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二話 機械じかけの幻想・上

 夜。

 仕事の時間である。


「昨日の公園じゃないの?」と、後ろで饗庭あえばがついて来る。

「今日は東伏見公園に行く」


 家を出て、武蔵関公園から反対の道を進み、鳥居を潜った線路沿いにある道を歩いている。


 この土地には三つの公園があり、その地点を線で結ぶと三角形を描くようになっている。そして東伏見神社の存在。……これらによって幽霊、拡張現実と呼ばれる浮遊バクテリアが集まる肥沃な土地として機能する。

「どこの公園でも一緒じゃないの?」

「うーん、…」俺は説明するために言葉を選ぶ。「幽霊と言われているのは、浮遊バクテリアの集合体だって言うのは知ってるよね?」

「習ったと思う」饗庭は頷いて「生物や周波数に感応して、浮遊バクテリアが空間投影する。…それが幽霊と呼ばれてるんでしょ」

「浮遊バクテリアがインターネットと人間の橋渡しをしているからだって言われてる。けど、ネットを規制された今も幽霊は現れる。多額の納税を収めて未だにネット接続している者の意識や、死者の意識の残滓だ。」

「死者の意識の残滓…」饗庭は興味深そうに言葉を反芻した。

「そう。浮遊バクテリアによって、死者の魂が『可視化』しているとも言える。『幽霊の正体見たり、浮遊バクテリア』」

「………字余り。それに、公園の場所は浮遊バクテリアと関係ないじゃん」

「いや、その知識を頭に入れた上で、浮遊バクテリアの意識についての説明をしないといけない。」俺は歩きながら後ろを振り返り、饗庭の横に移動した。横に並んで歩幅を合わせる。「浮遊バクテリアそのものには意識はない。それでも固有の幽霊に姿を変えて、決まった場所に現れるのは、感応した人間の、生前の人格から来ていると言われている。」

「じゃあ、その死んだ人との待ち合わせ場所が、ここなの?」

「そう。ここが待ち合わせ場所ってこと」





 東伏見公園。時刻は三時。眠りを忘れた都市の光がぽつりぽつりと四方を囲み、木造デッキのすぐ下を西武新宿線の線路が通る。その木造デッキに上がり、俺と饗庭は手すりに凭れる。背中に触れる手すりの冷たさが少しずつ馴染んでいく。

「…何も起きないよ」饗庭が手のひらを擦り合わせながら隣で寒さに耐えている。

「あれ、見えてない? 少しずつ見えてくるはずだよ」俺は木造デッキの中央を指差して饗庭に示す。

 そこには煙のような、夜闇に馴染まない白い粒子の集合体がある。少しずつフラクタルのような図形を描きながら、崩壊と再構成を繰り返し、人の形に変わる。

「…あ、見えてきた」饗庭は興奮を押し殺しながら、見えてきた見えてきたと繰り返す。


『お待たせ』

 姿が定着して、デッキに立つ女の子の姿は、病衣を纏う幼い子供だ。見た目は14歳ほどで髪は短く肩にかかるあたりで切りそろえられている。青白い燐光を放つ様はまさに幽霊。名前は杵原 真綸香という。

「おう」

「え? 話せるの」

 饗庭は年齢相応の無邪気さで幽霊に興味を示す。が、俺の隣から離れず、近付こうとはしない。

「そりゃあ、話せなきゃ仕事にならない」

『…誰さん?』

 杵原は饗庭の反対側で俺の服を摘んで引っ張り、説明を求めた。

「…訳あって今保護してる家出娘だ。名前は本人から」

「あ、えっと」饗庭は未だ驚きを隠せない顔で杵原と俺を交互に見ながら「饗庭小夜さよです。」と短く名乗った。

『初めまして。僕は杵原 真綸香。訳あって死ねない女の子だよ』

 破顔一笑。

 饗庭は動揺して俺に視線を送る。

「…まず、仕事内容から改めて説明しよう。」俺は杵原と饗庭から離れて前に立つ。「僕の仕事はこの『不死帯:杵原真綸香』の観察。及び話し相手だ。」

『うむうむ。』

「…前聞いた話となんか違うくないか?」

 二人は正反対の反応をした。まあ、予想はしていた。昼に話した内容では説明不足であることは意図している。百聞は一見に如かず。実際に見ながら説明した方が良いと考えていた。それに、杵原と饗庭は仲良く出来そうだと思っている。


「饗庭のために説明を続けるぞ。まず、この仕事は基本的に幽霊退治ゴーストバスターだ。だが、別に暴力に訴える必要はない。この『不死帯:杵原真綸香』は肉体が火葬された今も意識を周波数帯域に残している稀有な例で、何故そうなったのかは…言ってもいいのか? 杵原さん」

『いや、僕から話すよ』簡単な話だけどね。と杵原は経緯を説明する。『修学旅行のバスで交通事故にあって、死にきれませんでしたー』

「…って感じだ。調査資料によると、」

「ま、待ってよ」饗庭は俺の説明を遮った。「急にいろいろ言われてもわかんないって! えっと、…まずフシタイって簡単に言うと何なの?」饗庭は混乱しながら、俺に質問する。

