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マッスル氏が必死に扉を守る姿にも飽きてきた。
「36、37、39、ん?」
天井の染みを数えるのも。
ぐるりと見回すと、窓があったので、外でも見てるかと立ち上がる。
「動くなっ、フェザーリー」
マッスル氏は声を荒げるが、扉前から動く様子はない。
氏の主張する悪魔憑きであるならば、己ではどうしようもないということなのだろう。
どうせ言葉も通じないので無視する。
小さな窓に近づくと、「何をする気だ」と鋭く叫ばれたが、こちらに来る素振りはない。
窓ガラスは、自分が見知っているものとだいぶ違った。
指で撫でると、表面が波打って歪んでいる。
大きな気泡もところどころに見える。
「ふぅん。分厚いんだなー。外がクリアに見えない。そういう仕様?技術の問題かな」
田の字のような枠に、嵌めているのではなく、直接流し固めているようだ。
ガラスを検分していると、扉がガッツガツ殴られた(ノックという可愛らしいものではない)。
「隊長!祓士殿が到着しました!!」
「よし、入ってもらえ。閣下はお近くにはいないな?」
「はいっ」
マッスル氏が睨みながら、カニみたいに横にずれた。
この人さー、多分美形と呼ばれる姿形なんだけど。
なんだか残念な人じゃないかね。
マッスル氏が扉の重石をやめたとたん、勢い良く扉が開き(内開き)、威風堂々とした美丈夫が、きらきらしくご登場された。
魅惑的に微笑まれる。
「さて、ドゥヌベ。悪魔憑きだって?」
「閣下ぁぁぁぁぁぁぁぁ!
ジガーロ!!きさま上官を謀るとは何事だっ」
マッスル氏は、劇画のように線だけになって吠えている。
「いやぁ、隊長より閣下の命のほうが優先順位高いですよ」
シッポ付きのマッスル部下が、悪びれた様子もなくヘロっと言う。
マッスル氏のカーストラインはだいぶ下と見た。
閣下とやらは、優雅に体の向きをかえ、自分に視線を流してきた。
「ツィトベレ、君は悪魔に憑かれているのかな」
ペリドットを太陽の石だというのは、どこの国の言い伝えだったか。
陽射しに輝く新緑のような鮮やかな瞳が眇められた。
「本物の美形だぜ……」
「フォッモーノ?」
思わず呟いたそれを、閣下は拾ったらしい。
耳が良くていらっしゃるが、残念。
「閣下、お下がりください!」
「あのぉ」
閣下とマッスル氏の間から、ひょこひょこと顔を出そうと頑張っているのがいる。
ショートボブとつぶらな瞳が合間って、妖精さんのようではないか。
かわゆいのぅ。
「ふむ。確かに常のツィトベレではないようだ。淑女の礼も取らないとは」
「あのぅ、すみませぇん」
「おかしな行動や聞いたことのない言葉を使います。悪魔憑きとしか思えません」
「あのですねぇ、あの」
「確かに聞いたことのない言葉だったね。おかしな行動とは具体的にどんなものだ」
「はっ、それはっ。その、口にするのも憚れるような、淑女とは思えぬ行動です」
「まあ、悪魔が淑女らしいことなんてしないだろう。何をしたのツィトベレ」
「悪魔に話しかけてはなりません閣下ぁ!」
「あの、悪魔は居ないと思われますぅ」
「ああ、そうなの。ドゥヌベ、悪魔憑きではないそうだよ」
「きーてますかっ閣ッ!?そんな馬鹿なっ。ではあのおぞましい行為は正気だと?」
失礼だなぁ。おぞましいとか。
女同士で乳を揉むなぞ日常茶飯事。
男同士で尻を握ってるのも見たことあるぞ。
自分で自分のものを確かめたぐらい、どうだというのだ。
「正気かどうかはわかりませんけどぉ。フェザーリー令嬢から、異質なる者の気配はしていませんよぉ」
妖精もなかなか口が悪いわね。
正気も正気だっての。
「ばかな。良く見れば貴様、子供ではないか。ジガーロ!見習いではない宮廷祓士は居なかったのかっ」
「隊長、失礼です。彼女は正式な宮廷祓士ですよ」
「君は、何隊所属?」
閣下に穏やかに問いかけられ、妖精はシャキンッと背筋を伸ばした。
「はいっ。ノーチェ・ウルグスランです閣下。祓士宮廷第三隊三年目ですっ。その前は『塔』で研究職に七年ついてました」
マッスル氏が目を剥いた。
「なんだとッ!成人しているのか?」
信じられないものを見るマナザシで、天辺から爪先まで往復している。
淑女に失礼だろ君ィ。
「う、はいぃ。こんなんですが、26ですぅ」
うそだろ。
自分も舐め回しちゃいますよ、そりゃ。
合法ロリ、だと?
UMA、残念イケメン、シッポ、美中年ときて、合法ロリだと?
ノーチェ・ウルグスランは10代前半ぐらいにしか見えない。
なんてことだ。
ここが天国か。
やっぱ死んだんだな俺……
「ノーチェ・ウルグスラン。ではかの令嬢はどのように見える。
突如悲鳴をあげ、その後から未知の言語を話し出した」
「は。異質なる者に魅入られた症状に似ていますがぁ……。異常は無いように見えますぅ。うーん、強いて言うなら、輪郭がぶれているようなぁ」
ぐっと目を横に引っ張って、薄目でみてくるノーチェ。
やめなさい女子!!
土偶顔とか言われたくないだろう!
「輪郭?いや、魂かしらぁ?」
土偶顔でぶつぶつ呟く妖精に、マッスル氏が「うわぁ」って顔をしている。
女子に夢をみていたのだろうなぁ。
彼の中で妖精はもう淑女ではないのだろう。
「申し訳ございません閣下ぁ。憑依でないということまでしかわからないのですぅ。ウルグスラン、お役にたてず面目ございませぇん」
やっと土偶を辞めた妖精は、赤くなった目尻を押さえながら、拝礼した。
「言い訳をするわけではございませんが、ワタクシ眼があまり良くないのですぅ。よろしければ視るに長けた者を用意いたしますぅ」
「うん、それには及ばない。足労かけたねウルグスラン。ありがとう」
「もったいないお言葉でございますぅ」
さて、と閣下の視線がこちらに向く。
拝礼から立ち上がった妖精、マッスル氏とマッスル部下。
計四対つまりは目玉が八つこちらを見ているわけで。
スマン、叫んでいいか?
「困ったね、ツィトベレ。貴女には、フェザーリー候と付き合いのあった者たちから貢がれたモノを、すべて話して頂きたいのだが」
いやぁ、面目ない事にございます閣下。
ひとっつも記憶にございません。
てか、フェザーリー候って誰よ。