9話
「おおおおおぉぉぉぉぉ!!!これはまさか……アマナイト!!
まさか、この手で加工前を手に取れる日が来るとは!!」
ここはユキオの家の居間。
本来ならば、ダンジョンポシェットはいちいち外だと出すことはできても入れることはできない現実ではわざわざこのユキオの家で戦利品の品定めをするなんてことはない。
が、今回はスズキの要望によりわざわざここで戦利品の公開をすることとなった。
なぜそんなことを……と思ったが、今のスズキの様子を見ればその理由はなんとなくわかった。
「いやぁ、アマナイトとはその輝きの色の数によって格というのが決まります。
しかし、何と今回ユキオさんの持ってきたアマナイトは素人目で見ても2……4以上は確実!
んん~、機械検査だと倍は色が変わるといわれますからこれはもしかしたら8光以上の超貴鉱石扱いされる可能性もあります!!
ほら、ここから見るとはっきりと赤と緑がつながって見えるでしょう?
安物や人工のだとこうはいかない!赤の後はオレンジ、黄色ってなってしまいます!
けれど、これはさすが天然もの!!スペクトル光学に逆らう摩訶不思議な輝きですね!!
人類はいまだこれを人工的に生み出す力をもってない奇跡の産物なんですよ!
うぅ~ん、これは美しい、異界神秘的とも言っていい!!」
「あ、うん、そうだな。」
「もちろん、これほどの物となると宝石によし、魔導機構によし!
半導体メーカーももちろん買い取ってくれますし……あぁ、けど今機械メーカーだと結構自社ダンジョンで自給自足してますから、あんまりいい値段で買い取ってくれないんですよねぇ。
けれど、お礼として試供品の小型機械やらダンジョン用機械をもらえるのは面白そうですよね!
ユキオさんとしてはどれがいいですか?あ!もちろん値段が上がるまで全部部屋で寝かせて置くっていう手もありますよ!
アマナイト需要はおそらくこれからもどんどん値上がりしていきます!!後50年は値上がりし続けるといわれてますしね!!」
「……その辺はよくわからんから、スズキさんに任せる」
なんてことはない、要するにスズキのテンションの高さを見るにどうやら一刻も早く現物を見たかったようだ。
残念ながらユキオには鈴木の話すことがあまりにも長すぎるため、彼がいかにこの今回の探索で手に入れた宝飾ヤドカリの殻こと【アマナイト】のすばらしさを教えてくれても理解できないのだが。
「むぅ……希望がないというならとりあえず今回もこちらで一番いいと思える場所に売っておきますね。
とりあえず、これが前金です」
「うおっ!!前金だけで50万!
こっちで下調べして、恐らく50万くらいかなって結論だったぞ?
流石に欠片に過ぎないこの量で、これはもらい過ぎじゃないか?」
「いえいえ!今はちょうどアマナイトの需要の山場、恐らく実際にはこの2~3倍、いや、それ以上の値段で売れるでしょう!
さらにちょうど今ほしがっているジャストな伝手を知ってますしねぇ。
くっくっくっ、1週間後にはもう50万……いや、100万はポンッとお渡しすることができるでしょう!!」
そう言いながら、スズキがやけにやけに悪~い笑い声をあげる。
いちいちダンジョン関連となるとリアクションが激しくなるな、そんな場違いなことをユキオは静かに考えていた。
「ところで、聞いたところ新しい探索者のお仲間が増えたそうですが……
そうなると探索のペースは大丈夫ですか?
装備の修理や体質などの関連で、なかなか日程調整が大変になる場合があるなんて聞きましたが」
「もちろん、問題なし!
