4話
――――ザクリ、ガシャン、ザクリ、ガシャン
――――ザザァ~ン
そのダンジョンの中は澄み渡るような青空であった。
雲はほとんどなく、波も穏やか。
目を凝らすほど遠くには緑の山や丘、近くであってもいくつかの岩が見えたりはするがおおむね辺りは開けており、ユキオはその横に見える海岸線に沿ってまっすぐに足を進めていく。
足に伝わる砂の感触と生暖かい風、焼けつくような鉄板の熱気がユキオにこの空間が灼熱の季節だということを強く感じさせた。
そして、そのせいで熱い、暑いではなく熱い。
もし仮に今着ている恰好が半袖半ズボン……せめて上だけでもタンクトップならばここまでユキオは地獄を味わうことはなかっただろう。
しかし、今のユキオはダンジョン探索用装備であるがゆえにただでさえ暑い気温に厚手の衣装分の、いや厚鉄板分の熱を追加で感じる羽目になっていた。
だからこそ、ユキオは悩む。
自分は何故このような地獄のような業火の中ありもしないような宝をダンジョンで集めるのか?
どうせ初めは怪我するのだから、初めての探索とはいえこのような重装備装備する意味とは?
というか、なぜ怪我をしてはいけないのか?
この灼熱を受け続けるのと、死ならどっちのほうが楽なのか?
そもそも死の苦痛と?
暑さの本質とは?死の意味とは?苦痛の定義とは?
……そうか、宇宙の真理はここに……いまいくよ、まだ見ぬ愛しい人…そこに私は…
『メーデーメーデー、こちらスズキ。
ユキオさん!そろそろ何かありましたか~?』
そんな風にせっかくユキオが世界の審理に気付きつつあった、スズキからの通信がユキオの意識を宇宙の外からこの暑苦しいダンジョンという現世と別世の間みたいなここに引き戻した。
スズキがユキオに渡したスズキの私物であるこの【ダンジョンインカム】、どうやらこのダンジョンでも問題なく使えるようだ。
この手の物はダンジョンによっては使えないことも多いらしいが。
「あ~ないない、見渡す限りただのきれいな海岸だよここは。
幼いころ潮干狩り行った海岸はもっとこう、流木やら人が落したごみやらで汚かった印象があるが……マジでここはなんもない。
地球上にあったら相当の人気旅行スポットになりそうだな、ここは。」
やや興奮気味のスズキとは裏腹にバテ気味にユキオはそのように気だるげに答えた。
しかし、ユキオのその返答に満足しなかったのかスズキはさらに付け加えて言う。
『む~……そうですか?そろそろ何かしら見つけてもいいとは思うんですけど……
あ、そうだユキオさん!少し魔力の感知をしてもらってみてもいいですか?
もし、何か周囲にダンジョン内の魔力産品でもあればきっと魔力感知に引っかかりますから!』
「え~、けどこの辺周囲はずらりと見渡したところ本当に何にも見つからないんだが?
スズキさんからは見えないとは思うけど、ここは本当に見晴らしがいいからそういうのがあれば一目瞭然のはずだ」
『いいですからいいですから!
すこーし、後で魔物が近づいてきた時に備えて、ね?』
ユキオとしては一番やりたくない理由が面倒くさいからという根も葉もない理由であった。
が、それでもここでスズキとグダグダ言い合って時間をつぶすよりはおとなしくしたがった方がいいと考えたのだろう。
ユキオは静かに目をつぶり自身の魔力感覚を前方へと傾ける。
やはりダンジョンだからだろうか、周囲の空間そのものに魔力を感じる上に自分の魔力感覚がいつもよりも広がっているのが感じられる。
そして、前方砂浜へ意識を傾けるが……特に変わった魔力反応はなし。
小指ほどの小さな蟹や名も知らぬ虫が砂の中に何匹か隠れているのはわかったが特に持って帰れるわけでも金になるわけでもないので無視。
次に首を横にして海側の方へと意識を傾けるがこちらも特に変化なし。
あえて言うなら波と海水によってやや先ほどよりも、特に海中内の魔力は感知しにくいという発見があった程度だろう。
そうして、何もないことがわかり、ユキオは自身の魔力感覚を静かにひっこめ、目を開けようとしたのだが……
「……ん?なんだ?この反応は?」
ユキオは右方の砂の下に明らかに何か別種の魔力の波長を感じた。
その魔力は特に強力というわけではないが、この空間に漂う魔力のそれとは明らかに別の魔力であった。
一番近いのは先日使ったダンジョン戦闘用の模擬武器の魔力反応。
魔力を使わずに例えるなら、周囲に漂うダンジョンの魔力を醬油ラーメンの匂いに例えるなら、その中に一つだけ味噌ラーメンの匂いが紛れ込んでるかのような……というと少し俗っぽ過ぎるか。
「これは……貝殻?」
ユキオがその砂の中を少しかき分けるとそこには1枚の貝殻があった。
色は白く肌触りはややざらざらして、一見するとただの普通の貝殻だ。
形はややホタテにも似ているようにも見えるが、それとも違うようにも見える。
大きさはやや手のひらよりも少し大きいといった感じだ。
『おお!やはり海系のダンジョンだとそれが出ますか!
