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聖剣をもらったので異世界で無双する2

 「やれやれ面倒なことになった」


 ヒジリツルギは目の前の怪物を一刀のもとに切り伏せながらつぶやいた。


 昨日までは普通に高校生をやっていた、普通に朝起き、普通に顔を洗い、普通に着替え、普通に朝飯を食べ、普通に学校に向かい、普通に飛び出した子供の代わりに、普通にトラックに轢かれて、

 公園から飛び出すような常識のないガキが轢かれればよかったのに。

 あの時は恨む暇もなく、真っ暗な世界に飛ばされていた。

 せまるトラックから目を背けるため目を瞑り、開けるともう真っ暗な世界。

 真っ暗だが自分の手は認識出来る。

 足元も真っ白なスニーカーが確認できる。実際は真っ白ではなく見覚えのある傷と汚れのスニーカーが。

 床は真っ暗であるのか判らないが、立っているからあるのだろう。

 壁が無いか辺りを見回す、ついでに手も伸ばしているが手応えがない。

 ここがどこか手がかりになりそうなものは一切見当たらない。

 床がある保証が無いため動き回れなかったが意を決して、おそるおそる摺り足で一歩踏み出そうとすると、

 ――ピンポンパンポーン――間抜けな音が辺りに響いた。

『おめでとうございます。貴方は異世界転生者に選ばれました』

 異世界転生者?ラノベの話しか?

