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森へ…… コトノハノ木に見守られて

ーー山裾村ーー

私は、考えても考えても、答えに辿り着けず、

クロに言った。

「ねえ、コトノハノ木のある所へ、私を案内してくれない?」

クロは一瞬こちらを見たが、すぐに

『やめときなよ』と横を向いた。


「どうして?」

『コトノハノ木は森の深いところにあって、

地元にいる人間でも近よる人は、殆どいないんだ。

それに、行って何をするつもりなの?』


「分からない。でも行ってみたい」


しばらくの沈黙の後、クロは黙って立ち上がり、

私を見た。


私はクロの後ろについて行った。



森は、思った以上に鬱蒼うっそうとしており、

入り口なんて全くなかった。


私の背より高く伸びた雑草や、無数に突き出す

細い木の枝を掻き分けながら、途中ぬかるみに

足を取られながら、2時間程かけて、ようやく

その木の元に、私たちは辿り着いた。


口はカラカラで、枝で傷ついた手や顏が、ヒリヒリ痛んだ。

ところが、そんな事はどこかへ吹っ飛んでしまう程の

とんでもない大木が目の前にそびえ立っていた。


辺りは薄暗くなっているのに、その木は

白々と光って見えるのだった。


近づくのが躊躇される程の迫力に、私は息を呑んだ。


「はあーーー……」とため息をついたきり、

私は その木を見上げたまま、動けずにいた。


その時、地面がグラグラと振動し始め、

コトノハノ木が、ザワザワとコトノハを揺らし始めた。


私は思わず、

「お願い!もう誰も傷付けないで‼︎」

何の根拠も見当たらなかったが、気がつくと、そう叫んでいた。


自分でも理由の分からない涙が、後から後から溢れてきた。

私の流した涙は、次から次へと上へ吸い上げられ、

コトノハが、その一滴一滴を呑み込んでいった。


私が見上げると、すっかり夜になってしまった空を、

星の光を受けた無数の露玉が、四方八方から、煌めきながら

ここへ集まってくるのが見えた。


「キレイ……あれは……何……?」

『言葉によって傷付いた人達の涙と、傷付けて

後悔した人達の涙だよ』

クロが答えた。


涙でできた露玉達は、後から後から やって来て、

コトノハ達に呑み込まれていった。


『こんなに濡れてしまっては、今夜は飛べそうにないですね』

クロが、コトノハノ木に向かってそう言った。


コトノハは、サワサワと優しく揺れた。

少し、嬉しそうにも見えた。


『コトノハノ木の望みは、美しい言の葉で覆われる事。

昔から何も変わっていない。けれど、人の心は、時代の

移り変わりと共に、どんどん変わっていった。


世の中が便利になればなるほど、言葉の持つ意味は

薄れていって、荒んでいった。

コトノハノ木は、それをずっと悲しんでいたんだ。


でも今の露玉達を見て、少し落ち着いたみたいだよ。

世の中もまだ、捨てたもんじゃないってね』


クロも少し嬉しそうに話した。


クロの言う通りだと思った。

確かに今は、相手の顔を見なくても、

直接会話を交わさなくても、意思の

疎通ができる時代だ。


事の流れを、千年以上も見守って来たコトノハノ木

にとって、それは苦渋に満ちた時間だっただろう。


『君も随分元気になってきたみたいだし、

ボクもそろそろ行かなきゃ』

クロが唐突にそう言った。


「行くって、どこへ⁉︎」驚く私に

『さあね……』と、またクロがはぐらかした。


コトノハノ木の幹に、右前脚をチョンと触れると、

クロは その木にみるみる吸い込まれていった。


「クローーーッ‼︎ 」叫ぶ私の耳の奥に

『またね……』とクロの声が響いた気がした。



「寒っ……」

肌寒さで目覚めると、私は縁側で寝転がっていた。

外はもうすっかり夜になっていた。


「クロ……?」

私は辺りを見回したが、クロは見当たらない。

夢を見ていたのだろうか……


顔や手がヒリヒリと痛む。

私の手は、たくさんの引っ掻き傷が残っていた。

やっぱり夢なんかじゃない‼︎


私は裸足で外へ飛び出し、

「クローーッ‼︎」

と叫びながら、その姿を探した。


母が無理矢理 家へ連れ戻すまで、

クロを探し続けたが、発見する事はできなかった。


クロは一体何者だったんだろう……


**************


ーー海原市ーー


山田 一希と仲間達は、学校へ来なくなった

クラスメイトの所へ赴き、直接謝りたいと申し出た。

今日は会ってもらえなかった。


でも、彼等は決意していた。

クラスメイトが

ちゃんと学校に戻ってこれるまで何度でも、

何度でも謝りに来ようと……


***************


藤田 みなみ、柴田 麻衣は、身体の傷は随分

良くなり、学校へ通い始めた。


今度の休みに、ミカ、よっしー、ナナが

2人の退院祝いをしてくれると言っていた。


また5人で登校する日が戻ってきた。


手首に傷が残っている麻衣。

顔に、身体に、傷が残っている みなみ。


見える傷は、いつか痛まなくなる。

でも、心の傷は うんと長い事 癒えない事を

きっと彼女達は忘れないだろう。


5人の笑い声と、元気に挨拶を交わす声が、

朝の澄み切った空に、高々と響いた。


***************


小松 亜希子は、祐子の退院祝いに招かれていた。

主催者は何と、迫田 ユキだった。


早目に到着した亜希子は、準備の手伝いを買って出た。

準備をしながら、亜希子はユキに聞いてみた。

「どうして、祐子さんの退院祝いを?」

『どうしてって、当たり前の事じゃない?

