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「こちらへどうぞ、ツィトベレ様」
カーラ女史に招かれましたが、ちょっとためらいますよねー
「あ、はぁ」
視線をそらしつつ、女史に近づく。
直視できないワタクシをお許しください。
「大丈夫ですよ、ツィトベレ様。
ここには衛士の野蛮人はおりませんから」
インケン氏が手を取ってくれる。
ありがとうインケン氏〜。
陰険とか思ってごめんよ!!
君はいい人だっ
名前なんだったけ?
ロッキー?
「オズドゥ。やたらと女性に触れるのは関心しません」
あ、オズドゥ。
なにオズドゥだっけ。ロロ?
それは熊の子か。
「レディをエスコートするのは、騎士の重要な仕事だよ、カーラ」
「ハァ……。ツィトベレ様」
何か言いたげなカーラ女史の沈黙。
しかしすまん。
全力でスルーするぜ俺は。
「……図書室へ行きましょう」
カーラ女史のブーツの先がひるがえる。
オズドゥに手を引かれ、その後に続いた。
カーラ女史の、赤紫色の髪が揺れる。
クリーム色のコートによく映えるなぁ。
弾力のあるお尻がコートの裾をはねあげてるよ!!
美尻、美脚、尊い……
うう、こんなにナイスバディな美人さんなのに、前から直視できないのが辛い。
オズドゥが気を使ってか色々話しかけてくれるが、うなづくしかできません。
聞きたいことたくさんあるのにー
オズドゥとカーラ女史は、同じ色のコートなんですね、とか。
瞳孔が縦なのはなぜですか、とか。
マッスル氏の事はどう思ってますか、とか!
「図書室です。こちらで閣下をお待ちください」
案内されるまま室内に入ったら、「我々は外におりますので」と一人にされました。
カーラ女史の視線が消えたのは、正直ありがたいです泣。
しっかし、広いなぁ。
図書室、と呼んでいたが……
ちょっとした図書館の規模があるよ?
23区で一番ちいさい図書館はどこだったっけ。あ、大塚の分室か。
あれっくらいかな。
読書スペースらしいソファとローテーブルが設置されている。
そこで待てということらしい。
腰を下ろすと、すぐさまメイドが茶器を運んできた。
わー、存在していると確信しておりましたよ!!
でも、ビクトリアン風じゃない……
くっ。夢やぶれたり……
短ランみたいに丈の短い詰め襟の上衣と、爪先が見えるか見えないかぐらいの長さのスカートかな?
まあ、これはこれで、仕事してるぜって感じで、嫌いではないです。
供された茶器は、煎茶碗みたいに取っ手が無い。
白地に、黄色とターコイズブルーで、意匠化した花をあしらっている。
お茶の水色は綺麗な紅色だ。
ソーサーから茶碗だけを持ち上げようとしたら、あちっ。
えー、これ飲み辛っ
ここの人たちはこれで飲んでんだとしたら、かなり手の皮厚いですわよ。
「お嬢様」
メイドさんの手が伸びて、ソーサーごと茶碗を持ち上げた。
「差し出がましいようですが、このまま、軽く指を添えて」
あ、なるほど。
ソーサーごとね。
どうも、と頷いて言われた通りにやってみた。
それでも飲みづらいことに変わりは無いがな!!
うまく傾けられずに四苦八苦していると、扉がノックされる。
コンコンという、ちゃんとしたノックですよ、皆さん。
「待たせたね」
閣下再登場。
新顔も居るよ!
立ち上がりもせずに、茶器を持ったまま閣下を見上げていたら、キッチリ七三わけの眉の細いオッサンに「無礼な」と言われました。
「これはどうしたことです。閣下に礼もとらぬとは、教育を受けたものらしからぬ野蛮な振る舞い!!」
ええー?すいません。
このワタクスでは、閣下がどりほどオエライのかわかりませんし。
オノレの立ち位置もわからんので、どうしたらいいんでしょうかって感じでして。
社長室に呼び出されてしまった新人、って設定でいいですか?
そしたら立ち上がるわな。
んで、お辞儀。
「そんな四角張るな、キリー。
気にしなくていいよ、ツィトベレ。
私たちも座らせてもらうよ」
よいよいと手で抑えた閣下が対面に座ったけど、他の三人はその背後に立ったまま居る。
座り直していいのかね。
席順とかあるの?
「キリー、クガナイ。座ってくれないと寂しいじゃないか」
あ、その程度かい。
座っとこ。
「畏れ多いことにございます閣下」
七三細眉
「はぁ、それでしたら……」
よいしょと閣下の右隣に、くたびれたサラリーマンのようなおじさんが座った。
七三が細眉をキリキリつり上げながら、「クガナイィ!!あなたという人はぁっっ」と気炎を吐いてます。
……かわいいかもしれない。
妄想を展開する前に、「さて、ツィトベレ」と閣下が割って入った、
さすがHSK(ハイスペック閣下)。
ワシの脳内パターンを見破ったか……。
恐ろしいやつめ!!
