3話
さて、ここでユキオが受けた【ダンジョン探索免許】正式には【普通ダンジョン探索免許】について少し話をしよう。
【普通ダンジョン探索免許】とは文字通り、一般人がダンジョンに入るために必要な免許である。
さて、では逆に言うとなぜ免許がないとダンジョンに入ってはいけないか?
それにはいくつか理由があるが、一番大きいのはダンジョンに入るには【ダンジョンキーパー】【ダンジョンポシェット】【魔物警報機】、通称【探索者3種神器】と呼ばれるこれらを正しく使えないとダンジョン内で行動するには危なすぎるからといったものである。
もちろんこれ以外にも体質適性などもあるにはあるが、わざわざ【ダンジョン探索免許】に講習がつくのはこの3っつの道具の使い方を覚えるをいうのが一番大きい。
そのため、【普通ダンジョン探索免許】で行うのは大体座学であり、その3っつの道具の使い方、またはダンジョン探索上覚えておくべき法律関連がメイン。
卒業試験も実技はあくまで【探索者3種神器】の正しい使い方の実践及びペーパーテスト。
しかもペーパーは〇×形式であり問題パターンも精々2,3種類しかないので、受かるだけならすごく楽なものだった。
……そう、ここまで見て聡明な人たちならもう気づいたであろう。
なんとこの講習、『戦闘訓練』といった類は一切ないのだ。
いや、まったくないと言ったら嘘になるがダンジョン内高魔力空間での疑似運動訓練を戦闘訓練と言っていいかは甚だ疑問である。
そう!対ダンジョン内魔物に対する武器の使い方、戦い方講座は一切なし!
魔物に出会ったら?戦うか逃げるかを素早く判断しましょう!
魔法を使ってもいいですが、ダンジョン内では普段より倍以上の威力が出ます。
ですので自他を巻き込まないように注意して撃ちましょう!というか、むしろ撃つな!
初心者は魔法なんぞ頼らず、己の腕と武器で勝負しろ!無理なら逃げるか、おとなしく殺されろ!
だから、魔法の教え方も武器の振り方も教えないからな!
武器は最低限銃刀法を少しだけ緩くしてやるから、自分の好きなのを使っていいからよ!
……とまぁ、ダンジョン探索講習は文字通り本当にダンジョンを探索するのに必要な技能だけしか教えてくれなかった、テキストがこう書いてるんだから仕方ない。
だから、ユキオとしてはとてもでないが今の状態で勇んでダンジョンに突撃なんてことはしたくなかった。
いくらユキオでも自分の畑に生えたダンジョンには運よく全く魔物はいないけどお宝はいっぱいあるなんて都合のいい夢は見てない。
だから、せめてもう少しどこまでまともな戦闘訓練をうけるやら、実際に都内にある安全なダンジョンで肩慣らしなんかもいいかな~と思っていたのだが……
「さぁさぁ!どこからでもかかってきてください!!」
「えぇ~……」
ここはユキオの家の裏庭
砂利が敷き詰められているがいくらかの木々が生えているそこに今ユキオとスズキがたっていた。
どちらの格好もそこそこ奇妙な恰好であり、どちらもジャージのような動きやすい服に頭にはヘルメット。
その手に持つのは方や剣と盾、方や槍。
これだけだとこれは決闘かなにかと思うかもしれないが、どちらもあくまで剣や槍は形だけの感触はポリエチレン製。
さらに言えば、ユキオの四肢には錘の入ったリストバントにアンクルバンド。
そしてやけにまぶしいほどの笑みのスズキと対照的に明らかにユキオの口角が下がりめんどくさいというのがありありと顔に映っているユキオの姿がそこにはあった。
「ユキオさん!あなたがダンジョン探索の訓練に前向きなのは非常に私としてもうれしいです!
ならばせめてこの私が、多少なりとも戦闘訓練のお付き合いをしましょう!!
さぁ!どこからでもかかってきてください!!」
「……いやいや、いやいやいやいや」
そう、それはユキオが「さすがに戦闘のせの字もわからないのにダンジョンに潜るのは危なくないか?」とスズキに愚痴ったことで始まった。
ユキオとしては遠回しに「ダンジョンに潜りたくない」といったつもりであったが何を勘違いしたか、このスズキという男、どこからともなく練習用の当たってもいたくない異種武器対決練習用武器と簡易のプロテクターを持参。
そのまま実践形式で訓練しようと言い始めたのだ。
聞けば業務用だけど私物みたいなもんだと答えてくれた、なんじゃそりゃ。
「これ、どう見てもスポーツチャンバラ用の武器だよな?
いったいどこでこんなもの……」
「ダンジョン探索者用と言ってください!
たまたまスポーツチャンバラで使われている道具がダンジョン探索者の練習にも有用だったからの偶然の一致です!
それにこれはスポチャン用とはちょっとだけ違う、別の機能も付いてますから!本当ですから!!
そのせいでこれ、普通に倍以上の値段もついてるんですよ!」
「えぇ~、それ絶対詐欺られてるだろう……」
「いやいや!詐欺られてませんから!
