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 ◇


 身体中から悲鳴が上がっているのがよくわかった。筋肉痛に関節痛。休憩を何度か挟んだとしても、ブランクがある。全員を相手に試合をすれば疲労困憊になるのは当然の話だ。それでもどうにかこうにか全員を相手に全勝することができた。少しやり過ぎたかもしれないと伊月は思ったが、この程度で心が折れるのであれば、大会に出るだけ無駄な話だ。それが全国レベルとなれば、伊月以上の選手などゴロゴロいる。もしかしたら、彼らが次に出る大きな試合で自分よりも遥かに強い選手と当たる可能性だってあるのだ。故に「俺に罪はない」と伊月はビールをあおりながら呟いた。

 練習が終わってからの帰り道、伊月が学校のシャワー室を借りて汗を流したあと、むつみに駐車場で呼び止められた。何でも今日は友人に送ってもらったらしく、帰りは伊月に送ってもらおうと企んでいたらしかった。何とも図々しいと思いながらも、伊月は彼女の自宅近くまで車を走らせた。自宅付近だという交差点近くで車を止めると、彼女は伊月にこう言った。

「これから近くで飲みませんか?」

 とくに用事もない伊月はいったん車を置いて来てから歩きで近場の飲み屋に向かった。そこでむつみと合流し、現在に至る。焼き鳥、おでん、焼きおにぎり、餃子と、次々と運ばれてくる彼女が頼んだ品々を前に、ビールだけを注文した伊月は彼女の食欲に苦笑した。

「学生気分で食べちゃダメだろ。太るぞ」

「大丈夫ですよ、食べたぶんだけきちんと運動していますから」

 にかっと笑ったむつみが食べ始め、伊月は枝豆を追加で注文する。運動をあれだけしても腹がそれほど空かないのは昔から変わってはいなかった。嬉しそうに食べ進める彼女が一向に酒を飲む気配を見せず、これでは食べ放題の店に行ったほうがマシだったのではないかと伊月は思えてならなかった。そんな伊月の視線を感じ取ったのだろうか、彼女はムスッとして口を手の平で覆いながら訴えてきた。

「あんまりじろじろ見られると食べづらいです」

「悪い。暴食っぷりに驚いてた」

「暴食じゃないもん」

 そう言いながら美味しそうに焼きおにぎりをむつみが頬張る。運ばれてきた枝豆をちびちび食べていると、暴食女は口元を紙ナプキンで拭って話しかけてきた。

「初コーチの初陣はなかなか良かったみたいですね。意外とコーチっぽいことができていたみたいで、ちょっと見直しました」

「別に。俺は最低限のことをしただけだ。最後の試合も、古藤先生のアイディアを汲んであげただけ」

「それでも楽しそうでしたよ」

「そう見えただけだ」とビールを飲み干し、追加注文をする。待ち時間に枝豆を一粒ずつゆっくり味わいながら食べていると、一通り食べ終えたむつみもビールを注文した。

「斗洲高校テニス部は、昔はかなりの強豪校だったんですよ。今は低迷していますが、かつては県大会に進出して全国までいった選手もいたそうです」

「へえ……過去の栄光っていうやつか」

「でも、今年は明智くんや入屋くんがいます。立花さんもいます。来年の最後の試合は、きっと素晴らしい結果を残してくれますよ。もしかしたら全国に行けるかもしれません」

 二人の名前を挙げたむつみに対して、伊月は顔を左右に振った。

「程遠い。全国レベルには程遠いよ。あのレベルで全国にいけるのであれば苦労はしないさ。確かにあの二人は特別上手いと思う。それでも『上手い』だけだ。上手いだけでは全国にはいけない。強い奴が全国にいけるんだよ」

 嫌味たっぷりに言ってみるが、気にせずあっさりとした雰囲気でむつみは言った。

「まあ、今の実力ではそうでしょう。でも、コーチに立花さんが入ったんです。きっと彼らはこれから一気に成長しますよ。全国だって夢じゃありませんって」

 根拠の欠片もない発言を無視して、運ばれてきたビールを軽く飲んで煙草に手を伸ばす。しかし、すぐに彼女が怪訝な目で見てきて、仕方なく手を引っ込める。

 自分がコーチに入ったからといって全国にいけるほどの実力を得られるはずもない。成長できたとしても、自分が満足のいく試合ができればいいじゃないかと伊月は食べ終えた枝豆の皿を横に移動させる。そもそも、たかだか高校生の部活だ。プロを目指しているわけでもない高校生がいくら頑張ったところで、プロを目指している人間に勝てるはずはない。努力型の天才であっても、本物には勝てはしないのだ。ならば、普通に部活動として和気あいあいといったふうに楽しい青春を味わったほうがいいと、かつての自分を思い出した伊月は飲みかけのビールも横に置いて背もたれに体重をかけた。

 最後の一球が再び脳裏に蘇り「煙草吸っていいか?」とむつみに訊ねる。「やだ」とだけ返され、しぶしぶ伊月は飲むのをやめていたビールに手を伸ばした。


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