「……通常、死者の意識が浮遊バクテリアと感応しても、一夜限りしか持たない。不死帯って言うのは、浮遊バクテリアが形成するネットワークの中で『不死の帯域=不死帯』と呼ばれる周波数、または、そこで生き続ける幽霊のことだ」

 饗庭は眉間にしわを寄せながら、なるほどと呟き、「次に、何で杵原さんだけ死にきれなかったんだよ」

「そこで、調査資料だ。」俺は携帯端末を操作する「バスの事故は山道で対向車との衝突。…んで、崖から川へ落下。死者は杵原を含め3名の生徒、その他は重軽傷。」

『私は川に落ちて、その時はまだ死んでなかった。』杵原が補足する。

「川に転落して、溺れた杵原は、救急隊によって病院で治療を受けたが、大脳はダメージを負った。半年間ネットワークに繋がっている医療器に脳を接続されながらの植物状態が続いた。」

調査資料の情報をかいつまんで読み上げる。説明し終え、饗庭を見る。

「…それが原因で、今ここにいるってことだな?」饗庭は頭を抱えながら俺を見る。

『どう、どう?』杵原は無邪気に詰め寄る。

「いや、どうって言われても。…何も言えないだろ、これ」

『今じゃ生きてた年数より、不死の年数が長くなっちゃった』杵原は笑う。その奥にどこか大人びた哀愁を感じる。

「今何歳だっけ」俺は杵原に問う。

『14歳と15年の不死。合わせて29だけど、4月までは28歳』

「あ、新年だもんな」

「…はあ、なんかすごい疲れた。」饗庭は目の前の幽霊にまるで生気を吸われたかのようにデッキにしゃがみ、「ちなみに尾鳥おとりさんは何歳?」と聞いてきた。

「僕は25」

「年下かよ」

『いや僕は永遠の14歳だから』





 その後も仕事として杵原と会話をする。主に饗庭が。

 早くも打ち解けた二人が、改めていろいろなことを話す。そのほとんどは俺が過去に行った会話と同じだったが、杵原は嬉しそうに応えていた。

 俺は携帯端末に報告書を作成しながら会話を聞いていた。


饗庭「杵原さんは夜以外は何してるんだ?」

杵原『ネットワークの中にいる気がする』

饗庭「気がする?」

饗庭、隣に座る杵原の顔を見る。

杵原『多分、インターネットのいろいろな情報を夢の中で見てるというか、意識が融けてる感じ』

饗庭「へぇ」


 とか。


饗庭「不死帯になってから、誰かと会った?」

杵原『親に会いに行こうかなって思ったけど、普通の人に近付くと、体が消えるんだー。』

饗庭「私は平気?」

饗庭、杵原に手を伸ばす。杵原はその手を掴む。

杵原『平気みたい。でもあんまり触らないほうがいいかも。この身体は浮遊バクテリアだから』

杵原はそう言いながら饗庭の腕をべたべたと触る

饗庭「なんか炭酸みたいに痺れるね」


 とか。


饗庭「他の幽霊とは会うの?」

杵原『よく会うよ。納税者もそうだし、死者ともそう。尾鳥に情報をあげたりする』

饗庭「尾鳥さんとはどんな話をするの?」

饗庭はデッキの溝に溜まった土を小さい木の枝で弄る。

杵原『恋とか』

饗庭「こ、恋…」

俺は携帯端末に文字を打ち込みながら「嘘だぞ」と伝える。

杵原『こういう話苦手? 顔赤いね』

饗庭「んー…。」

饗庭は今まで見たことのない顔をしていた。


饗庭「そ、そんなことより! これからどうしたい?」

杵原『何を?』

饗庭「人生? 死なないけど、目標とかあるかなーってさ」

杵原『目標、ないんだよねー。他の不死帯はどうしてるんだろ。オトリは知ってる?』


 突然俺に話を振られた。そうだな、他の不死帯の情報か。

「今まで報告された不死帯は3名。そのうち一人は杵原だな。資料によれば、2名とも自由に生きてるらしいな。」

『どんな風に?』

「あんまり気分のいい話じゃないぞ。」

『いいよ』杵原は僕の制止を気にも留めない。『暇つぶせるなら何でも』

 俺は饗庭に目を向けると、饗庭は頷いた。気は進まないが、資料を読み上げる。

「不死帯:佐藤 太郎(本名不明)…」

 不死帯になった経緯、借金苦により飛び降り自殺を試みたが失敗。病院で一命を取り留めたが頭骨の陥没骨折と半身麻痺に苦しみ、一時帰宅の際に再び服毒自殺。

 調整員発見時、彼の死亡時の醜形と呪詛に影響され、調整員本人も自殺を行うが、同行していた他の調整員によって止められる。

「…彼は現在も服毒自殺を行ったアパート内にて死ぬ方法を模索している。………だそうだ。」