それは通称【魔貝】といって、珍しいダンジョン鉱石の一種!
魔力入りの鉱石というのはそれだけで地球では天然に取れない貴重品!
それをしかるべきところに持っていけば換金することもできるダンジョンの名産物の一つです!』
スズキがユキオが手に入れた貝殻についてやや興奮気味に解説してくれる。
どうやらこの一見変哲もない貝殻でさえ、ダンジョン産の魔力入りというだけで希少価値が出てくるそうだ。
魔物に合わず、ダンジョンをうろちょろするだけでお金がもらえるなんてこれはもしかしたらとんでもなくおいしい職業なのではという考えがユキオの脳裏に浮かぶ。
「……で、これは結局いくらぐらいで売れるんだ?」
『はい!その【魔貝】は買取価格キログラム、500円!
手のひらサイズの貝殻だと恐らく、1枚50円くらいですね!』
「空き缶拾いか!!」
世の中にそんなに甘くないらしい。
思わず、ユキオは手に持ったその魔貝を眼前に広がる大海原に向かって思いっきり放り投げたのであった。
さて、ここでダンジョンのついて少し解説しておこう。
この世界におけるダンジョンとは、一般的に強大な恒常的人口発電と人間のもつ特有の魔力の空間的超反応の一種と認識されている。
この反応によってこの空間に穴が開くと、もしこの世界にダンジョンなんてものがなければ、きっとその穴から、この世界の地球と別世界の地球に特別な懸け橋ができるかもしれない。
……が、それが起きないのはこの世界とあの世界の間に【ダンジョン空間】がるからとされている。
それゆえか、【ダンジョン】は地球とはか~な~り性質が違う空間であり、その中でも特に顕著なのは中に【特定の魔力】を持たないものが入ろうとするとことごとくはじこうとする性質を持っている。
それは質量が大きければ大きいほど適用され、中に入れるのは概ね【人間】やその魔力に近いもの、【ダンジョン用エンチャント】を施された物に【ダンジョン由来の素材】で作られた道具程度である。
もし、どれとも違うダンジョンに適応しない物を無理やり中に入れようとしたら、そもそもそこに壁があるかのように入らなかったり、入れてもしばらくしてダンジョン入り口へ戻されるようにはじかれたり、最悪中に入れた時点で別の物へと変質したり、破損が起きてしまう場合すらあるのだ。
勿論近年は【ダンジョンキーパー】の品質向上により、一般家電程度なら中に1つや2つ入れても故障せず持ち込めるようにはなったが……それでも複数の精密機械や大型車両を数台なんてなるとあっという間に【ダンジョンキーパー】のキャパがオーバーしてしまうのが目に見えている。
要するに何が言いたいかというと、ダンジョンの探索では車や工場、集団軍隊による現代科学無双なんてできずに、昔ながらの鎧や防具、武器を使って、しかもそんなに多くない数で中にいる【魔物】を撃退しながら、原始的な方法での採取探索を強いられるのがこの【ダンジョン探索者】という仕事のミソなわけだ。
「とはいえ、正直【甲冑】は失敗だったなぁ。
これ、暑くて暑くてしょうがないし、視野が狭いし、歩きにくいって程ではないけど快適ではないし、何より地面に落ちてるものが本当に拾いにくい。
戦闘には向いてるとは信じたいけど、少なくとも探索用ではないなぁ……」
『だから言ったでしょう。
変な使い慣れない防具を買うよりは、おとなしく高くても信頼できるメーカーの防刃スーツやら防魔スーツを買ったほうがいいと。
それにややサイズは合わないかもしれませんが、私が趣味で買ったダンジョン用防具をお貸してもよろしかったんですよ?』
だから一応擁護しておくと、今のユキオのように2000年代的には時代遅れの【西洋甲冑】であってもダンジョン探索にはまだまだ現役であるのだ。
ダンジョン素材などでエンチャント加工さえすればそれこそ一流と呼ばれるダンジョン探索者でさえ愛用している全身鎧が有名メーカーから量産されているほどだ。
まぁそれでも、このようなほとんど微弱なエンチャントしかかけられていない西洋甲冑装備がこの常夏の海岸線というダンジョンに向いているかどうかは別問題ではあるが。
「さすがにこれ以上スズキさんに貸しを作るのは……。
それに、正直に言って上下合わせてサイズぴったりな【全身鎧】がたったの10万で買えると書いてあったら思わず、買いたくならない?
