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4.予期せぬ矛先

 結局皆で部屋を片付け、それが終わる頃に菜月は地下室で冷やしていたアイスを人数分に取り分けた。最初は『何故こんなやつにまで……』とブツブツ言っていたシーリーも一口アイスを食べればすぐに機嫌が浮上する。今や彼の大好物となったこのアイスは菜月とシーリーが知り合ったきっかけでもあった。


 この町に来たばかりの頃、隠居した老人から山小屋の仕事を引き継ぎ、ここに住む事になった菜月は気分転換にと空いた時間に作ったミルクアイスを外に置いていた。今は地下の木箱に雪を敷き詰め冷蔵庫代わりにしているが、その時はまだ用意がなかったので日陰に積もった雪を固め、その中でアイスの入った容器を冷やしていたのだ。そのまま一昼夜放置して、そろそろいいかと翌朝様子を見に行くと、そこに見知らぬ少年が立っていた。それがシーリーだった。彼曰く甘い香りに釣られて来たらしい。これはなんだと聞かれたのでアイスを振舞ったら、すっかり菜月と菜月の作ったアイスを気に入ってしまったという訳だ。

 パクパクと平らげていくシーリーとは違い、タクト達は不思議ものを見るような目で自分達の前に置かれたミルクアイスを眺めている。菜月も町でこれと同じものを見かけた事は無いから、恐らくアイスを食べるのは初めてなのだろう。


「無理して食べなくても大丈夫ですよ。多分、放って置いてもシーリーが全部食べちゃうと思いますし」

「あ、いえ……。このような菓子は珍しくてつい」

「氷が無いと作れないので。ここよりも暖かい王都の方では似たようなものは無いかもしれませんね」

「うん。でも美味いなこれ」


 最初に口に入れたのはタクトだ。甘いものは平気か聞かずに出してしまったけれど、どうやら杞憂だったらしい。シーリーと同様子供のような表情で美味い美味いと頬張っている。

 そんな彼を見てようやくランスロット達もスプーンに手を伸ばした。


「いただきます」

「どうぞ」


 手で攪拌しているのでどうしても菜月が理想としているアイスよりも硬くなってしまうが、口の中で溶ける甘さは格別だ。菜月も素朴な甘さをお茶と一緒に楽しむ。


「口の温度で溶けてしまう所は氷のようですが、味や触感はクリームのようで氷とはまるで違う。不思議な感覚です」

「お口に合ったのなら良かったです」

「暖めた部屋の中で冷たい食べ物を楽しむのは中々贅沢ですね」

「ふふっ。私もそう思います」


 ランスロットのお気に召したらしい。それはローエンも同様のようだ。あくまで無口だが、シーリーとは違い、彼はゆっくりと味わうようにスプーンを口に運んでいる。

 シーリーの機嫌がすっかり直ったのを確認して、菜月は話の続きを促した。


「話が中断してしまいましたけど、私は神殿に行かなくてはならないのですか?」

「シリフェイス・ルーローは例外として、あなたは先程消えてしまった暖炉の火を火の精霊を使って熾していましたね」

「使うと言うか……。私は炎馬フォーレンに声をかけただけですけど」

「貴方は自覚がないようですが、精霊に指示を出して事象を起こす事は精霊の“使役”に当たる行為です」

炎馬フォーレンは昔からこの暖炉に住んでいるので、どちらかと言えばお伺いを立てているだけなのですが……」

「立場が逆だと?」

「私はその認識でした」


 菜月にとっては指示を出して従えているのではなく、あくまで炎馬にお願いをしている感覚なのだ。そこに上下関係があるならば、親切で力を貸してくれている炎馬の方が上である。

 その答えを聞いてジロリとランスロットがシーリーを睨む。一方アイスを食べるのに忙しいシーリーはフンッと鼻を鳴らしただけだ。


「私が見る限り貴方に人並み以上の魔力はないようです。ですから貴方に精霊を支配できるとは私も思っていません。しかし貴方が自分の意思で精霊を動かす事ができるのも確かな事実。それに反して貴方には絶対的に知識が足りない」

「知識? 精霊に関しての?」

「そうです。火の精霊にできるのは何も暖炉や蝋燭に火をつけるだけではありません。その気になれば町ひとつぐらい簡単に燃やし尽くす事が出来る」

「……あんな小さな炎馬フォーレンが?」


 思わず暖炉で揺れている火をじっと見つめる。けれどそこにはいつも通り穏やかなオレンジ色の光と暖かさがあるだけだ。まして菜月の知っている炎馬は手のひらサイズの小ささ。とても町を燃やしてしまうような大火とは結びつかない。