 俺は資料の一枚目を読み上げたところで止めた。後の報告書は不死帯となった佐藤太郎氏の自殺奮闘記が書き連ねられていたので、読む気にはならなかったのだ。

 二人を見る。杵原は苦々しい顔をしていた。聞いたことを後悔しているらしいことは容易に想像できた。そして饗庭は空を見上げてこう言った。

「死んでも死に切れないなんて、私より大変だ」

「…」饗庭の感傷を慰めるのは軽率に思えたので、俺は何も言わない。

『因みに、もう一人は?』

「ん、あぁ。もう一人は事例が特殊すぎて、厳密には不死帯じゃない感じだな、特異体質の家系の娘が生み出した不死帯で、元から人間じゃなくて、妄想が具現化した事象をとりあえず不死帯に分類した…って感じだ」

 まぁ、この報告書を書いた同期はこの業界内でも一癖も二癖もある奴だから、こんな荒唐無稽な報告書でも今更驚かないが。

『また嫌な話になる?』

「いや、…昔話みたいな感じだな。」

 俺はその報告書を読み上げる。「えぇと、『不死帯:封月 灯』………」

 一人の女性と恋に落ちて、子供を作ったという不死帯の話を、報告書に沿って説明した。


『すごい!子供まで産めるなんて、僕も不死帯として、なんでも叶えられそうね』

「いや、やっぱり特異な例だよ。本質から違う」

「その、」饗庭は控えめに、しかし抑えきれない興味を滲ませながら会話に割り込む「赤ちゃんは、さ…。結局人間なのかよ?」

 おお、そういえば肝心な所を話していない。俺は報告書に改めて目を通す。

「いや、結論としては人間じゃないみたいだ。そもそも人間の定義が何なのかは難しいところだが、頭角が生えているという外見的特徴から、封月家の中で匿う形で育てているらしい。」

「へぇ、そっか」

「不服か?」

「いや。でも見てみたいな」

「それは、…」報告書の内容で二人に話していない部分がある。

 ――報告書に出てくる不死帯:封月 灯を生み出した女性は重度の薬物中毒者だと記載されている。屋敷内で過ごしている以上、人と会うのは避けているのだろうし、難しいだろう。

「それは、…出来ないな」

「なぁんだ、」饗庭は肩を落として、また空を見る。

 それを真似して俺も見上げる。冬の星座はだいぶ薄れて、朝の気配がもう迫りつつあった。

「もう朝か」

『今何時ー?』

「五時。仕事ももう直ぐ終わるな。…んで、目標は?」

『僕は神にでもなろうかな』ほら、ちょうど神社も近くにあるし、神になってあそこに住むよ。なんて暢気なことを言う。

「まぁ、不死帯には可能性と時間があるから、頭ごなしに否定は出来ないな。饗庭は?」

「え?」

「これからどうしたいのか、目標だよ」

「う、うーん。…目標か」饗庭は手すりに肘を置いて街を眺める。「尾鳥さんと会って、こんなに短い時間で、いろいろなものが見れたっていうか、視界が開けた。…みたいな感じだ。」

『…つまり?』

「つまり、もっといろいろなものを見たい。かな。不死じゃなくても、可能性と時間はあるしな。」

 饗庭は振り向いて俺を見つめる。最初にあった時とは違う。微笑みの柔らかさ。

『うんうん。いのち短し恋せよ少女…ってか!』杵原は茶化してケラケラと笑う。

「なっ!? ち、ちげーよ!!」饗庭の不器用な表情筋がオーバーヒートしたらしく、真っ赤になて否定する。

『隅に置けませんなぁ囮ぃー』

「饗庭さんが困ってるだろ、あんまり茶化してあげるなよ」

 俺はそう言って永遠の14歳の頭を手のひらで二回叩く。生暖かい静電気、浮遊バクテリアの感触が伝わる。

「そういえば、杵原さんが、尾鳥さんを呼ぶときの発音って変じゃない?」と饗庭。

「あぁ、仕事では『囮』って名乗るから、イントネーションが違うんだ。」

「何で囮なんて名乗ってるの?」

「この仕事は普通、面倒事に首を突っ込んで調査するだろう? だけと、僕は体質からか、面倒に巻き込まれるんだよ。だから囮ってあだ名で呼ばれ始めて、僕も名乗り出した」

『夜に公園にいるだけで良いんだもんね』

「へぇー。」

 饗庭はそんな、間の抜けた返事をした。ちょうどその時、始発の電車が俺たちのいるデッキの下を走り抜けた。仕事上がりの時間だ。

「よし、今日の仕事終わりだ。じゃあな」

『じゃあまた、饗庭ちゃんはまた来るの?』

「本人次第だな」

「私はまた来たい」

『じゃあ決まりね』

「また」

『うん、またね』

 こうして、不死帯:杵原真綸香は朝日に溶けていった。

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