 声の主は見当たらない。

『誰かをかばってトラックにはねられた方には、もれなく異世界で魔王を討伐する勇者として、人生をやり直す権利が与えられます』

 実際はかばったわけではない。

 公園から飛び出してきたガキが足を踏んで行ったから、後ろから突き飛ばしたんだ。

 結果的に助ける形になっただけだ。

『そして、なんと今なら転生の特典でこの剣がついてきます』

 空からゆっくりと聖剣が降りてきた。

『では、異世界での魔王討伐、張り切ってどうぞー』

 剣を受けとると、いつの間にか目の前にあった扉を、押して外に出た。

 この時、なぜ素直に剣を受け取って部屋を出たのだろう。

 目の前に怪物がることを確認して後悔している。

 不用意に異世界へ一歩踏み出す前に、文句の一つも言っておけばよかった。

 その怪物は二階建ての一軒家ほどの大きさで犬に似ているが、頭が三つある。

 目は血走り、頭それぞれの口からヨダレが滴り、今にも襲いかかってきそうだ。

 剣を構えた、ありがたいことに手元に武器がある。

 目の前の牙よりも短いが、剣なんて使ったことはないが。

 そもそも、異世界転生は権利ではなかっただろうか、放棄したい。

『権利を放棄したい場合はご自由にお死にください』

 声が響く、そう言われずとも、今権利を失いそうだ。

 先ほどから怪物は品定めするように、視線をこちらから離す様子がない。

 空いている手で額の汗を拭う。

 いつの間にか全身に冷や汗をかいていることを今自覚した。

 逃げられるなら逃げたい。

 後ろ手で扉を確認するが、感触がない。

 振り返ると扉は消滅していた。何もない草原がそこにあった。

「貴様は異世界転生者か――」

 視線を外してしまっていた。

 予想外の一言に、とっさに剣で切りつけた。

 後方に飛び退きながら、威嚇のために、怪物の遥か手前の空間を。

 剣を振り下ろす直前、剣が激しく光り、その光が怪物を呑み込んだ。

 光の中の怪物は断末魔を上げる暇もなく、跡形もなく消え去った。

「なんだこの剣は」

転生特典(チートアイテム)聖剣の機能です。どんな硬さ、距離でも切り裂けるチート能力の剣です』

 また声が聞こえた、辺りを見回してもだれの姿もない。

 代わりに目に入ったのは紫の空と灰の大地、ここは異世界だと実感させられる。

 その地面には長い溝が入っている。先ほどの斬撃の跡だ。

 地面に付いた溝は、ボーリングレーンのガターのように真っ直ぐに、地平線まで続いている。

 地平線を見たのはいつ以来だろうか。

 ビルに囲まれた大都会で、地平線には縁もゆかりもない暮らしをしていた。

 あらためて世界の広さを感じている。ここは異世界だが。

「近くに町はあるの?」

『攻略法に関するお問い合わせはお答え致しかねます』

 適当な空に斬撃を飛ばした。

 辺りを見渡しても町の影も見えない状況では、進むべき方向を見定めるのも困難だ。

 適当に方角を決めて進むのがベストだろう。

 ひとまず持ち物を確認することにした。

 聖剣、制服、腕時計、ハンカチ、財布、生徒手帳、以上。

 今はコンパスもGPSも持ってはいない。普段も持ってはいない。

 ふと時計で方角を調べる方法を思い出す。

 現在の時刻(短針)と12時の中間に太陽を持ってくると12時が南。

 デジタルな10:15の表示。アナログ表示は想像で補える。

 ここで無意味なことを思い出す。問題は実際の時間。

 これは、あくまでも腕時計の時刻で、そもそも太陽は東から昇り西に沈むのか。

 この世界は今、朝なのか夜なのか、一日は二十四時間なのか。

 少なくとも季節は違うようだ。夏服では少し肌寒い。

 振り出しに戻る。何か役に立つものはないのか。

 生徒手帳にサバイバル知識が載っていないことを確認した。

 財布の中には異世界では使えない紙幣と、電車が無ければ使えない定期と、ゲーセンが無ければ使えないカードだけだ

 鞄が無いことが悔やまれる。

 鞄はトラックに轢かれる前に投げ捨てていた。もし轢かれる前に戻れるなら鞄を――

 いや、トラックに轢かれないようにする。

 突然ビュウと吹いた風に身震いする。

 鞄に追加で上着も欲しい。

 体を動かした方がいいだろう。

 散々悩んでいたが、適当な方向に進む。

 地面の溝、方角の指標はひとまずこれを使うことにしよう。

 聖剣の導きで歩くようで悪い気はしない。


 しばらく歩いていると川に当たった。聖剣の導きだ。

 町は川沿いに作られる。川の発見は町がグッと近づいた事になる。

 上流か下流かどちらに向かうか、聖剣の導きで決めよう。

 地面に立てた聖剣は上流に向かって倒れた。

「よし、上流だ」

 川沿いを歩きながら、今後について思いをはせる。

 まず水と食料の確保。どこかの町につけば何とかなるだろう。

 この剣の力を労働力に使うなり、脅しとるなり。

 次に元の世界に帰る方法を考えるべきか。

 あの声は魔王討伐と言っていた、討伐すれば帰れるのだろうか。