「物理的な大きさは精霊の力の大きさとは無関係です。きまぐれに炎馬が火の粉を振り撒けばそれくらいの事は容易いでしょう」


 ハサミ一つ取っても日常生活にはとても便利な道具だが、使い方を誤れば人に大怪我を負わせることだって出来る。成る程、確かに菜月には精霊と共に暮らすための正しい知識が足りていないようだ。シーリーが例外、と言ったのは大精霊である彼が菜月によってコントロールされる事などありえないからだろう。


「理解できました。確かに正しい知識は必要ですね。では保護というのは?」

「精霊とコンタクトを取れる者が間接的に大きな力を持つことになるというのはお分かりいただけたかと思います。その上でそういった者は狙われ・悪用される危険と常に隣り合わせなのです」

「だから保護を?」

「えぇ。勿論当人が国家や人道に反する行動に走らない為の監視の役割も含んでいますが」

「成る程……」


 自身に力がなくても、精霊に力を借りれば大きな被害を生む事だって出来る。それくらい精霊が見え、話ができると言うのは大変な事なのだ。


「ご心配なさらずとも神殿に隔離するわけではありません。必要な知識を身につけた後は、住所と職業を神殿に申告すれば元の生活に戻る事ができます。その後は定期的に神殿の使者が様子を見に来るくらいです。これも特に問題がなければ一年に一度の訪問で済みます」

「そうですか」


 菜月の感覚からすれば、運転免許証を取りに行くようなものかもしれない。これで神殿に行く事への抵抗はなくなったが、一つだけ問題がある。


「あの……」

「どうかしましたか」

「いえ、ご覧の通り私の仕事は山小屋の管理ですから。ここを空ける事が出来ないんです」

『その通り。それに必要な事があれば我が教える。ナツキが神殿に行く必要などない』


 それまで黙って二人のやり取りを聞いていたシーリーが再びランスロットに噛み付く。それに対してランスロットはまるで生徒の不勉強を指摘する教師のような口調で言葉を返した。


「今の今までそれを怠っていたのは一体誰です?」

『これからやれば良いのであろう!!』

「可視者の教育・保護は国で定められた法律です。例外は認められません」

『ヒトの法など関係ない』

「貴方には、でしょう。ナツキさんは我々と同じクレイアドアで生活する国民です。ならば法に従って貰わねばなりません」


 全て菜月の為だ、と神殿への同伴を求めるランスロット。その程度我が教えるから必要ない、と菜月を離そうとしないシーリー。永遠に続きそうな問答にどうしたものかと頭を悩ませていた菜月は、先程と状況が逆転してしまったタクトと目が合った。彼は同情の意を表して苦笑する。


「ナツキはどうしたい?」


 その一言に、二人の言い争いがピタリと止まる。どんなに二人が言い争った所で、重要なのは菜月の意思。タクトの言葉はそのことをシーリーとランスロットの二人、そして菜月自身に気づかせてくれた。


「彼の言う通り、一度神殿を訪れる事は必要だと思う。けど森番は私の仕事よ。それを放棄するわけにはいかないわ」


 菜月の答えを聞いてそうだろうそうだろう、と横柄に頷くシーリー。しかしランスロットも黙ってはいない。


「ですが、冬の間は立ち入り禁止ですよね?」

「えぇ。地元の人は立ち入り禁止になることを知っているし、旅行者でも冬にここまで近付く人は居ませんけど」

「昨年の冬に森へ入ろうとした者は?」

「確か……いない筈です」

「ならば、冬の間なら此処を空けても問題は無いのでは?」


 まぁ、確かに。小さな小屋だから、管理と言っても屋根の雪下ろしをたまに町の誰かが引き受けてくれれば問題は無い。シーリーは猛反対したが、結局は菜月が頷いてしまったのでそれ以上はどうすることもできず、話し合いは終息したのだった。



 山小屋を開けるまでに三日間の猶予を貰った。その間ランスロットとローエンの二人は町の宿屋に泊まるらしい。流石に三人も泊める余裕はないし、菜月の準備を待って王都まで同伴してくれると言うのだから有り難い。

 タクトも彼らと宿を共にするつもりだったが、シーリーがそれを止めた。まだ話し足りないそうだ。久しぶりに会ったのだからそれも仕方ないだろう。二人は随分仲が良いらしい。

 それからはとにかく忙しかった。まず宿を取りに行くランスロット達と共に町へ行き、彼らと別れた後は町長の自宅へ赴き事情を話した。神殿の決まりについては町の人達も知っているようで、それならば仕方ないと山小屋の管理を請け負ってくれた。ついでに必要な物を買い出し。あまり遠出をしたことがないので何を用意すれば良いのか迷う菜月に、荷物持ちにとついて来てくれたタクトがあれこれとアドバイスをくれた。流石旅慣れているだけあって心強い。菜月は彼の助言に従い必要な物を買い求め、陽が傾く前にシーリーが留守番している山小屋へと帰った。


