聖剣をもらったので異世界で無双する3
「これで詰みだな」
樹海が一望できる丘の上に敷いた本陣から、
魔術により精製した望遠鏡で現場を確認しながらつぶやいた。
異世界転生者は剣を落とし、動く様子がない。
「大臣、後は手筈通りに」
「はっ、護送班は近くの城へ連行開始して、城の諜報班に記憶の吸出しと、呪いの拘束の準備をさせろ」
大臣はこういう現場の仕切りでイキイキする人間だ。
「大臣、あまり急かすな。みんな落ち着いてミスのないようねー」
「検疫班は消毒開始して!聖剣移送班早く!」
こらこら大臣、今の子ガチガチだぞ。
「肩の力抜いて、認識偽装魔法を切らさないようにねー。剣が手元に戻る可能性あるから」
「宝物庫で封印するまで気を抜くなよ!」
念のため異世界転生者と聖剣は、ある程度離れた施設に移動する。
「まあまあ大臣、で、今回の被害状況は?」
「人的被害は無しです。さすがは魔王様です」
「我が魔界の臣民が優秀であっただけだ」
毒を盛った彼女はこちら側の人間、もちろん村丸ごとグルである。
「まあ、最後の斬撃には肝を冷やしたがな」
「予備隊の横を抜けたのは運がよかったですね」
彼女の逃走した方角に斬撃がいく可能性が高かったため、隊の位置の微調整はおこなった。
逃走経路も被害が少ない方角を指示している。
だが、斬撃自体は対策のしようが無いので、ある程度の被害は覚悟していたが。
「うむ、プランBの決行は3日目の予定だよな」
「はい、彼女も恐怖心で、3日も待てなかったのでしょうか?」
彼女は恐怖心で待てないようには見えなかった。
「いや、3日って単語が口をついて出たから焦ったんだろう」
魔女の館などはじめから存在しないため、到着までの日数は決めていなかった。
「村の名前含めディテールが甘かったのは今後の課題だな」
事前に決めていたことは以下の通り。
プランA 剣を買えるなら買う
プランB 一服盛る
プランC 樹海丸ごと氷結
プランAが失敗したため、樹海の中心に誘い込みつつプランBの予定だった。
平行してプランCが進行していて、こちらが本命の作戦はであった。
氷結魔法で真冬よりも寒い舞台を作り、軽装の彼には気づかれずに低体温症になってもらう予定だった。
仮に遠距離からの聖剣で部隊が全滅しても、自然環境が止めを刺す磐石の布陣だった。
寒さ対策はない見込みだ。彼は寒がるしぐさをしていたから。
現在樹海の外周から四分の一ほど氷結している。
プランBが成功した今となっては無駄になってしまった。
無駄になって良かった。
森の獣の避難策まで頭が回っていなかったから。
作戦名は忘れることにする。
「それは良いとしましょう。私、斬られそうだったのですが」
魔女の館などはじめから存在しないため、大臣に巨大な傘のようなものを持ってもらっていた。
「母親が誘拐されていて良かったな」
「まったく、あのウソがなかったらどうなっていたか」
「ウソ?よかった、誘拐された母親なんていなかったんだ」
大臣の目が恐い。
「万が一に備え、動向は逐一魔法でモニターしていただろ」
その為の機材はリュックに入っていた。
「その機材でリュックがやたら大きかったのによくバレなかったものですね」
リュックに触らないでいてくれて助かった。
「彼女が移動中になにか仕掛けていたのもバレそうだったな」
正確に見えてはいないが、移動中も枝に毒を塗って後ろに弾いていた。
「村のつくりが雑なのもですね」
「ただ、一番怖かったのは、これから裏切るよ。だろ」
「何ですかそれ?」
「名前を逆にしてだな」
「名前……ですか?」
「覚えてないなら、上手く説明出来ないから記録結晶でも見てくれ」
一仕事終えて大きく伸びをする。
過去の例ではこの段階以降に問題は起きていないが、移送完了まで念のための待機である。
「魔王様、今、それぞれの班から記憶の吸出し開始と聖剣の封印完了の報告がありました」
「そうか、これで万事解決。帰ったら今後のためのマニュアル作成だなー」
「総員注目!作戦は完遂された!ただちに撤収準備に入れ!」
「「「はっ!!!」」」
相変わらず、大臣はイキイキしている。
あっという間に機材が一ヶ所に集められ、部下達も整列している。
「よし、帰るか」
帰還のため、転送魔方陣を展開、地面が波打ち、辺りには黒い霧が撒かれる。
そして、沼に沈むように、ゆっくりと体が沈んでいく。
「大臣に一つ聞きたい、毒が弱かったかもしれん、生け捕ろうと思って欲張り過ぎたか?」
「なに言ってるんですか、強欲は七つの美徳ですよ」
魔王城を朝日が照らし、平和な1日が始まる。
今朝は少し早く目が覚めた。
「魔王様、早いですね」
「ちょっと記録結晶の確認をな」
吸出した記憶のコピーが封じてある結晶を確認していた。
情報量が膨大なため、解析班の手はいつも足りていない。
「で、今日までの復興状況は?」
「はい、まずは山の修復ですが、壁面の硬化作業はすでに塗装の段階です」
