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その美形も、瞳孔が縦でした。
「ロキ・オズドゥ……」
マッスル氏が地を這うような声で呟く。
そんな声も出たんですね。
無駄に声のでかい残念な人だとばかり……
「貴婦人を恐れるような者が、荒事に馴れているなどと笑わせる。
閣下の御身はわれわれ近衛隊でお守りする。
宮廷衛士は自分の職務をまっとうしろ」
やだ、毒舌タイプ?
口の片端だけつり上げて笑うのが似合うこと!
「その宮廷衛士に守られて、たいした脅威にもあったことないのが近衛隊じゃないのかオズドゥ」
「ざれ言だな。
貴人の盾となり剣となる者が、高貴な御身の安全以外に心煩わされるわけにいかないだろう。役割の違いだ。
そんなことも理解していないとはな、ココ」
「名で呼ぶなっ!!」
マッスル氏の耳が赤いわぁ。
恥ずかしいのですな!!
似合わないぐらいかわいい名前でーすーもーのーねぇぇぇ。
しかし、犬猿名前呼びか。萌ゆる。ぐふふふ
よく見るとこの美形、白目が多くて三白眼ぽい。
唇が薄くて、鼻筋もシュッとしている。
体毛が白金だからか、眉が薄い。
それが酷薄さをだしているわ〜。
いいね、いいね。
マッスル氏の方が虹彩おおきめで、眉も濃く、鼻筋もがっしりしてるから、いい感じの対比になっとるよ!!
インケン×マッスルか……
いや、マッスル×←インケンで襲い受も捨てがたい……
「オズドゥ、ドゥヌベ。やめなさい。
ツィトベレ嬢が驚いている」
はっ
ダークホース閣下!!
閣下×インケン→←マッスルとかどうだ?
閣下ほどのお方となればやはり総攻か。
いや、その余裕でもってすべてを包み込む聖なる受……
「ツィトベレ、しっかりしなさい」
うるっさいなー。
揺らすの止めてくださいます?
大事なとこなんだから。
「閣下だまされてはいけません。油断させるための……」
「ココ、まだ言うのか。フェザーリー侯爵令嬢は、衛士などという荒っぽいものに今まで会ったことがない、深窓の令嬢だろう。君の粗暴さに怯えているのだよ」
「名で呼ぶなと言ってる!!貴様は先程の破廉恥な行動を見ていないからそんな事を言えるのだっ」
「破廉恥だって?君が無礼を働いたのではなく?」
「なっ!な、な、なにを」
「ご安心ください、フェザーリー嬢。
このようなならず者たちとは違い、近衛とは騎士ですから。
ご令嬢を怯えさせたりはいたしません」
おっとぉ。
騎士の礼をとられました。
膝まづいて、手を取られるってやつだ。
しかし見上げてくる縦瞳孔って怖いな!!
「ドゥヌベ。衛士の働きには感謝している。しかし近衛たちも遊んでいるわけではない。信頼してやってくれないか」
閣下にたしなめられ、ようやくマッスル氏は引くことにしたらしい。
ぐぬぬ、とか唸りながら、マッスル部下に引きずられていった。
部下×マッスル←インケンもいいかな……
双子のように息の合った扉番の近衛騎士が、今度もおそろしく高いシンクロ率で扉を閉めた。
ガラス効果か、温室のような温さの回廊を、閣下にエスコートされる。
インケン氏が前を行き、回廊の終わりで扉を開けて待つ。
あ、ここは扉番は居ないのですね。
「さ、どうぞお入りください」
インケン氏にうながされてしまった。
やだなー
閣下も優しく背中に手を添えているようで、その実ピクリともしやがらねぇ。
進むしかないのか。
しぶしぶ足を踏み入れると、既視感におそわれた。
どっかで見たことある風景……
部屋のなかは、2、30人ほど忙しく立ち働いていた。
木製の重厚な机が、扉に向くように並べられている。
ああ、なんか記憶が刺激される。なんだっけなぁコレ……
出かかってんだけど、出てこないー。
「閣下、お帰りなさいませ。お早いですね」
眼鏡で黒い腕貫をしている方が、机の向こうで立ち上がる。
わかった。
市役所だわー。
「うん。すこし予定とずれてね。
それで悪いが、私は邸に戻る。決裁が必要なものは、バスクマンに言付けておくれ」
「畏まりました、閣下」
「皆もすまないね」
閣下が軽く手をあげると、忙しく働いていた人たちが、それぞれ略礼で応える。
先に帰ると謝るために職場に顔を出したんかなー?
閣下って律儀だな。
と、思いきや「さ、こちらだよ」と、市役所風職場の奥へと連れていかれる。
インケン氏が扉を開けると、またもや回廊が……
どうなってんだ、ここは。
こんどはそんなに天井が高くない。
片側にだけガラス窓で、中庭に面したもう片側は吹きさらしである。
突き当たりの扉の前で、インケン氏が声を張り上げた。
「先触れを勤めます、近衛ロキ・オズドゥ。
閣下がお戻りです」
扉が内側に開いた。
ここもシンクロナイズ。
「おおっ!?」
ビビって閣下にしがみついてしまった。
扉開けば、そこには花道をつくるように人が並んでたんですものー。
そして、ウェーブをつくるように、扉がわから順に頭を垂れてゆくのだよ。
「お帰りなさいませ閣下」
わー……
貴族もの読むと出てくる、主人のお出迎えってやつですね。
「うん、ただいま。ありがとう」
閣下が堂々と進むのに、引きずられながらついていく。
花道の終わりには、髭のおじーさまが待ち構えていた。
「ただいま、バスクマン」
「お帰りなさいませ旦那様。
ようこそおいでくださいました、フェザーリー様」
「あっ、お邪魔します」
おもわず日本式礼を取っちゃったが、しまった。
ニホンゴワカリマセンネー
恐る恐る顔をあげる。
おじーさまに、特に変わった様子はない。
平然とされていらっしゃいますね。
ついでに閣下も見上げれば、こちらもお変わり無くニコニコと……
さりげなく、周りの方々の様子をうかがうが、皆様すました顔をされてまぁ。
よくしつけられてますねー
マッスル氏とは大違い!!
「ツィトベレ嬢はまず図書室に案内しておくれ」
「畏まりました、閣下。カーラ」
ぎゃあ!
お、おじーさま、その名はぁぁぁぁぁ
「フェザーリー様、この者が案内を勤めます」
いやはぁぁぁぁ。
こ、こわいのよぉぉ!
二人っきりとか、無理ぃぃぃぃぃ。
力いっぱい、閣下の上着をひっぱってしまった。
「大丈夫だよ、すぐに行くから。すこし待っててくれないかな」
閣下に背中をポンポンされたが安心など出きるわけがない!!
「カーラ。オズドゥ。令嬢を頼むよ」
「畏まりました」
あ。二人っきりではない。
よ、良かった……