……と言いたいところだけどな、実は今回新しく探索者になった、トラって女性なんだが……。
いや、もちろん後遺症の残る大怪我とかそういうのではないのだが、初探索で色々とひどい目にあってな」
「あっ……」
ユキオが渋い顔でそういうと、スズキも何となく察したのであろう。
深くそれ以上追及することはなかった。
その後、スズキはユキオといくつかの仕事のお話と雑談をした後早々にユキオの家から出て行った。
「恐らく初探索で死に戻りなんて大変な目にあってしまったら色々トラウマも持ってしまうでしょう。
……それで引退を考える人や幻覚痛を出す人も多いです。
もし困ったことがありましたら、こちらでもできるかぎり協力しますよ」
家を出る直後にそう助言してくれたスズキ。
スズキの助言を聞きながら、ユキオは静かに客室へと移動する。
【ダンジョン性PTSD】
それはダンジョンの罠、環境、魔物、そしてなによりそれらによる【死】の恐怖を味わうことによって発症する精神的ショックのことである。
「……大丈夫か?」
「……」
ユキオの家の客室。
そこには布団が敷いてあり、そしてそこには静かにトラが横たわっていた。
ユキオはちらりと彼女の顔を見る、彼女の顔色はやや青白く明らかに不調だということがわかる。
探索者として初心者であり見習い先輩であるユキオとて、探索者は実際に死亡しなくても【ダンジョン性PTSD】によって心を折られ引退する人が多いことを知っている。
ましてはトラは初探索の上で2回も死に戻りをしている、それにより彼女の身にかかったストレスはいかほどの物か。
勿論、ユキオとて彼女のつらさは知っている、だが、ユキオは言わなければならない。
「トラ……聞いてるか?」
「……」
「なぁ、とりあえず昼食の準備ができたから起きてくれ。
……せめて、布団から顔を出してくれ」
「今、こんなにつらい状態の私に動けっていうの?」
トラがむくりと布団を掛けたまま、半身だけをユキオに向けてきた。
その表情には苦痛や悲壮、様々な表情が読み取られる
ダンジョン探索のつらさというものがにじみ出ている。
……が、それでもユキオは言わなければならない。
「確かにトラ、今回初探索からこんなたくさんの苦難を乗り越えた。
その苦痛は俺自身もよくわかっている。
でもな、いくら年のせいで筋肉痛が数日抜けない地獄を味わっててもそれはあきらめて受け入れろ。
ずっと布団にこもったままじゃ、湿布すら貼ることできないじゃないか」
「ちちち違うし!!これは死に戻りによる幻覚痛だから!!
けけけ、決していい年して久々に動きまくったから筋肉痛が一気にきて動けなくなったわけでは……
いった~~~~!!!マジでいた~~~い!!!!
腕が~~~!!!足が~~~!!腰があああああああ~~~~~~~~!!!」
なぜなら、今トラを悩ませているものは決してダンジョン死に戻りによるPTSDなどというものではなく、【筋肉痛】というびっくりするほど現実的かつ即物的な痛みが原因の物であったからだ。
思わず反論しようとして身を強く置き上げ、その反動の筋肉痛で布団の上で悶えるトラ。
その様子を見て思わずユキオの口からため息が漏れたのであった
「で、今から早速出かけるが何か買ってきてほしいものはあるか?
けど酒はやめておけよ」
「え゛!い、いや別にそんなめちゃくちゃ飲みたいわけではないけど……
なんで?」
「筋肉痛が治りにくくなるからだ馬鹿者め
その痛みを長引かせたいか?」
「うううぅぅ……な、なら仕方なしかぁ。
け、けどそれなら発泡酒!!発泡酒ならまだアルコール%低いから!
あ!安物のソーマなら体にもいいし、おいしいの一石二鳥!!
そのどっちかなら飲んでいいでしょ?」
「……はぁ、しょうがない。
発泡酒を買ってくるけど、一日1本までだぞ」
「やぁ~りぃ~~!!」
トラのやけにまぶしい笑顔をした。
さて、なぜトラが現在ユキオの家に泊まているか疑問に思う人もおるだろう。
理由は簡単だ、トラの母であるキクカがちょっとした用事で遠出をすることになったからだ。
初探索の次の日に海外に住んでいた古い友人が久々に日本に帰ってきたからしばらく預かってくれとキクカにトラを頼まれたのだ。
色々タイミングが良過ぎる上に、なぜか事前に察知していたかのようにトラの長期お泊りグッズ一式と筋肉痛で指一本動けなくなったトラ本人を丁重に渡された時はユキオの背筋にやや謎の寒気が走った。
勘違いしないでいただきたいのは、別に間違いは起きてない。
指一本動けない幼馴染と一つ屋根の下で過ごすからと言って間違いは起きてない。
まぁ、理由というほどではないがそこまでがっつくほどユキオは若くはないし飢えてもない。
折角探索者仲間になったばかりなのに責任やら人間関係が面倒くさくなるのもユキオもトラも望んでいない。
なにより、全身湿布の匂いを漂わせ、体のどこを触っても苦痛で大声を上げる女性をどうこうする趣味はユキオにはなかった。
トラは気にしなかったのかって?