メイドさんからお茶を受け取った閣下は、麗しいお顔にとろけるような笑みを乗せたまま、こうおっしゃった。
「私が何者か、わかるかなツィトベレ」
……麗しの閣下かと存じ上げます。
なに閣下かは知らんけど。
ふるふると首を横に振る。
ノーは横振りって、この世界でも共通かな。
「なっ!ふざけておられるのかっ」
七三が身を乗り出した。
疲れたサラリーマンは「ほぅ」と顎をする。
もうひとり、閣下と一緒に入ってきた方眼鏡の黒髪の男は無表情だ。
メイドさんも無表情ですが。
「では、コルツィ・トレス・ガードン・・オー・フェザーリーは?」
なげーな。
そのような寿限無な知り合いはおりません。
横に振ると、七三の眉がさらにつり上がった。
それはどこまであがるのかね。
「では、ティノン・ノカ・マリアエ・オー・フェザーリー」
続いて閣下が訊ねると、七三がはっと息をのむ。
重要な名前なんだろうか?
だが、私は知らないなぁ。
首をかしげた。
「では最後に」
閣下はおだやかに微笑んだままだ。
鉄壁すぎる。
「ツィトベレ・トゥールカ・ガードン・マリアエ・フェザーリー」
それは、ただの言葉の羅列だ。
たぶん、この体のことなんだろうなぁ。
何度も呼び掛けられたのだ。
察しぐらいはついていた。
でもそれは俺じゃないんだぜ。
ツィトベレという女の子でいた記憶もない。
同じように、横に首を振って見せる。
七三が呼吸をのみ、くたびれサラリーマンが「こりゃあ」と呟いた。
閣下だけが、わかっていたことだというようにうなづいた。
「そうか。ではツィトベレ。
あらためて貴女に聞きたいことがある」
なんじゃね。
呪文のような名前シリーズなら知らないといま申し上げましたわよ。
「お待ちください!どういう事ですか、閣下!!
このようなざれ言をお許しになるのですかっ」
七三細眉氏は、マッスル氏と同じような反応するなぁ。
「自分の名も、父母の名もわからないなどとは。罪を逃れようとする小賢しい三文芝居です」
あー、家族の名前かぁ。
そうだろうなぁとは察してたが。
罪とは穏やかじゃないよね。
やだなぁ、何だろう……
「キリー、そう張り切るなよ」
「だまらっしゃい!あなたはもう少し張り切りなさいクガナイッ」
夫婦漫才かなぁ。
おっと、にやけてしまうぜ。
「まあまあ、ちと落ち着きなさいよ。もう少し聞いてからでもいいじゃないの。
ねぇ、閣下」
お疲れサラリーマン氏は、覇気無くへらぁっと笑うねぇ。
ほんと疲れてるように見えます。
「お嬢様は、さっきから話さないねぇ。黙秘かな?」
ダルそうっスね旦那。
二日酔いか連日残業疲れって感じー。
さっきの悪魔付き騒動があるからなぁ。
言葉を発してもいいのかわからん。
ちらっと閣下をうかがえば、緑の瞳を柔らかく細めてくださいました。
美しすぎる!!
やばいぜ閣下。
俺が乙女だったら失神していたかもだぜ。
「しゃべってもいいんですけど、通じないんで」
ん?て顔をするのはサラリーマン氏。
ぎゅっと眉を寄せたのは、七三細眉氏。
閣下はにこにこ、直立二人組は無表情です。
「シャベッティーロ?」
そろそろこのやり取り飽きてきたよー
異世界なら魔法とかありませんの?
ぱぱっと話せるようにしていただきたい。
「ふっ祓士を呼べっ」
あ、それももうおなかいっぱいです。
「キリー。先ほど呼んだのだよ。
異質なる者に憑かれたわけではないそうだ」
「信じられません!閣下危険です!」
「憑かれてるにしちゃあ、大人しいしなぁ」
「すでに同調し終わっているのでは?
討伐するべきですっ。
ティナンっ、何をしているっ。閣下をお護りしないかっ」
黒髪眼鏡氏は閣下の護衛のようですな。置物かとおもってました。
「どうだい、ティナン」
閣下に呼び掛けられ、ようやっと黒髪眼鏡氏は口をひらいた。
「敵意は感じられません。探った限りでは、一般的な貴族令嬢の身体と代わりありません。強いて言うならば、魂辺が柔らかく成り過ぎています」
探ったってなんだよー。
なにを探ったというのっ。
「という事だよキリー。
問題ないよ。こちらの言うことはわかるのだしねぇ。」
んん?
あれ?
あれれ?
もしかして、俺氏ピンチ?
いわゆる冤罪、がつくられる時のよーなセリフを聞いたような……
そうですよね!
言葉が理解されないってことは、やってないって訴えても取り合ってもらえないってことですよね?
あ、速報テロップが流れていく……
【破滅】って書いてないか?
閣下の麗しの笑みが、どす黒く見えてきましたよ。
先日、セブンで揚げ鳥を購入したら、柚子胡椒をつけてくれました。初めての経験だぜ。
店員氏のオススメな食べ方なのだろうかと、ありがたく試してみた。
美味であった。