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運動部入店禁止、という言葉が張り出されないかどうか不安になるほど、伊月が連れてきたテニス部員の食欲は凄まじいものだった。凄まじいを通り越して恐ろしいものだった。肉という肉がまるで異次元空間に飲み込まれていっているかのような光景は、伊月自身の食欲を大いに削っていた。注文が追い付かずに隣のテーブルの皿から強奪する輩も出始め、おそらく今後一切この店にこいつらを連れてきてはいけないな、と古藤先生から預かった封筒を睨みつけた。先生の心意気ではまったく足りない額が頭の中で計算されていく。夜の食べ放題は少々割高、財布の中身も確認してみるが、足りるかどうかぎりぎりのところだった。
「最悪の場合、加賀を呼ぶか」
あいつなら食い意地が突き動かしてのこのこと財布を持って来るだろうと考え、とりあえずは自分も軽く食べておこうと肉を焼き始める。一テーブルに四人しか座れないため、トイレに行って遅れてきた明智と入屋の三人でテーブルを使うことになった。物静かな明智と、うるさい入屋。押さえ込み役の明智が一緒で良かったと思う反面、少しだけ微妙な空気が流れていることにすぐさま伊月は苦笑する。無口の明智、うるさい入屋、世代の違う伊月。少々息が詰まるメンバーだ。どうしたものかと伊月が丁寧に肉を焼きながら考えていると、大量のしいたけを焼いていた明智のほうから話を切り出した。
「伊月コーチの強さの秘訣は何ですか?」
「あ、ほれ、聞きたひ」
肉を頬張りながら入屋も同意する。
「秘訣ねえ……っていうかさ、俺は別に強くはないぞ? お前らからしてみれば強く見えるのかもしれんが、強さの秘訣のような秘密を隠しているような人間じゃない。ただ、ひたすら三年間テニスに打ち込んでいただけだよ」
「ただひたすら三年間テニスに打ち込んだら強くなれるんですか?」と、明智が訊いてくるが、伊月はむつかしい顔をして瞼を下した。
「いや……それはわからん」
真面目に質問しているのだろうが、しかし、そればかりは伊月自身もわからないことだ。本当に、ただひたすらテニスに打ち込み、目標に向かって突き進んできただけなのだ。秘密など皆無、彼らと同じように、努力をしただけ。
どう言葉にして伝えるべきか唸って考えていると、入屋が前のめりになった瞬間焼き肉のたれの入った皿をひっくり返した。
「ちょっと! 嘘だろ!?」
ジャージに垂れてしまった焼き肉のたれを見て、入屋は顔を真っ青にさせた。横で平然とした様子で見ていた明智が「トイレで洗ってきなよ」と言うが、よく見れば明智のジャージにも被害が及んでいた。
「……早く行って来い」
伊月が手の平をひらひらさせて促すと、二人は睨み合いながらトイレにダッシュしていった。仲が悪いのかよくわからない二人ではあるが、どちらもテニスへの思いはここにいる誰よりも強い。だからこそ密かに練習を積んで、自らを鍛え上げて今日の試合に臨んだのだ。あんな相手が自分にいれば、多少は未来も変わっていただろうか。そんなことを考えながら焼き肉としいたけを皿に上げていると、突然肩を叩かれ、急いで振り返る。それは懐かしい声だった。
「伊月だよな? やっぱりそうだ!」
高校時代によくつるんでいた同級生の春間だ。
野球部に居た頃から変わっていない、彼は坊主頭を触りながら微笑んだ。その変わらない爽やかな笑顔は女子からの人気を博して止まなかった。おそらく、今も変わらずモテているのであろうとすぐに伊月は思った。
空いた真向かいの席に座ってきた春間は後ろの席にいるテニス部員を見てから、訊ねてくる。
「何? テニススクールの先生にでもなったのか?」
そう見えてしまうのは致し方ない。
「いいや、実家の酒屋に入ったよ。斗洲高校のテニス部のコーチも引き受けてしまって、その部活帰りさ。ほとんど御守りだよ」
「へえ……」
少し物悲しそうな顔をした春間は、ふっと笑った。




