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 田舎道、勢いよく車を走らせ、ドリフト気味に自宅の駐車スペースにおんぼろ車を滑り込ませる。その音に驚いたのか、頑固親父と母親がバタバタと足音を立て、血相を変えて裏口から顔を覗かせた。タイヤの焦げる臭いが漂う中、伊月は車を降りてすぐ、二人を左右に押しのけて階段を駆け上がる。頑固親父も母親も目をぱちくりさせていた。

 部屋に入って荷物を万年床と化した布団に投げ捨て、棚から大学で使わずに終わったルーズリーフを引っ掴み、ボールペンを握り締めて簡易テーブルに飛びついた。それから一心不乱に伊月はペン先を走らせる。記憶を呼び覚まし、できる限り鮮明に、あの高校三年間を思い出させる。すると階下から僅かに聞こえてきたのは、加賀むつみの声だった。壁も天井も薄い家だけに店内の声も微かに聞こえてくる。どうやら先日、酔っぱらった挙句寝入ってしまったことで伊月家に一泊した、その詫びの品を持ってきたらしかった。作業を一時中断し、伊月は自室の扉をドンと開いた。

「加賀! ちょっと来い!」

 そう叫ぶとむつみが階段下から顔を覗かせた。

「いいから来い!」

 困った顔をして、おそらく先日のことを怒っているのだと思われたのだと伊月は思ったが、しかし、そんなことは伊月にはどうでも良かった。階段を上がって来て、申し訳なさそうに部屋に上がってきたむつみに、伊月は文字で埋め尽くしたルーズリーフを問答無用で手渡した。

「え? え?」

 状況が理解できていない彼女に、再びテーブルに向かった伊月は背を向けたまま説明を加えた。

「タイピングが苦手なんだ。そこのパソコン使って、そいつをまとめてくれ」

「え……これって、トレーニングメニュー?」

 一枚、二枚、と捲って目を通し始めたむつみに、伊月は言う。

「もう、逃げるのはやめだ。俺の時にはいなかった存在が入屋にはいる。同じ目標を掲げた明智がいる。目指す目標は高いかもしれないけれど、諦めない奴が目の前にいて、何もしない自分が許せなくなった。どうしようもなく、自分に嫌気がさしたんだ」

 次々に書き上げていくのは、かつて自分が行ってきた練習とトレーニングメニュー。さらに食事の摂り方に授業中にでもできる筋トレまで、自分が持っているものを全部書きなぐっていく。

「それって、つまり」

「俺はあいつらに、最低限じゃない、最大限の力になりたい」

 書く手を止めて、振り返る。そこには、微笑んだむつみがいた。薄ら涙を浮かべていた理由は伊月にはわからなかったが、彼女のことだから、同じ痛みを持つ彼女だから、きっと伊月の思いが伝わったのだろうと、伊月は笑って見せた。

「お前が馬鹿で阿呆なら、俺はその上をいく、大馬鹿で、ド阿呆だ」

「……もう、しょうがないなあ」

 ぶつぶつ言いながらも、腕まくりをした彼女は埃の被っていたパソコンを積み重ねた雑誌の上に乗せて座った。彼女が軽快にタイピングしていき、伊月はがむしゃらに過去を思い出してペン先を走らせる。


 空っぽだった。あの日以来、失くして以来、ずっと冷たかった部分が今、触れれば焼け焦げてしまいそうなほどに熱くなっている。どうして気付けなかったのか、どうしてもっと早くに動いてあげられなかったのか、どうしてもっと真剣に彼らと向き合わなかったのか、後悔は、やはり尽きることはない。それでも、もう逃げないと伊月は誓った。彼らの熱い思いに触発されたわけではない。

 元々あった自分の炎が、再び息を吹き返したのだ。


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