マサオ記
1 昼
1 これは練馬区のマサオのある一日を、押し入れに潜むタカシが記したものである。
2 マサオは、昼過ぎに目を覚ます。空腹を覚えたからである。
3 マサオは万年床から起き上がって、顔を洗うこともせず、電気ケトルに水を汲み、スイッチを入れる。
4 見よ、マサオは母から送られてきた仕送りの段ボールを漁って、カップ麺を取り出す。
5 マサオは三分待つことができない。本能がそのように望んだからである。
6 瞬く間に食べ終わると、再び万年床に潜り込む。万年床は黄ばみ、それはひどい臭いを発していた。
7 しかし、私はこれを好み、これを嗅ぐことに喩え難い悦びを覚えるものである。
8 マサオは再び眠りについた。
2 夕方
1 さて、夕方になると、マサオは再び目を覚ます。空腹を覚えたからである。
2 マサオは万年床から起き上がらず、枕元に散らばっている食べ物やごみの中から、何時のものとも知れぬ一本満足バーを二本探り当て、それを寝たまま食べる。
3 ドアの呼び鈴が鳴っても、マサオは出ない。マサオは人を極度に恐れているからである。
4 自堕落な生活をして、醜く太り、悪臭を漂わせ、ぞんざいに伸びきった髪の毛を人に知られたくないからである。
5 マサオは大学生であるが、入学した年、オバマがプラハで演説をした年である、その年の五月の連休を過ぎてから一度も大学に出ていない。
6 両親は世間体からマサオの学費を払い続け、履修登録を行っている。マサオはそれを知っているが、部屋を出ることはない。
7 布団を頭からかぶって呼び鈴が止むのを待っていたマサオは、呼び鈴が止むとため息をついた。
8 このままでは駄目だと分かっているからである。
3 夜
1 しかし、マサオは知っている。自分は分かっていないと。
2 例えば、笛つきケトルでお湯を沸かしたとき、笛が鳴りだしたケトルの側面を自分から触ることはない。熱いと分かっているからである。
3 それが分かっているということであるとすれば、駄目だといいながら、一日中寝て過ごすマサオは、分かっていないのである。
4 マサオはこれをケトルの譬えと呼んでいた。しかし、人に語ったことはない。
5 マサオは本も読まず、ゲームもせず、テレビも見ず、ネットも見ない。
6 マサオの欲望は食べることと寝ることだけである。それは幸いな事であった。余り出費を伴わないからである。
7 マサオは悩むと眠くなる。そして、また日付も変わらぬ内に寝てしまうのであった。
4 早朝
1 マサオの朝は早い。空腹を覚えたからである。
2 あらかじめ炊いていた三合の白米をさんまの缶詰一つで平らげる。マサオは水道の水で渇きを癒す。仕送りの段ボールに飲み物は入っていないからである。
3 食べるだけ食べると、マサオは再び万年床に潜り込む。
4 マサオは食器が洗われ、米が炊かれていることに気が付かない。見よ、私はここにいる。
5 マサオはこれより昼まで決して目を覚ますことはない。
6 確かに言っておくが、マサオよ、私はあなたの全てを知る者である。