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バスが停車し、相手高校の正門を抜ける。一人、優しそうな面持ちの男性が歩み寄って来ると「立花コーチですか?」と訊ねてきた。小さく頷いて返すと、彼は握手を求めてきた。
「古藤先生から話は聞いております。真兼高校テニス部総監督を務めています、明石です。今日はよろしくお願いいたします」
「いえ、こちらこそよろしく」
古藤先生が何を話したのかはわからないが、兎にも角にも、伊月は後方を付いてくる入屋たちを見た。萎縮している様子も緊張している様子も見られない。割とリラックスしている彼らを見たあと、伊月は握手を交わした明石の目を見て、ふうん、と心の中で呟いた。
明石に案内されたテニスコートはずらりと横に八面並び、綺麗に整備されている芝のコートだった。資料の中の校舎案内には芝のコートではなく赤土のコートの写真が載せられていた。
「今年の春に改装しまして、芝に変えさせたんです。公式戦の会場のほとんどが芝ですので、実践に一番近い形で生徒たちにプレーをしてもらいたかったんですよ」
自慢げに言う明石が本性をちらりちらりと見せ始める中、馬鹿正直に興奮する生徒が一名いた。ぴょんぴょんと兎のように跳ねて「すげえ」「広い!」「何かいい匂いがする」と入屋はコートの前まで進んで眺めていた。
「明智、連れ戻して来い。挨拶が済んだらストレッチ、そして試合だ」
「はい」
明智が入屋を捕まえ、整列させる。コートから出てきた相手高校の生徒がビシッと背筋を伸ばして整列した。真っ白なユニフォームで揃えている彼らに対して、斗洲高校の面々はそれぞれが好きなユニフォームを着ている。バラバラで統一感のない姿に少しだけ残念感が漂った。そして明石が前に出て、両者の間で宣言した。
「ではこれより、真兼高校と、斗洲高校との練習試合を始めたいと思います」
明石の笑顔が不気味に思えたのは、どうやら伊月だけではないようだった。珍しく入屋の顔から笑顔が消え、明智が軽く相手を睨むようにしていた。当然である。相手の選手たち全員が、不敵な笑みを浮かべていたからだ。
真兼高校の生徒と少し離れた場所に全員を集め、ストレッチをしながらミーティングを開始する。全員が苛立った顔をしていて、殺気立っている。明らかに勘違いをしているな、と伊月はため息を吐いた。慣れないミーティングではあるが、最低限のことをしようと伊月は口を開く。
「あれは挑発じゃない」
「挑発でしょ」と冷静そうに見えて怒りがこもっている声で明智が言った。
「違う。あれは絶対に勝てるという自信から溢れ出る笑みだ。挑発とはまた違う」
そう言うと全員が下を向いた。絶対的な自信。早速掻き乱されたな、と遠目で明石を見てから、伊月はもう一度ため息を吐いた。
「彼らは強豪校のエリートだ。自信に満ち溢れていて当然のことだろうが。いちいち苛立っていても仕方ない。強さで言えば圧倒的に彼らのほうが格上だ。ストレッチはしっかりやっておけ。怪我だけはしないように。これはあくまで練習試合」
「練習試合だから負けてもいいと?」
唐突に言葉を遮ったのは明智だった。ずいっと前に出てきて、ちらりと相手高校を見る。珍しく闘争心剥き出しの明智を見た伊月は軽く頭を叩いて言う。
「今できる、自分のプレーをしてくればいい」
「……了解です」
そこは「わかりました」だろうと伊月は思ったが、どうやらここは彼らにとっては戦場のような場所なのだろう。八面の内、五面をシングルス、残りの三面をダブルスに振り分けられ、試合は不気味なくらいに、静かに始まった。