これ中古でも、本物ですから!保証書だってついたままですし!」
そういって、ユキオは胡散臭いものを見るような目で自分の持つ練習用の槍を見る。
触り心地もどう見ても柔らかく、よく言えば安全で悪く言えば少し安っぽくも感じる。
どう見てもこれが1万以上の価値があるダンジョンない戦闘用訓練道具とは思えなかった。
「というか、ユキオさんは槍を真っ先に選びましたが……何か理由でも?」
「いやさ、小さいころ祖母に習ったのが薙刀だったからって理由だ。
それに一番近い武器がこれだなと思って」
「ほぉ!それはそれは……
むぅ、武器が剣ならばそれについての資料は結構持ってるんですが……槍となるとあまり持ってないんですよねぇ」
ユキオはべつに剣術に詳しいわけではないが、確かに目の前のスズキを見るとその姿勢はなかなか形になっていると思う。
左手に盾を前面に構えつつ右手は脇を閉めて、その柔らかそうな剣先をこちらに向けている。
「それじゃぁ!さっそく!ダンジョン戦闘用訓練!初めて行きましょう!」
「……はいはい、わかったわかった」
そうやって、ユキオはその槍を強く握りしめ強くその足を踏み出す。
今この場でどのように戦えばとかそういう正式なルール知らないが、おそらくはこの柔らかい刃の部分を相手に当てれば一本とかそういうのだろう。
祖母の教えを思い出しつつ、そのスズキの無防備に突出してる左太腿に向かってその刃を振り下ろそうと……
「ちょ!まって、まってください!何普通に戦おうとしてるんですか!」
「え?違うの?」
「違います!全然違います!ダンジョン講習を真面目に聞いてたんですか!」
どうやら何か自分は間違えたことをしたらしいとユキオは気づいた。
しかし、怒られたのはいいがいったい何を間違えたかはとんと見当がつかなかったが。
「ちゃんと、【魔力の感知】【吸収】をして戦ってください!!
でないとダンジョン戦闘用練習道具を使う意味がないでしょう!」
「あ、あ~そういえばそんなのがあったなぁ」
言われてからユキオは漸く気が付いた。
たしか、ダンジョンではこの世界とは違う法則や空気、空間であるためダンジョン内は現実とは違い、たくさんの魔力で満たされている。
それゆえ、ひとたびダンジョンキーパーでダンジョン内魔力を安定させれば、人間はそれを取り込み自己を強化することができると講習でいってた覚えがある。
講習の中でも珍しい練習用ダンジョン内の実習でもそんなことをやらされた覚えがあった。
「でも、ここ別にダンジョン内でもないだろう?
それなのに魔力による肉体の強化や感知なんて……」
「甘い、甘いですよ!ユキオさん!
ほら、ゆっくりと講習で習ったのを思い出して、魔力を感じ取ってください!」
なぜかやけに得意げなスズキの様子に若干イラつきつつもユキオは静かに目をつぶり、意識を集中させる。
魔力の漂うは臭いのごとく、感じるは熱のごとし。
人の体で一番魔力が強いのは脳……ではるがそもそも自分の頭の魔力を感じることは自分の眼が自分の眼を見れないのと同様なので諦めなければならない。
静かに自分の魔力感覚を首から喉へと、そして比較的魔力の高い脊柱心臓。
普通の場合、ダンジョン内でもない限り魔力感知をしてもこれで終わり……となるところだろう。
しかし、今回は少し違った。
「……あれ?」
「ふふふ!どうやら気づいたようですね!
なぜ、私たちの持つ得物がダンジョン戦闘訓練用の物かという意味を!」
そう、ユキオは気が付いた、己の手にあるその練習用のヤリに【高い魔力】が含まれているのを。
どうやらこの槍は本当にダンジョン戦闘訓練用の獲物であったようだ。
ユキをはその槍全体……特に槍先に魔力を集まっているのを感じ取り、そこを支点として穂先、穂、金口、太刀打ち、柄、両手へと魔力を吸収する。
そしてその魔力を体内で変換し、その変化された魔力を全身へ、さらには槍の穂先まで含めてその魔力を逆流させる。
「おお、おおおお!
槍先が本当に変色し始めました!やっぱりこれはパチモンではなかったんですね!」
スズキのほうが何かわめいていたがユキオはそれを無視したまま、魔力感知を続行。
そしてわかる、他の魔力の反応。
まずはスズキの持つ盾の持つ魔力が、次にその手に持つ剣が、最後にその魔力の影響をわずかに受けたスズキ自身の魔力をユキオははっきりと感じ取ることができた。
「……そろそろ、行っていいか?」
「はい!どこからでもかかってきてください!」
この訓練の意味は理解できた、ならばあとは実践するのみ!
