6 「こんにちは、よろしく」
前半と後半のお話しの会話が同音異義語になっています。
今日は会社のレクリエーションで、都内バス観光に行く。
「こんにちは~、よろしく」
僕の隣の席は、新人のS君だ。
「こんにちは」
彼は挨拶をすると、先輩の僕にも臆することなくちょこんと隣に座った。
さあ、バス観光出発だ。
黄色い大型バスは、都内名所を駆け抜ける。
ていうか、降りないのかな。普通、名所で降りて見学したり、写真撮ったりするよね。
素通り?
ていうか、スピードが尋常じゃない。普通こうなのか?
「ちょっと、速いんじゃない?」
思わずシートベルトを確認しながら隣のS君にこっそり言うと、彼は全然気にしていないようだった。
それより君、ちょっと顔が近くない?
「そう?別に大丈夫ですよ?」
S君は僕を安心させようとしてか、チョコレートのついたお菓子をくれようとした。
口に入れてもらおうと、口を大きく開けたところで、ガタン、と揺れた為、チョコレートは僕の口には入らず、頬っぺたに線を書いた。
「あ、あれ?ま、いっか。取ればいいっすよね」
謝らないのか。良いけどさ。
S君はかいがいしく僕の口元をティッシュで拭いてくれた。どうでも良いけど、この人、顔が近いんだよね。
口の中が甘ったるくなったので、持参したお茶を飲もうと、ペットボトルのふたを開けると、バスが揺れて少しこぼれた。
だから、このバス、スピードが速いんだってば。
僕がペットボトルを片手に、ハンカチを出そうとしたら、S君の顔がすぐ近くにあった。
「待った!やってあげるから」
そして、先ほどのティッシュで、またかいがいしく僕の世話を焼いてくれた。
「・・・ありがとう」
なんかS君がお父さんに見えてきたよ。若いのに、人の世話を焼くのが好きなんだな。
しかし、顔が近い。
圧迫感半端ない。
もう、正面を見ていられないほどS君の顔が近いので、窓の外をずっと見ていた。
景色は流れるように、というか、超流れまくっている。
「「あ、明治神宮」」
ハモった。
景色ばかり見ていては会話が続かなくて、新人S君には辛かろう。
と思ったら、S君から話題を振ってきた。
「ねえ、このコース何度目なの?」
ため口かよ。
もう、お父さんというよりは、お兄さんだな。そして顔が近いよ。
「5度目だよ」
と、答えるとS君は大笑いをした。
「5度目!?」
そりゃそうだ。毎年このバス乗ってるんだから。S君だって、すぐ5回目を迎えるさ。
そう思って、ペットボトルのお茶を飲もうとしたとき、また少しお茶がこぼれた。今年のバスは速いからな。
「気を付けてよ?」
叱られちゃったよ。そして、またこぼれたお茶を拭いてくれた。
拭いてもらってこんなことを言うのもなんだけどさ・・・言わせてくれ。
「ちょっと・・・少し離れてよ」
僕たちはものすごい至近距離で見つめ合っていた。
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料理教室に行った。
そもそも、友人Kが面白いよ、と言うので行くことにしたのだ。
行ってみるとKがにこやかに声をかけてきた。
「こんにちは~、よろしく」
初心者クラスのはずなのに、なぜ経験者のKがいるのだろうか。
だけどまあ、全く知らない人だらけの中にいるよりは気が楽か。
「こんにちは」
疑問はあるけれど、とりあえず挨拶をしておいた。
今日のメニューは、お料理一年生のための玉子料理“目玉焼き”だ。
熱したフライパンに油をひいて、生卵を割り入れるだけの簡単な料理だ。
見るとKはフライパンがまだあったまってもいないのに、すでに卵を割っていた。
「ちょっと、早いんじゃない?」
「そう?別に大丈夫でしょ?」
Kは気にせずに卵をボウルに割り入れた。
あ~あ~、殻が入っちゃってるよ。
「あ、あれ?ま、いっか。取ればいいですよね」
Kは気にしないで、菜箸を使って殻を取ろうとしていた。
だけど、生卵の中で小さな白いかけらはツルツルとつかめない。
うう、見ているこっちがもどかしいよ!
しまいにはボウルの生卵に指を突っ込みそうになったので、思わず叫んだ。
「待った!やってあげるから」
「ありがとー」
っておい、明らかに待ってたよな、私のひと言。
でもまあ、しょうがない。このままボウルに指を突っ込まれるか、菜箸で卵黄を割られるかしたら、どちらにしろ目玉焼きにはならない。
たかだか目玉焼きごときで、なぜこんなに不器用なんだ。
とりあえず、私はKの割った卵の殻を使って、中に入ってしまった小さな殻のかけらをすくいあげた。
「アメイジング!」
あほか。
変な感激していないで、まずは卵の殻くらい取れるように練習しておいてよね。
結局その後、割った卵をフライパンに入れるのも、水を入れて蓋をするのも、火を止めるのも、私がやった。
Kは経験者じゃなかったのか!?
「ねえ、このコース何度目なの?」
「5度目だよ」
「5度目!?」
5回も経験しているはずなのに、Kのこの不器用さはなんなんだ!
そこで、焼き上がった目玉焼きをお皿にとるのをKにやってもらうことにした。
そのくらいできるだろう。
と、思ったら大間違いだ。
Kはフライパンとフライ返しを不器用に持って、もたつく手を皿の上で右往左往させる。
「気を付けてよぉ」
料理教室中が見守る中、Kはせっかくふっくらとできあがった目玉焼きを、お皿の上に裏返して置いた。
初級コース5度目でこれか。
「ちょっと・・・少しは慣れてよ・・・」
私が言った呟きも、Kの耳から脳には届かなかった。
これで終わる予定でしたが、
予定を変更して、もう1作続けてあげます。