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「今配ったのは、俺が高校三年間で行っていたトレーニングと食事のメニュー、それから生活のサイクルに技術面でのポイント、コツ、改善方法、強化方法、それらすべてをまとめた冊子だ」
「まとめたのは私ですけどね」
伊月とむつみが横並びに立ち、目の前でぽかんとしているのは、男女合わせたテニス部員だ。若干寝不足の伊月は欠伸を堪えるが、むつみは堪え切れずにうつらうつらとしながら何度も欠伸を漏らしている。入屋と明智を見てから、伊月は真剣な眼差しをその場にいる全員に向けた。
「強くなりたいと思う気持ちがあるのなら、そいつを実践してみろ。当然、真似する必要はない。それは俺が自分を鍛えるためにと、いじめ抜くために編み出したものばかりだ。自分に合わせて調整し、自分に合ったものを見つけろ」
冊子を丸めて、伊月は手の平をそれで叩いた。その瞬間、入屋と明智の口元が緩み、瞳が爛々とし始めた。それを見た伊月は静かに語った。
「この先、自分が後悔しない道を歩んでくれ。そして、目標は常に高く持て。上を見ろ。笑われたら、見返してやれ。見返せなくとも、乗り越えてみせろ。自分で決めた道は、絶対に誰にも譲るな」
かつての自分に言い聞かせるように、伊月は微笑んだ。
「最大限、俺はお前たちの支えになりたい」
言って、伊月はネットに立てかけていたラケットを手に取り、ニッと笑った。
「それで、いつまでお前らはそこに突っ立っているんだ?」
伊月の言葉に、明智が声を張り上げた。
「一年生と二年生で分かれてコートに入れ! 球出しはローテーション、自分のフォームを意識しながら無駄な一打は一切するな! 待機時間にコーチから受け取った冊子をそれぞれで確認、私語は厳禁、ペナルティーは連帯責任で全員校外一周!」
やる気に満ちた明智に、最初は全員が戸惑っていた。しかし、徐々に、熱は伝染していき、入屋が拳を突き上げ「やるぞ!」と叫んだ。
「私たちもやろう!」
女子テニス部の部長も声を上げ、一斉にコートに走っていく。それを見て、ぽかんとしていた男子テニス部員もそれぞれ顔を見合わせ、ニッと笑う。そして、一斉に動き始めた。
そんな部員たちを眺めていた伊月は、正直不安だらけだった。突然の変化に部員それぞれから戸惑いも見られるが、それでも、先頭に立った二人が伊月の代わりに全員を引っ張っていく。伊月とむつみが作った冊子を熱心に読む姿を遠目に、伊月は歩み寄ってきたむつみと目を合わせ、頷き合う。
ひいひい言いながらも練習に励む部員らには苦しさは辛さが表情に滲み出ている。それでも、最後に笑顔がこぼれている。彼らは、彼女らは、伊月と一緒だった。テニスが好きで、やめられないのだ。
「最初は、僻みもあった。嫉妬もあった」
ぽつりと言葉を漏らすとむつみは黙って頷いた。
「適当に終わらせればいいと思っていたし、あいつらがどういうふうにテニスを続けていこうと関係ないと思ってた。でも、今は違う。あいつらが諦めているものに、挑戦させてあげたい。無理かもしれなくても、短い時間しか立てない舞台で、後悔しないように。できる限りのことをしてあげたい。俺は、自分ができなかったことをあいつらに成し遂げてほしいわけじゃない」
「うん」
「あいつらが成し遂げたいことを、叶えてあげたいんだ」
飛び交うボール、心地良い打球音、誰に言われたでもなく始めている互いのダメ出し、爽やかで熱い掛け声、浮かべる笑顔、真っ直ぐな眼差し、眩しいばかりの光景に、いつしか伊月は嬉しくてたまらなくなっていた。
「顔つき、変わりましたね、立花さん」
「そう見えるか」
「はい。とても凛々しいです。少しだけ格好良く見えます」
「少しだけか」
「はい。少しだけです」
むつみと笑い合っていると、入屋がこちらを見てニヤッと笑った。よく見ると全員がちらりちらりと伊月とむつみを見て、ニヤッと笑っていた。あのクールな明智もニヤッと笑った。たまらず伊月はラケットを手に球出しをしていた部員と交代、スパルタコーチに変身する。むつみがくつくつと笑い、それから女子テニス部のほうへと駆けて行った。
「入屋、それ以上笑っていたら後で拳骨な」
げらげら笑っていた入屋に、伊月は強めのボールを出した。




