防御は最大の攻撃~盾の力で倍返しだ~3
土間にCTのある、病院用の建物の一室。
気を失った二人の治療と介抱を行っている。
魔王の慈悲深さはヨモツヒラサカの闇よりも深い。
もちろん盾は取り上げた。
加速魔法隊にはせっかく加速状態なので、超高速で農作業をしてもらっている。
「手と肘や膝などに擦過傷が数ヶ所、それに一過性脳虚血のようなんですが」
大臣の診察魔法はこういうとき役に立つ。
「ご苦労、他に問題なければいい」
「魔王様?彼に何をしたんですか?」
「あれは、ブラックアウトだよ」
ブラックアウトに詳しくない魔界民のために説明する。
立ちくらみの経験は無いだろうか?
今回、急な方向転換をしたときの負荷で、それが起こった。
人は脳に流れる血液の量が足りないと気絶する。
水風船のヨーヨーをイメージするとわかりやすいと思う。
水風船が早く動くほど、中の水が遅れて動くだろう。
この水風船のように、足の方に血液が行き、脳の血液が足りなくなったのだ。
特殊な訓練か魔法の保護が無ければ、一般人は重力の六倍の負荷で気絶すると言われている。
「強化魔法に上限があるのはそのため、習ったでしょ?」
「事故防止機構は知ってますが、その使い方は知りませんでした」
「健康食品も摂りすぎたら体に毒って話で思い付いてね」
『アムリタの雫』のおかげで異世界転生者を倒せました。
もっとも、加速して直接捕まえるプランが本命だったが。
それにしても、副作用が気を失う程度でよかった。戦場では致命的だが。
今、大臣が治療をしている限りでは擦り傷以上のケガは見られない。
回復魔法で回復しきれそうだ。
「ぶっつけ本番だったし、レーティングが上がるような事にならなくてよかったよ」
「そうですね。まず空気の圧力により、眼球が――」
「おい、やめろ」
「彼の体は急激な加速に耐えきれず、手足が一本、また一本と――」
「本当に、やめて」
念のため言っておくが、別に怖い話は苦手ではない。
そもそも戦場で死体は見慣れてるし、魔界の死霊はだいたい友達。
本当に怖い話は苦手じゃないからな。
なので、怖い話をするのはやめてください。
フリじゃないからな。
二人には今回の経緯を聞かないといけない。
異世界転生者の彼はもう少し安静にしてもらう方がいいだろう。
彼女の方は簡単な催眠魔法なので解除すればすぐにでも。
呼び出していた村長が、今来たので起こすことにする。
「さて、こんな危ないもの持ち出してどうしたのかな?」
「魔王を討伐しようと思って……」
「なんで?」
「だって村のみんなが、魔王に洗脳されてるんでしょ」
「え、洗脳してないよ」
洗脳何て出来ない。出来るなら魔界はもっと平和だ。
大勢を長期間洗脳だなんて、チートアイテムじゃあるまいし。
「でも昔、魔王が武力で魔界全土を支配するって、それで武装蜂起するはずだったのに」
あの時はいろいろ酷いデマが流れていた。
それで、レジスタンスがいるって情報を得て、すぐに話し合いで解決したんだっけ。
「黒づくめの男達がきて、急にみんな大人しくなって」
「いや、そういうデマが流れてたから、使者を送って話し合いをしたんだよ」
「じゃあ、この村を捨てて都会へ引っ越すなんて言うのはなに?おかしいでしょ」
「そーこつあーこすつーのでやーのーでとめーえーけおこれっかーなー」
「そうだったの、おじいちゃん」
訛りのせいか、歯が無いからか、全く聞き取れない。
「え、なんだって?」
「若い人がいないのと、収穫が大変だからだって」
確かに、ここは限界集落だ。
この村で若いのは彼女だけ。収穫用ゴーレムもない。
「じゃあ、今回の盾の買い取りの費用で上手いこと」
「ちょっと魔王様、出来れば現金でなく、払い下げのゴーレムで」
「あーあれ、農業用に改修できたな」
今日刈り取りが終わるなら、改修期間はある程度取れる。
「わーのまりょくだーうーせなー」
また聞き取れない。歯の再生魔法が無理な年なら、入れ歯をしてほしい。
「動力はどうするのって」
「さっきの杖を組み込めばいいんじゃない?」
「魔王様まってください、その杖の持ち主に確認したほうがいいと思います」
「持ち主?この杖は私が村の倉庫から勝手に持ってきた物だけど、おじいちゃんしらない?」
「えー、べつにえーんちゃう」
「ほら、持ち主がハッキリしないものを使うのはやめましょう」
今、ハッキリ「別にええんちゃう」って言ったよな。
「まあ、ゴーレムがあれば村全体が楽になるんだし。外せるようにもしておけば大丈夫だろ」
「そんな、魔王様ちょっと」
「別にいいよね。おじいちゃん」
「えーやろ」
大臣が不満そうだが、とりあえず、丸く収まりそうだ。
あとは、そこで気を失ってる彼だ。
異世界転生者の彼が目を覚ました。
今回の件、彼は積極的ではなかったと聞いた。
出来るだけ穏便に話をしたいところだ。
「立っている指は何本に見える?」
「二本ってキツネになってますね。って魔王!」
視覚に異常は無いようだ。
「体に痛いところはない?」
「大丈夫です。あれ、手を怪我してた気が」
「それ、魔法で治しといた。ごめんねー変なことに巻き込んだみたいで」
「あっはい、ってなんで魔王」
ハーピーから豆鉄砲食らった顔をしている。
「あと、盾は回収させてもらったから」
「盾、え?」
相手の思考が追い付かないうちに一気に畳み掛ける。魔王流交渉術だ。
「それで今後の事だけど、君を安全に送り返す方法がないのね」
