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 小さい頃から手伝わされていたこともあって、実家の酒屋での仕事は順調そのものだった。ビール瓶の入ったケースを車に乗せ、首にかけていたタオルで額に浮かんだ汗を拭う。店に来た客に愛想笑いを浮かべて元気よく挨拶を交わし、ケースを乗せ終えたところで一服しようと店の裏手へ向かおうとしたが「さっさ行け」と頑固親父に見つかり、渋々車に乗り込む。

 八月に入ってからも上がり続け、三十五度前後をうろうろする。鬱陶しくて仕方なかったが、そのおかげで酒の動きがよくなるのだから悪い話ではない。配達ルートをぐるっと回り、配達を終えて途中で買った冷たい缶珈琲を飲んでいると携帯が鳴った。ビール瓶の回収をしてきてくれと頑固親父からの命を受け、面倒臭いと思いながらも、伊月は頑固親父からの鬱陶しい説教を受けるより早く、さっさと車を走らせた。

 夏に入ると仕事が忙しくなり、仕事場が実家ということもあって急に駆り出されることも度々ある。そのおかげで遊びに出掛ける暇があまり取れない。そのストレスのはけ口はドライブも兼ねているこの配達ぐらいだった。隣に誰かが座っていてくれたら、会話もできて楽しいだろうが、それは少しばかり贅沢だ。

 しばらく車を走らせ、回収依頼のあった旅館に到着する。旅館裏手の厨房裏口から声をかけ、ビール瓶を大量に回収する。ついでに注文を受け、室外機から放出される熱気を掻い潜って車に戻る。すぐさまエンジンをかけてクーラーで車内を冷やしていくが一向に冷えないことにしびれを切らし、伊月はすぐさま車を走らせた。

 窓を開けて風を受けながら走り、流れる風景をぼんやりと眺める。辺り一帯に広がる田んぼには青々とした稲が育ち、カラス除けのCDがあちらこちらで煌めている。すれ違う耕運機に乗った顔見知りのおじいさんに軽く手を振って挨拶し、連なる山々を望む一直線の道に入る。流していたラジオから甲子園の試合実況が聞こえてきて、いっそう夏の暑さに拍車をかけてくる。誰も通らない交差点で一時停止し、田んぼ道を抜け、最近になって新しい家が建ち始めたエリアに入る。近道をしようとして小道に入り、ふと懐かしい母校が視界に入ってきた。発進させた車の中から塀の向こう側に見える校舎を眺め、グラウンド横に差し掛かると部活生が切磋琢磨する姿が見えた。夏明けに催される体育祭の準備もされていて、鉄パイプと板でできたひな壇式の応援席がずらりと四つ並んでいた。懐かしい体育祭を思い出しながら走っていると、道沿いの茂みから伸びて見えるフェンスを見つけ、ブレーキをゆっくりと踏み、ウインカーを出して停車した。

「…………」

 無言のまま車から降りた伊月は歩道を少し歩き、十メートルはあるフェンス越しに見下ろした。そこには赤土のテニスコートがあり、整備はそれほど丁寧にはされていない様子だった。あちらこちらに雑草が生え、フェンスの向こうにある住宅から伸びてきた蔦が、フェンスを覆い尽くしている。全部で四つあるコートも、一つはラインがほとんど消えていて試合などできないような状態だ。

 それでも、そんな不備だらけのコートで楽しそうな声を上げながら練習をしているテニス部員の姿があった。そのほとんどが一年生なのか体操着を着ていて、正直上手くもない。中には上手いと思える連中もいるにはいるが、引き締まっていない部内の雰囲気に伊月は眉間にしわを寄せた。胸の辺りにもやもやしたものを感じて、すぐに踵を返して車に乗り込み、コート側を一瞥することなく伊月は車を走らせた。

「馬鹿じゃ、あいつらは」

 愚痴を垂れるように言って、ラジオも消し――エンジン音とクーラーの排出音が車内で響く中、伊月はあのとき自分が試合会場で転げ落としてきてしまったのが「熱意」であろうとハンドルを握る手を強めた。


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