初日は乙女らしく色々恥ずかしがったり遠慮はあった。
が、次の日の筋肉痛が激しくなり、自分一人ではまともにトイレにすらいけなくなった時点でそんな事を気にするほどの精神的余裕がなくなっていた。
「それじゃぁ行ってきますっと」
「あ!まって、その前にこのゲームのセーブってどれが消しても大丈夫な奴?」
「……一番上の奴は消してもいいぞ」
なお現在は筋肉痛で動けない事とここがユキオの家である事を良い事に、トラは久々に親の目を気にせず遊べることに満足している模様、子供か!
さて、そんなトラの様子をしり目にユキオはさっそく車で買い出しへと出かけた。
ユキオの住む場所はS県T市の中でもやや郊外であるため、買い物をするためには一々車を出さなければならない。
昔は自転車で移動していたが、さすがに今の年齢でそれをするつもりはユキオにはなかった。
まずは市街地で食材や雑貨を、スポーツ用品や大型ホームセンターでダンジョン用品の補充も済ませる。
「そういえば……前回無駄に回復薬使ったけど、あれもったいなかったよなぁ。
現実で回復魔法は効果がないわけではないし、ちょうどいい機会だからいくか」
一通りの買い物を済ませたところで一つユキオの頭に考えが浮かぶ。
そうしてユキオが向かった先はこの市にありながら、また町はずれにある【図書館】であった。
そこは田舎町の片隅には似付かわしくないほど大きな建物であり、駐車場も完備、駐輪場には実際いくつかの自転車が置いてある。
しかし、それでも田舎ゆえか歴史ゆえか建物全体が老朽化しているのは目に見えてわかる。
だが、変わりにその蔵書の多さと人の少なさからか図書館にはシンとした荘厳とも神聖とも取れる雰囲気がこの図書館の中には流れていた。
(ここも久しぶりだな、まったく雰囲気が変わっていない)
昔はここまで長い時間を自転車で通ったものだ。
そんな思い出に浸りながら、図書館の中を眺めまわす。
勿論、目的の本があってここに来たわけではあるがそれでも懐かしさゆえか昔よく来た図鑑やら絵本コーナーの方をふと眺めてしまう。
(おっと、こんなことをしている場合じゃないな。
さっさと目的の本を探すとするか)
さて、一通り感傷に浸り終えたのか、さっそく目的の本を探しはじめる。
とはいってもこの図書館、古いゆえかその大きさからか、なんと本を検索の機械なんて親切なものはない。
本の場所を知るためには、わざわざ受付の方へ行って訪ねなければならないのだ。
(そういえば、昔来たときはなんかいっつも不機嫌なおばちゃんが受付やってたなぁ。
まぁ、不機嫌なのは顔だけで実際はそこまで怒ってなかったらしいけど。
それにいつも図書館には似付かわしくないピリピリした雰囲気を漂わせてなぁ。
トラもしょっちゅう怒られてて……今も元気にやってるのかな?)
「……って、あ」
「……」
しかし、ユキオの予想に反して、図書館の受付にいたのは何とも清楚な雰囲気を漂わせた一人の若い女性の姿だった。
その図書館にやけにマッチした佇まいでありながら、この辺にこんな娘が住んでいたかな?という疑問が頭に浮かぶ。
勿論、普通ならこのような美女に出会うことはうれしくはあるのだろうが……
「……あの、何かご用事ですか?」
どうやら、ユキオがまじまじと見つめてしまったことに気が付いたのだろう。
受付の女性がユキオに向かってそう話しかけてきた。
「あ、いえ、そのですね……
その、20年前ぐらいのことなのではっきりしませんが、長年ずっとここで受付をやっていた女性を知りませんか?
こう、釣り目で少しふくよかでどんな蔵書の場所も瞬時に言い当てる人だったのですが。
って、知ってるわけないですよね、すいませ……」
「あぁ、それは多分、花子さんのことですね。
彼女なら一昨年までここに勤めていましたが……一身上の都合でここをおやめになられました。
あの人は長年ここに勤めていて、一番この図書館について詳しく、必要不可欠な方だったため……非常に残念です」
「……ああ、そうですか」
「もしかしてお知り合いの方ですか?
それならこちらから連絡をつけることもできますが……」
「あ、いえ、こちらが一方的に知ってるだけですので大丈夫です」
世の中には出会いと別れがある。
しかしながら、名前すら知らなかった人であれ別れというのは物寂しいものだ。
何とも言えない侘しさをユキオは感じていたのであった。
(展開が)遅過ぎぃ!!




