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「立花コーチは彼らの練習を見て日が浅いそうですね?」隣にやって来た明石はニヤニヤしながら自分の受け持つ生徒を愛でるように言う。「全国からスカウトしてきた子も混ざっているんですが、今年は素晴らしい選手が集まりました。とても優秀な彼らから、何か学べるといいですねえ」
完全に上から目線の明石に対して、それでも伊月はそれほど苛立つことはなかった。実際に試合が始まると、彼らの力量ははっきりと結果として見えてくる。動きも技術も、対応力も判断力もずば抜けている。ダブルスの息の合ったコンビネーションはまさに見事と言うしかない。対して斗洲高校の生徒は、あたふたとした対処でミスを犯し、サーブミスで二回連続サーブ失敗を連発し、相手に遊ばれるように左右へ走らされ、何とも情けない姿ばかりであった。実力がものをいう世界、仕方ない光景である。プレーは安定しているとはいえ、実戦では相手が安定したそのプレーをさせてくれるわけがない。最初から伊月はこの練習試合に勝ちは求めていないのだ。
「本当に、彼らにとっていい勉強になりますよ。学べることも多いでしょう」
「そうでしょう、そうでしょう」嬉しそうに頷く明石は次々と自分たちの生徒が圧勝で終わっていく試合を眺めながら続ける。「また時間が取れましたら、ぜひ練習試合を組みましょう。たまにはうちの子たちにもリラックスして打つ時間が必要ですから、とても助かります」
明石の言葉の意味を察した伊月は、少しだけ彼を睨んだ。ストレス解消のサンドバッグ代わり、と言いたいのだろう。伊月は負け試合に悔し涙を流している部員らから目を逸らす。まさにサンドバッグ、手も足も出ない試合が続く。
「そのときは、またよろしくお願いします」
「……ええ、よろしくお願いします」
愛想笑いで流し、心の中で呟く。たかだか高校生の部活だ――と、伊月は一番奥の試合に目を留めた。伊月の様子に気付いた明石も奥のコートへ目を向け、自分の目を疑うように目を大きく見開いた。
鋭い打球音が響き、必死にボールに喰らいついているのは、明石総監督率いるエリート選手だった。対戦相手は、入屋だ。
「とうっ!」
無意味な声を上げながら、浮いたボールを強烈な一打でコートへ叩き込む姿は、かつて伊月が入屋に見せた動きをしていた。何より伊月が驚いたのは彼のプレーそのものだった。以前は試合になると弱腰になっていた入屋だったが、今の彼に弱腰という言葉は見られない。自信に満ちた笑顔から繰り出される持ち前の繊細かつ鋭いショットで相手を翻弄し、確実に決めるべきところを確実に決め、サーブの切れも抜群に仕上がっていた。明石と一緒に同じように驚いていた伊月は、その手前のコートにも視線を向けた。迷いのないサーブは相手の嫌がる正面に打ち込まれ、体勢を崩した相手の返球は大きく空へ打ち上がった。ゆっくりと前に歩み出て――明智は、ずれた眼鏡を指先で整えた。その余裕さが、まるで王者の貫禄のように伊月には思えた。落下してきたボールが地面にぶつかり、再び大きく跳ねる。ゆっくりとスマッシュのフォームに移行し、明智の鋭い眼光が相手を萎縮させた。瞬間、相手がコートの奥へと下がったのを見計らったかのように、明智は落下してきたボールに対してスマッシュではなく、すかさずドロップショットの構えに入った。相手が焦って前方に走り出すも、時既に遅し、柔らかいタッチでネット上部ぎりぎりに遠し、相手が絶対に追いつくことのできないネット際に明智がボールを落とした。その瞬間、相手陣からも感嘆の息が漏れたのは言うまでもない。それほどまでに芸術的なプレーだったのだ。
「彼ら、は?」
呆然としている明石に、同じく呆然としていた伊月はこう返した。
「さあ、誰でしょう」
実に間抜けな会話だった。




