表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9

八話 告白/酷薄・下

 俺は一つの考えがあった。

 明るみに出たがらない闇が二つ。

 幸せになりたい者二人。


 闇夜に蠢く逢魔時の欠落者。ここは俺が一仕事してみせよう。


 ――周波数調整員バランサーとして。





 俺は武蔵関公園で待ち合わせをした。

 約束はしてないが、彼女はきっと現れる。

 確信を持って待ち続けている。


 あの時と同じように、ブランコに座って公園を眺めていると、やがて薄暗い公園の入り口から人影が現れた。

 砂を踏む足音がこちらに向かって近付くにつれ、輪郭に張り付いた闇は街灯に剥がされて、姿を現した。

 瀬川せがわしのぶだ。


 俺は前もって自販機で買っておいた缶コーヒーを一つ差し出して、瀬川に渡す。

「よう」俺は短く挨拶をする。

「………」瀬川は俺の態度に警戒しているのか、その表情は固い。

「返事。持ってきた」俺は自分の分の缶コーヒーを一口飲み込んで、公園を眺める。

「そう。聞きたいわ。」瀬川は隣のブランコに座って、落ち着き払って返事を待つ。

「だが、その前に確認したい。」

「あら、何よ」

「瀬川、お前はまた分身を作れるか?」

「…どういう意味かしら?」

 瀬川は俺の言葉の意味を問う。確かに突飛な発言ではある。

「お前と幸せになるためには、二つの条件がある。

 一つは、俺の妹を受け入れること。

 一つは、殺してほしい人がいること。」

「…余計にわからないわね。あなたに妹なんていたかしら」そう質問する瀬川も、心の内では予感していたのだろう。顔には動揺は見えない。

「俺の妹、名前は小夜さよっていうんだ。」

「…へぇ。」瀬川は愉快そうに笑う。「それで、誰を殺してほしいのかしら」腕を組んで口元を手で隠す瀬川。声音は微かに愉悦に震えている。俺のことを、楽しそうな顔で眺めた。


 俺は一つ深呼吸して、勤めて静かに伝える。

「小夜の両親。二人ともだ」

「あなたの妹の両親…。それはあなたの両親ではなくて?」クスクスと、凄惨に笑う。指の檻の向こうから、死生観と愉悦が同居した細い月のような唇が、艶やかに光を反射する。

「改めて確認するぞ。瀬川。お前はまた分身を作れるか?」

 末期の饗庭あえば家を殺して、小夜の人生から病巣を摘出する。

 それには俺と瀬川、そして何より小夜のアリバイが必要なのだ。明るみに出ないように、再び分身に活躍して欲しい。


 瀬川が自分の夫を殺した時のように、第三者の暗殺者が必要なのだ。


「………。」

 真っ直ぐに目を合わせてから数刻。瀬川の顔からは笑みはなくなり、真剣な表情に変わった。


「あなたが私を拒絶した場合にとっておいたの。……最後の分身よ。」瀬川が唐突にそう言った。

 それが何の話題なのか、一泊の間をおいて理解した。

「出来るんだな」

「ええ、私のとっておきの分岐点。『私の子宮が病に侵されなかった場合の人生』」

「…おい、……それって………!」


 それは、瀬川の人生における分岐点。

 一つ目が初恋。

 二つ目が子宮頸癌。


 瀬川が夫を殺すために使用した分身が、初恋。だから、もう一つの分岐点が残っているのだ。


「まさにとっておき。…最終手段。

 これを使うと私は完全に子を産む能力を失う。

 だからね、もしあなたとの初恋が、上手く行かなかったら、子宮と引き換えに、あなたを殺す事も考えていたわ。」


 俺は戦慄する。覚悟して臨んできたはずだが、背中はぞわりと粟立っている。

 瀬川の持つカードの強力さには、末恐ろしいと感じる。

「ねぇ、尾鳥おとり君。…あなたは子供欲しい? 子供が出来ないことで私を捨てたりする?」

 この問いかけが、おそらくは俺の周りすべての人を左右する重大な選択だ。

 覚悟を。埋み火を今一度再燃させてみせる。

「捨てない」はっきりと、宣言する。「お前が構わないなら、小夜を娘のように接して欲しい。」

 俺は目の前の狂気に怯えを感じながらも、真っ直ぐに見つめてそう言った。


 頭の中、どこか冷静な自分いる。この状況を俯瞰して、まるで悪魔との契約だ。なんて思う。

 瀬川と小夜、二人のためのスケープゴートだ。と、力なく笑う。まさにその通りだ。スケープゴート。身代わり。オトリ


 でも、まぁ、悪くはないよな。

 これでも瀬川忍は俺の初恋の相手なだけあって、顔立ちも性格も美しい。

 それに、小夜の呪いを断ち切ることが出来るだろう。


『そういうのを引き寄せる体質だから、お前のことは囮って呼ぶよ』


 昔の貝木かいきの言葉を思い出す。


 やり遂げてみせる。

 長い時間をかけて、杵原が《龍》になるまでを見届けながら。

 闇は明るみに出ないまま、幸せを見つけてやるさ。

・CRUMBLING【ぼろぼろな】(クルムブリング)

・SKY【空】(スカイ)


 闇は闇のままに、闇の中での幸せを模索する。…逢魔時の欠落者たちの日常を描いた物語。


 幸福というものには平均というものがあります。しかし、本来は自分の身の丈にあった適量というものがありますね。

 私の中では、ハッピーエンドなのですが、果たしてこの物語を読んで頂けた皆様にはどう映るのでしょうか。幸せと呼ぶには物足りない?いっそ不幸?

 尾鳥たちのこれからを夢想してみるのも面白いかも知れません。


 楽しんでいただけたのなら、幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