかの偶然に、古藤先生が困っていた伊月たちの会話を盗聴しているのではないか、などと馬鹿げたことを考えてしまったのだ。冷静になれ、と深呼吸をして、部屋をドタバタと走って喜びを表すむつみの首根っこを引っ掴み、無理矢理座らせる。
『一応、男女とも参加してくれても大丈夫だそうです。本館と別館、それぞれ五面。一年生、二年生に分かれて休憩と練習を交代させれば、充分練習時間は確保できるでしょう。それで、どうしましょうか?』
「是非ともよろしくお願いしますとお伝えください」
『わかりました。では後日、詳細を書類にまとめますので、生徒への連絡はお任せください。立花コーチのほうでしていただくことは、加賀コーチとの打ち合わせや調整ですかな?』
「わかりました。できれば土日を希望します」
むつきを見て、伊月はそう言った。伊月の休日は自由が利くが、市役所勤めの彼女に平日は厳しい。古藤先生は『その辺りは先方にお伝えしておきます。冬休み明けになるでしょうか、学校も始まりますし、合同練習は必然的に土日になるでしょうな』と、そこまで頭が回らなかった伊月は少しばかり気恥ずかしくなった。
通話を終え、パソコンで開いていたホームページを閉じる。むつみが「もう一回喜んでいい?」と訊いてきて「好きにしろ」と伊月は椅子にもたれかかった。走り回って喜ぶむつみを眺めていると不思議と笑みがこぼれた。運が向いてきた、そう思えてならなかったのだ。