 討伐自体は魔王の居場所さえわかれば、この剣ですぐにでも。


 ふと、川上に小さな村が見える。あそこで魔王の聞き込みをしよう。

 そういえば、異世界で言葉は通じるのか、可能性はある。

 あの犬の怪物も例の声も異世界の言葉ではなかった。

 魔法で変換されているのか、異世界転生者の先達が持ち込んだか。

 どちらにせよありがたい話だ。

「ホペロペセアナハダニアシケセ」

「……」

 ありがたくなかった。村人全員斬ってしまおうか。

「シャヌイケーロヌーゼ村にようこそ勇者様」

 村の名前だったまぎらわしい。

「もう一度言ってくれ」

「二度と言いません」

「なんで、自分の村だろ」

「そんなことよりも、その剣売ってくれませんか?」

「なんで、そうなる」

 いよいよ、あやしいぞ。

「実は、この村は魔王の配下、森の魔女に村の安全が脅かされています」

 イベント進行フラグを踏んだかのように魔王の情報だ。

「討伐をお願い出来ないでしょうか?」

『→はい イエス』

 例の声、邪魔をするな。強制イベントみたいに。

 『は(いイエ)ス』にするぞ。

「いいえ」

「そこをなんとかお願いします」

「いいえ」

「そこをなんとかお願いします」

 村人側も強制イベントだ。まあ、魔王討伐の為に避けては通れないのだろう。

 仮に魔女の討伐に行くとして、報酬はどれだけもらえるのだろうか。

「わかった、その代わり――」

 こういう場合、異世界ものでは美女奴隷を要求すると良いと聞く。ハーレムを築くためだとか。

「わかってますよ、勇者様も好きですね、こちらへどうぞ」

 いや、まだ要求してないぞ。強制イベントはまだつづくのか。

 村の中に通される。村はモンゴルのゲルのような質素な作りの家ばかり。

 村の広場で誰が見ても美女とご対面。

 隣には普通の娘とブ……美女ではない娘がいる。

 おそらくこれは、美女ではない娘が美女と言われ、異世界の価値観が違うのパティーンだな。

「勇者様、村一番の美女の彼女を連れていってください」

 選ばれたのは普通の娘だー。コメントしづらい、こういう好みの人がいそうな感じが。

 しかし、好みの差を差し引いても美女はこっちでしょう。

「そんな、普通の娘でいいんですか?勇者様は謙虚ですね」

 この子が普通ということはドブ……察してはいけない。

「では、その子に道案内をさせます、一週間分の食料も持っていってください。期待しています」

 美女の2倍の大きさの無駄に大きいリュック、こんな荷物を持ちたくない。

「勇者様、いきましょう」

 彼女はリュックを軽々背負って村の裏手へ。絶対持ってあげないよ。

 しかし、一週間分の食料は大袈裟ではないだろうか。

「勇者様、この森です」

 一週間では足りない大きさの樹海がそこにはあった。

「あそこに見えるのが魔女の館の屋根です」

 全く見えん。

「手っ取り早く、ここから斬ってしまってもかまわないよな」

「待ってください、母が人質に捕られているのです」

 これは、直接乗り込む他ないか。

「仕方ない、歩いていくか」

「はい、道案内は任せてください」


 薄暗い樹海の中、彼女は迷うことなく進んでいる。

 木々が生い茂り、時おり枝が顔を掠める。

 彼女は右へ左へ、馴れたものだ。

 一人ではこうはいかなかっただろう。

 実際、方向感覚はすでになくなっている。


「今日はここで休みましょう」

 荷物を下ろすと、彼女はサッと焚き火を起こした。

 焚き火が暖かい。思いの外、体が冷えていたようだ。

「そういえば、名前聞いてなかったね」

「ヨルギ・ラウラ・カレコです」

 腕時計を確認する、時刻は16:30。

「結構歩いたがまだつかないのか?」

「あと3日ほどです」

 まだ歩けそうである、しかし、辺りが暗い。

 ここで休むのは賢明な判断だろう。

 歩けそうといえば、この世界に来てから体が軽い。

 これも、転生特典なのだろうか。

「すぐに夕飯にしますね」

 焚き火で調理をはじめた。

 肉に胡椒の様なものをかけている。

 胡椒は栽培、流通が少なかった頃、金と同価値だったらしい。

 異世界では流通が確立しているのか、あの村の特産なのか。

 そうこうしていると、肉の焼けるいい臭いがしてきた。

「すみません、少しお花を摘みに行くので、先に食べていてください」

「いっといれ」

 彼女は茂みの奥に消えていった。

 それにしても、肉を両面焼けるなんて何て料理上手なんだ。

「美女の奴隷は最高だな」

 肉は両面に均等に火が通り、噛むと肉汁が溢れジューシーで

 少しスパイシーで舌が痺れる。

 手足も痺れている、体が重い、瞼がゆっくりと下がってくる。

 あの食料に毒が盛られていたのだろう。胡椒ではなかったのか。

 このまま一矢報いずに意識を手放してなるものか。

 最後の力で彼女の消えた方向に聖剣を振り下ろした。

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