 長期間留守にするとあって、やる事は買出しだけでは終わらない。山小屋の中の掃除と整理は明日にやると決め、菜月は残った食材をこの三日間で出来るだけ使い切るメニューを考えて食事を用意した。長期保存の利く食材は残しても良いが、使いきれない分は町の人達へ譲れば良い。神殿で過ごすのは二ヶ月ほどになるようだから、食料庫は空にして行った方が良いかもしれない。

 作ったシチューをスプーンで掬いながらそんなことを考えていたら、タクトが心配そうに菜月の顔を覗きこんできた。どうやらさっきからちっとも食事が進んでいなかったようだ。


「大丈夫か?」

「え? あぁ、ごめんなさい。明日やる事を考えるのに夢中になっていたわ」

「……無理してない?」

「無理?」

「本当に神殿へ行っても良かったのか?」


 質問の意味よりも真剣な表情で問われたことに菜月は首を傾げる。神殿へ行くことは悪い事ではない筈なのにどうしてそんなことを聞くのだろう。


「確かに此処を離れるのは一苦労だけど、それでも二月もすれば戻って来られるのでしょう? 神殿で精霊について学ぶ事が必要なのは私も納得しているし、嫌だとは思っていないわ」

「そっか……」


 タクトがほっと息を吐く。その表情を見て、ピンとくるものがあった。


「もしかして責任感じてる?」

「まぁ。ランス達がここに来たのはそもそも俺のせいだし」


 やはり。菜月が山小屋を離れる原因を作ったのは自分だと思っているらしい。選択肢は与えられていた。選んだのは菜月自身だと言うのに、タクトは案外ネガティブ思考だ。


「私が自分で決めた事に責任感じられても困るわ」

「あー、そうか。うん。ごめん」

「…………」


 本当に分かっているのだろうか。こうも簡単に謝られると、それはそれで違う気がしてしまうのは自分の思考が捻くれているから?


「あなたって簡単に騙されやすそうよね」

「え?」


 例えば、肩がぶつかったと因縁つけてきた相手に慰謝料を払う事はしなくても、本気で心配して病院まで連れて行くぐらいはしてしまいそうだ。


「今まで詐欺とかあったことない?」

「いや、無いと思うけど……」


 少しでも自分に関わったものに対して何がしかの責任を感じ、放っておけないのは彼がお人良しだからなのか。それとも気が弱いのか。いや、やっぱり後者は違う気がする。気の弱い人間が勇者とまで言われるほどの偉業を達成する事なんて出来る筈が無い。ということはお人良しの方か。詐欺にあったことが無いと言うのも、本人がそうと気付いていないだけなのかも。益々心配だ。

 そんなおせっかいな事を勝手にアレコレ考えていたら、食事中だというのにタクトがふあっと大きな欠伸をした。


「疲れているみたいね。昨日もよく寝てたし」

「あー、いや……」

「荷物持ちに付き合わせちゃってごめんなさいね。お湯を用意しておくから、食べ終わったら体を拭いて直ぐに寝るといいわ」

「……うん。ありがとう」


 歯切れの悪い返事なのは眠いからだろうか。菜月も余計な事を考えるのは止めて、さっさと食事を済ませる事にした。



 周囲に森しかない山小屋の夜は静かだ。動物の足音も虫の鳴き声もしない冬は特に。

 明日一日を山小屋の荷物整理と掃除に当てる事にした菜月は、タクト同様早くに就寝準備を始めていた。街ではまだ明りが煌々と灯っている時間だが、早起きしてやる事は沢山ある。夜着に着替えて自室を照らしていたランプを吹き消そうとしたその時、小さな姿が現れた。


「シーリー。どうしたの?」


 気まぐれに現れるシーリーはいつも神出鬼没だ。だがいつもより早いとは言え、寝る前のこんな時刻に顔を見せるのは珍しい。それに見慣れた幼い子供のような表情は、今はなりを潜めている。


一階したに来てくれ』

「え……、うん」


 一階という事はタクトに用事だろうか。けれど彼はすでに眠りの中だ。随分疲れているようだから起こすのは忍びない。とりあえずシーリーと共に静かに一階へ下りると、控えめな暖炉の火に照らされて、タクトの寝顔が見える。

 シーリーはそんな彼の顔を覗きこむように、その傍に立った。


「シーリー?」

『ナツキ、頼みがある』

「何?」

『コヤツを助けてやってはくれないか?』

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