無事に退院してくるんですもの』

ユキは笑顔で答えた。


「でも、祐子さんの嘘で、ユキさん苦しんだんですよ。

それなのに……」

亜希子がそう言うと、ユキは唇の前に人差し指を立てて、

『シーー……』

というポーズをした。

『コトノハに聞かれるから』

「え⁉︎」

驚く亜希子に ユキが言った。

『私の祖母が住んでいた、山裾村という所の言い伝えでね、

その村にあるコトノハノ森のコトノハノ木に私達は、

見守られてるんだって。

人をおとしいれたり、苦しめたりする言葉を聞きつけると、

その木の葉、つまり、コトノハ達が攻撃にやって来るって、

小さい頃教わったの。おかしいでしょ?

今だにそんな事信じてるのよ、私』


亜希子は確信した。

今回の祐子に起きた事も、世の中で起きている事件も、

そこと関係があったのだ。


「コトノハ…… コトバハ イキテイル……私、信じます。

ユキさんのおばあちゃんが、言ってた事!」


『あなたって、本当に素直な人ね』ユキが笑った。


祐子、未知子、弘子の3人が到着した。

『祐子さん、退院おめでとう‼︎』ユキが笑顔で迎えた。


祐子は顔を真っ赤にして、泣き始めた。

その後、蚊の鳴くような声で、

「ごめんなさい……」と言った。


そこに居た全員の心が、ふわっと暖かくなった瞬間だった。


***************


私は、実家を出ようとしていた。

あの後、幾日経っても クロはやって来ないままだ。


成人した娘が、いつまでも母に食べさせてもらっているのも、

正直、気が引けた。


幸い、海原市のアパートは引き払っていないし、

アルバイトで食い繋ぎながら、転職先を探すつもりだった。


『別に……いくら居たって構わないのに……』

出がけに母が、寂しそうに言った。


「またチョコチョコ顔出すから」

私は そう言って玄関を出た。


ーー海原市ーー


久しぶりの自分の部屋……

カーテンとサッシを開け、まずは空気の入れ替えだ。

飛び込んできた日差しで、目が潤む。


携帯の電源を入れた。

真実に、戻ってきた事を連絡した。

久々に、真実と お茶する約束をした。


例の如く、真実がガンガン 一方的に喋る。

『あー……そうそう。梓 退院したよ。でも、会社は

正式に辞めたみたい。そりゃそうよね。不倫相手がいる会社に

ノコノコ戻って来れないわよね』


〔梓……どうしてるんだろう……〕

私は真実と別れ、家へ帰ると 、梓に連絡した。


「元気?じゃないか……色々あったもんね」

私がそう言うと、

『うん……今、ゼッサン就活中よ‼︎』

と梓が答えた。


「あ、私も。とりあえずアルバイトでもして、

転職先、探そうと思ってる」

『そっか。早くバイト見つかるといいね』

「うん。お互いにね。じゃ、また」

『またね‼︎』


しばらくして、私は、家から徒歩5分程の所にある

花屋さんでアルバイトをする事になった。


今までの事務仕事とは勝手が違うため、苦労もあるが

生き物相手だと、なんだか癒される。


今日、入荷したガジュマルの木を見ていたら、

あの夜の、あの森での事を思い出した。


コトノハノ木は、今も あの森で静かに呼吸をしている。

そして、コトノハ達は、私達の交わす言葉に、耳を澄ましている。


あ、そう そう。

最近気が付いた事だが、この花屋に、1匹の黒猫が出入りしている。


野良だと思っていたが、その子は、

駆け出しの絵描きの青年が、飼っている猫だった。

青年は、この猫に『クロ』と名付けて可愛いがり、

自分の絵のモデルとして描いていると、言葉少なに話してくれた。


初めて、この猫を見かけた時、思わず「クロッ‼︎」

と叫んでしまった私を見て、彼はとても驚いていた。


『クロ』は知らん顔だった。

もちろん、喋ったりもしない。


でも、私は確信している。

この子は、あの『クロ』だって……


クロはあの時「またね……」と確かに言った。

私が今まで知らなかった世界に案内してくれたクロ。

他の猫と見間違えるはずがない……


どういう事情でここに居るのかは分からないが、

今日はご主人と一緒に、花を買いにきてくれたのだ。


『竹内さーん!こっちのエアープランツに、霧吹きしといて』

いけないっ!仕事中だった。

「はーい!」私は慌てて返事をした。


「どうぞ ごゆっくり」

私は青年に声をかけた。

彼は、会釈と共に はにかんだ笑顔で応えてくれた。


「またね……」心の中で、私はクロにも声をかけた。

クロの目が、キラリと光った気がした。


このところ、白い鳥に襲われたという事件は

パッタリと聞かなくなった。


でも今日もコトノハ達は、間違いなく活動している。

私達人間が、この地上で生きている限り、

私達が、自らの唇を、完全に抑制する事が出来ない限り……


私は生涯忘れる事はないだろう。


コトノハノ森の、コトノハノ木の

あの荘厳な姿を……


















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