山の崩壊による土砂災害を防ぐため、削られた面を人工的に固めることにした。
まずは氷結魔法で仮止め。近い位置の魔導部隊にすぐに向かってもらった。
その後、魔導コンクリートブロックを積み、魔導杭で固定。
氷結魔法の氷と魔導生コンを入れ替える。
最後に、強度を増すための魔導塗料で塗装して完成。
後は、山までの地面に魔導アスファルトを敷けば新しく国道として利用できる。
ひとまず、塗装終了をもってU字工事班は解散する。
魔導アスファルトは別途予算を組んだ後になる。
「検疫関係は問題ない?」
「感染症などの問題はありませんでした。異世界転生者は健康です」
「動物は持ち込まれてない?」
「衣類に毛が若干付着していましたが、持ち込まれた可能性は低いと思われます」
「虫は?」
「出現地点を中心に数キロを防虫結界で抑え込んでいます。範囲を狭めきるまで、あと数日かかりそうです」
「後は植物かな?」
「靴底に数点、既知の外来種を確認しました。新種はありませんでした」
「移動経路に落ちてない?」
「例の調査と合わせて各種探査魔法で入念に調査しています。調査終了後に焼却処理も行います」
例の調査とは異世界転生者が送り込まれた経緯の調査。
侵入の阻止、ないし感知が目的。
「その調査の進展は?」
「目新しい発見はありませんでした」
「今回も黒幕の手がかり無しか」
異世界転生者を送り込んでいる人物が存在していることはつかんでいる。
しかし、姿形はつかんでいない。
「出現地点での魔素の乱れのパターン、記録しておいてね」
魔法を使うと空気中の魔素が消費される。
その消費のされ方のパターンで異世界転移魔法の実態をつかもうとしている。
消費のされ方で使用魔法を調べる技術はある。
例えば、消費の探知、解析、妨害はマジックキャンセラーの基礎技術だ。
基礎技術だが専門的で人材が少なく、解析作業は難航している。
また、魔法使用者の体に付いた魔素で割り出す方法もある。
しかし異世界転生者に転移魔法の使用した形跡はない。
転生者の付着魔素と空気中の消費魔素が一致しないためだ。
これは彼とは別に異世界から送り込んだ黒幕がいる証拠の一つだ。
ちなみに、魔素消費探知機は開発済みだが、コスト面から重要拠点にだけ設置されている。
探知(サーチ)消費(エクスペンディチャー)魔素(コンポーネント オブ マジック)
頭文字をとってsecomと呼ばれている。
セコムは魔界一の警備システムだ。
解錠魔法や隠密魔法を検知し泥棒、暗殺被害を防げる。
セコムは魔界一だがコストが高い。
今回の出現地点のような場所には、セコムしてない。
「異世界転生者から何かわかったことは?」
「所持していた通貨の一部にデータベースと一致するものがありました」
「一部と言うのは紙幣が刷新された件か?」
記録結晶で確認していた。
複製対策らしいが、相変わらず魔術対策がずさんだ。
「紙幣に問題がなければ、今回も例に漏れず地球からです」
「また地球からか」
異世界転生者は皆、地球でトラックに轢かれて来るらしい。
ちょっと何言ってるか分からないが、嘘の可能性は低い。
複数の証言が一致しているからだ。
話を合わせられない場合、嘘は一致しない。
「所持品に新素材の使用とかないの?」
有用な知識、特許、実用新案を可能な限り引き出したい。
新技術の発見は、異世界転生者戦の唯一の楽しみだ。
「全て既知の素材です。それも、こちらで量産可能な素材ばかりです」
ないかー。手ぶらだったもんなー。
「書物とか知識的情報は?」
「取り立て新しいものはありません、既存のものと大差ない学生手帳と会員証だけでした」
学生なら教科書をくれ!特に農業工業の教科書をくれ!
「ちょっとそれの現物、確認させて」
「はい、すぐに」
学生手帳に新しい知識はなかった。
会員証は板状で変わったところはないが、微弱な魔力を通過させてみる。
インクとは別に引っ掛かる部分がある。
「この会員証中に何か入ってるから、解析班に回して」
「手配しておきます」
最後の希望だ。
どうせ偽造防止の会員番号データだろうが。
ちなみに魔界でも、通貨内に記録結晶で製造番号を仕込んだりしている。
番号が仕込んであることはそこそこの機密だったりする。
それにしても、今回は得たものが少ない。
新しい国道くらいだろうか。
聖剣?あんな危険なもの永久封印だ。
わずかな成果と引き換えの、多額の経費が痛い。
「最後に、彼の今後の処遇はいかが致しましょう?」
異世界転生者は武装解除し、呪いで反抗できないようにしている。
「彼には今後、樹海の入り口の町で奴隷のように働いてもらう」
八つ当たりではない。
過去の転生者も、無力化後に魔界のため働いてもらっている。
働かざる者なんとやら。
もちろん奴隷のようとは冗談なのだが、
「甘過ぎるかもしれないな」
「甘過ぎですか?」
「だって、美女の奴隷は最高なんだろ?」