エピローグ――逢魔時の欠落者――
饗庭小夜は毒虫のように生きていた。しぶとく、強張りながら、じっとして動かなかった。
それは彼女の世界に度々おこる自然災害的暴力に対して身につけた生き方で、生みの親という者が皆子供に対して強く当たるのは教育なのだと理解していた。悲しいことに彼女は納得していた。しかしそれは饗庭家の親子間で完結している教育ではない。そこにあるのは愛情でも無ければ親心でもないもので、暴力は暴力であり、家庭環境は事実崩壊していると言っていい。
饗庭小夜が身体を強張らせて暴力に耐える姿勢に入ると、親はその蹲った背中に拳を叩きつけた。鈍い音が響く。それは断続的に、悪意を込めて不規則に、幾度も繰り返された。
饗庭小夜は歯を食いしばりながらじっとしていると、終いに親はつまらなそうに肩を落とし、そして饗庭小夜の髪を乱暴に掴むとそのまま外に引きずり出した。
夜風が寒いはずだったが、全身を痛めつけられたせいか身体は暖かく、饗庭小夜はほんの少しだけ清涼さを感じてアスファルトに転がった。
家から閉め出されたのだ。しかし解放されたと言ってもいい。
饗庭小夜は玄関先の花壇の隅に隠していた平たく潰れたサンダルを裸足の上に履いて新年の街を歩き始めた。