前にも言ったが異世界転生の件もろもろは現在調査中だ。
「しばらくここで暮らしてもらうのも良いかなーと思うのよ」
「まあ、行くあても無いですし」
「じゃあ、決まりね」
押しきった。
ちなみに、異世界からの移民は珍しくない。
例えば、天界からの移民の堕天使が最も有名だ。
堕天使には陽気な者が多い。
そこから、チャラい男たちを『堕天男』と呼んだりする。
見た目だけじゃ無いことを『堕天じゃない』と表現したりもする。
そう言えば、大臣が掛けているのも『堕天メガネ』だったっけか。
「受け入れ先も決まったところで、ここに来た経緯を聞きたいんだけど」
「はい、話すと長くなるんですが――」
詳細は前の話参照のこと。
なるほど、新しい手がかり無しか。
「話は変わるけど、君の世界の科学技術の話とか聞きたいな」
「黒色火薬の配合比率みたいな話ですか?」
でたー、火薬ー。異世界転生者あるあるの火薬。
火薬なんて十万年前からもう作られてるからな。
今でもゴブリンが毎年、大量生産してるからな。
生産量はゴブリンの死者数ですぐわかるからな。
核とかよりもアポカリプスの方がヤバイからな。
ソドムからゴモラまでの町が消し飛んだからな。
あの町は1000キロ位離れたところだからな。
細菌兵器はアンデッドが運ぶからヤバイからな。
次に連作障害の話をすることはしってるからな。
連作障害の対策も魔法で簡単にやってるからな。
窒素肥料を作る、文字通り稲妻を操れるからな。
小麦粉の倉庫も魔法で粉塵爆発対策済だからな。
重機とかはゴーレムで倍のことができるからな。
重機はそのせいでシェアが確保できないからな。
義足とドローンと自動ドアもゴーレムだからな。
自分の骨をゴーレムにしたヤツまでいたからな。
もちろん、そのことは社会問題になったからな。
ゴーレムじゃなくて魔獣パターンもあるからな。
リニアモーターカーより早い乗り物あるからな。
バリアの力でリニアの3倍の速度出せるからな。
そもそも、火を教えたの親戚筋の先祖だからな。
こっちの知識がそっちにわたっただけだからな。
言葉もこっちのをそっちが使ってるんだからな。
だいたい悪魔と契約しての経路で流失だからな。
そのロストテクノロジーすごいレベルだからな。
その知識に魔法を足したらこちらですだからな。
それと同じことを魔法で倍の成果出せるからな。
ただ、ちょいちょい使える実用新案あるからな。
こっちはだいたい十万年前からあるんだからな。
あと……ちょっと落ち着こう。
「火薬は間に合ってます」
別に彼は悪くない。
一旦落ち着いて彼の持ち物を見る。
「これは?りんご?」
りんごを見つけた。りんごじゃ無いかも知れないが、りんごにしか見えない。
さきほどの繰り返しになるが、当然りんごも魔界から伝わったものである。
ただ、果物などのほとんどは天界から持ってきたものである。
盗んだ物ではない。堕天男は盗んで無いって言っていた。
これは完全に善意の第三者だ。泥棒ではない。
「りんごですね。いつのまかカバンに入ってたんです」
「それでこれ、美味しいの?」
タダで食べ物を貰うテクニックを披露した。
このあと「良かったら食べてみます?」となる。
「よくわからないです」
失敗した。
「そうなの?じゃあ、いただきます」
あきらめずに、自然な形で口に持っていった。
もっとも、魔界のりんごと特別違いがあるとは思えない。
先ほども言ったが、元は魔界から伝わったものがそんな美味しいわけ――
「うめぇぇぇ」
シャッキという適度な歯ごたえと共に綺麗に噛みきれる。
変に粘らないのは繊維がしっかりしていているからだろうか。
味も格別で、一口噛むごとに果汁が溢れ、その果汁もとても甘い。
噛むのをやめても、甘い香りが漂い、もう一口食べたくなる。
改めて表面を見ると色が鮮やかで艶もしっかりしている。
久々にりんごを見たのですぐに気づかなかったが、一回り大きくもある。
これは人生のフルコースのデザート、ジャボチカバと交代だな。
美味しさのあまり、勢い余って服が裂けるところだったな。
「あっぶない、全部食べるところだった。これドリアードさんのところで複製して」
食べきらないうちに大臣にあずけた。
「他にはー、あっ単語帳さんじゃないですか」
単語帳はその昔、異世界から持ち込まれた。
その構造を参考にして、呪符の使用速度が向上した。
今では呪符使いは皆、腰に単語帳型呪符フォルダーを装備している。
「あとは、教科書類だけかー。全部買い取りでいいよね」
「買い取りなんですか?」
「うむ、このお金は村での生活に役立ててね」
「はい、ありがとうございます」
今回はこれにて一件落着。
よし、帰るか。
「ところで大臣、何で最新の電化魔導具があったのかな?」
「それはですね……」
憤怒は七つの美徳だが、別に怒ってはいない。
憤怒が何かの原動力でないなら、それは美徳ではない。
魔界では結果が全て。
今回は負傷者なし、異世界転生者も無力化。
結果だけ見れば、この上ない結果だ。
過程なんてものに価値はない。
価値があったとして、それは、過程から派生した結果の価値だ。
魔界はいつも即物的で俗物的だ。
「ちょっと財政が苦しくて」
「グッズ売りたいってやつか。大丈夫なの?」
「はい、何とか。金銭チートとか怖いですけど、それさえ来なければ大丈夫です」
「そうか、金銭チートが来なければ大丈夫なんだな。よかったー」