どうせ未知のダンジョンを冒険するなら、一度はこういうのを着て入ってみたくない?ロマンを感じない?
……あ、貝殻見っけ。」
『……確かにそれは、わからないこともありませんが……
にしても、結局ここまでまともな戦闘なしで貝殻12枚目ですか。
これはいいペースなのでは?』
まぁ、こんな重くて着慣れていない全身鎧を熱い中で長い事着ながら、実りのない作業を続けていたからだろう。
さらに言えば、しばらく敵が出ていない事も拍車をかけて、どこかユキオの気が抜けてしまった。
「準備期間と準備費用に山ほど兼ねかけてるのに、時給600円とかどこがいいペースなんだよ。
このままだと最低賃金以下、準備費膨大のブラック職業一直線。
ほんと、ダンジョン探索者が糞みたいな職業だって言噂は本当だった……
――――ピピピピピピピピ!!
……って、あ。」
『あ。』
だからだろう、ユキオたちは彼の腰に下げている【魔物警報機】が警報を鳴らしているのを気付くのにワンテンポ遅れてしまった。
「……!!」
『ユキオさん!まずは海岸線を第1に気を受けてください!
海岸の魔物は海から飛び出してくるかのように襲ってくることが多いそうです!』
警報に気が付くや否や、ユキオはスズキの指示に従い素早く槍を海岸方面へと構えた。
腰はやや落して、海から何が飛び出してきてもいいようにと。
が……
「……なにも、くる気配がない?」
『ええ!そ、そんな馬鹿な!
そ、それなら、それなら左右砂浜はどうですか?
それとももしかしたら、海中奥深くに隠れているのかもしれません!!』
スズキの指示に従い、ユキオは左右を見渡しまた、魔力感覚を海岸の海水内へとも伸ばす。
……が、いない。
左右はそもそも見渡しがいいので魔物の接近を見逃すわけがないし、海中は……そもそも魔物がひそめるほど近場の海の水深は深くなかった。
(もしや上?)
首を上に向けて、上空を確認するも特になし。
(後ろ!)
広大な砂浜が広がるのみ。
「……なぁ、スズキさん?
魔物の中には確か、透明になれる奴もいたそうだよなぁ」
『い、いや、いるとは聞きますが、それは森系のダンジョンが主な生息地です。
それよりも上空を確認した方が……』
「それはもうした」
なりやまない警報機。
周囲は暑いのに背中に上る冷たい感触、手に集まるひどい汗。
もしかしたら見えない何かが近づいているかもという恐怖感。
幸いなのは甲冑着ているため、どんなに手汗がひどくてもそれが原因で槍が手から滑り落ちるということはないだろう。
「とりあえず、どこからでも敵が来てもいいように……!!」
ユキオはもう無差別にどこから襲われても先手をとれるよう、自分のできるだけ無差別周囲すべてに魔力感覚を伸ばした。
……だからこそ、かろうじてだが気づいたのだ。
自分の足の裏付近に潜む不穏の気配を。
「ちぃぃぃぃ!!!!!!」
それに気が付いたユキオは素早く体にダンジョン内魔力をも利用した力強い全身強化を施し、すばやくその場から移動しようとした。
が、それら一連の動作はこの魔物から逃げるには少し遅すぎたようであった。
――――ガチャ、キィィィィィィィィン!!!!!!!
次の瞬間ユキオに襲ったのは足下で起きた小さな砂の爆発。
高い金属音、足首への弾けるような衝撃。
そして砂の地面から生えてきた巨大な甲殻で覆われた鋏がユキオの左足首を確保している光景であった
貴公の足首は柱につるされるのがお似合いだ!(パパパパパウワードドン)