そう決心するや否やユキオは目をつぶったままスズキの方へと突っ込んでいく。
別にこれは、かっこつけているわけでも無我の境地とか言うわけでもない。
ただただ純粋に魔力を感じながら、その魔力を利用し戦闘する。
それがこの戦闘訓練の意味なのだろう!とユキオは本能で理解していた。
「……っちょ」
スズキの声が一瞬聞こえたがユキをはそれを無視する。
ユキオが目指すは相手の魔力源。
ダンジョンならば敵魔物の弱点や利点である場合が多いと教わった部位である。
一般的な対人戦ならば、槍ではこのような構えているだけの盾持ちの剣士からまずは足を狙うべきであろう。
が、今回は相手をから一本を取るためだけの訓練ではないのでそれをやっては意味がない。
「ひとぉつ!!」
まずは相手のこちらに一番近い強い魔力源である盾を!
フェイントも兼ねて下から掬い上げるように上方へとかち上げる。
どうやら握りが甘かったようで、きれいに盾をスズキの手から引きはがさせることに成功したようだ。
目をつぶっているのでどのような光景かまでは分からないが、大きく上空に浮かんだその魔力源が見ずとも盾が虚空に舞っている事をユキオに伝えてくれる
「ふたぁつ!」
つぎは相手の武器を!
その次に魔力の強いスズキの右手にあったであろうその剣を、まともに振るわれる前に無理やり槍先の軌道を修正してその刃にぶつける。
双方の得物が練習用のソフト仕様故にぐにゃりと刃同士が曲がった不思議な感触が、その魔力と手へと伝わった触感両方面から感じられた。
「ラストぉ!」
最後は一番弱くも確実な魔力源。
スズキの頭部側面に、ユキオはそのまま槍先を軽くぶつけた。
パシンという心地よい音と響きが木霊し、ユキオは己の勝利と訓練に成功を確信した。
「……思ったより、悪くなかったかな。」
そう言うとユキオは、静かにその槍先をスズキの側頭部から降ろしたのであった
初めは戦闘訓練なんていいながらこんな玩具みたいなものを持ち出されてどうなる事かとユキオは思っていたが、その実態はいい意味でユキオを裏切ってくれた。
思ったよりちゃんと意味のある練習道具。
少ないながらも実感できた魔力による自己強化と魔力感知の有用性。
はじめだけでこれだけ学べたのである、これから何ステップかを踏めば本当にダンジョン用の戦闘術を学ぶことができるのではとユキオは少しだけ希望を持った。
「……ふふふふふ、さすがユキオさんです
もう何も教えることはありません。免許皆伝です。」
「おい、ちょっと待て。」
が、その直後にその夢は砕かれた。
「いやいや、なんですかユキオさん!
強いなら強いって言ってくださいよ~~!!
というかユキオさんすごいですね!達人の動きは目で追えないって話はよく聞きますが、実際に目の当たりにすると本当に棒立ちになっちゃうんですね!
そこまでできるユキオさんにこれ以上何を教えることがありましょうか!」
スズキはやや苦笑いを浮かべながら、しかし嬉しそうにユキオに向かてそう話しかけた。
しかし嬉しそうなスズキとは正反対に、もっといろいろ教われると思っていたユキオとしてはそれどころの話ではない。
「いやいやいやいやいや!
別に俺は強くはねぇよ!あんたが弱すぎるだけだよ!
というか、さっきの立ち合い、もしかして一歩も動かなかったのは……」
「え?あんな素早い動きに対応して動けるわけないじゃないですか。
やっぱり、魔力で強化すると動き違うんですねぇ~
自分は【魔力アレルギー】ですから、この道具を使っても魔力の感知や吸収、強化ができなくてその恩恵にあずかれないんですよ。
やろうとしたら、全身から蕁麻疹が出ちゃって……」
「いやいやいや!実際これ握って、魔力強化してもいうほど身体能力は変わってなかったから!
精々、肩こりと関節の痛みが一時的にごまかされた程度だから!」
たははと軽い笑いを浮かべるスズキにユキオは頭が痛くなる思いがした。
しかし鈴木はそんなユキオの様子を気付いてか気付いてないか知らないが、意気揚々と話をつづけた
「私、正直ダンジョン戦闘術の本を読んだり型を読んだりはしてたんですけど実践は全然わからないです。
けど!そんな私でもユキオさんがすごいということはわかりますよ!
ユキオさん見たところ目をつぶって魔力を感じながら自己強化もできてたみたいですし、本によるとそれはプロのダンジョン探索者でも探索中に同時に全部きちんとできる人はめったにいないらしいんです!!
なのにユキオさんははじめっからこのダンジョン戦闘訓練の最終段階項目をクリアしちゃってますからね!
つまり、初めてなのにこれができたユキオさんはダンジョン探索者として天才ということは自明の理!
というわけで、是非!いや、さっそくダンジョンに入りましょう!そうしましょう!」
「そんなわけあるか!!
だからいったん落ち着けこの馬鹿野郎!」
ユキオは手にもったそのやわらか槍を魔力強化をせず、そのままスズキの頭頂へと叩き込んだ。
結局その日は、ユキオの手にもつ練習用槍の魔力が切れるまで2人の戦闘訓練は続いたのであった。
それと、スズキのごり押しにより、近いうちにユキオは己の畑に生えたダンジョンへと実際に入る約束及びその日程を立てられてしまったのであった。
見直し不足