掌の大きさ
撤収するかどうか、それは約束に含まれてはいない。
わからない限りは予断を許さない。俺たちは臨戦態勢のまま指揮官殿の言葉を聞いていた。
「ああいやそんな警戒しないで下さいよ。これはわが主のちょっとした小手試しみたいなものですから、皆さんの視線も痛いですし撤収しますよ? はい、みんな集合、帰りますよ」
「いいのかい、占領した土地そんな簡単に返して」
撤収の準備のため、ドラゴンマスターの解放や、村におかれた備品などを回収し始めるインダストの兵士たち。だが村の完全な解放にはまだ少しかかりそうだ。
俺たちはその合間に相手の策や移動手段を探るため指揮官殿にいろいろと尋ねてみる。
「占領ったって、補給線は繋がってはないですし、寡兵ですからねえ」
指揮官殿はポリポリと頭をかきながら答える。
「あ、人質は隠してただけで村にいますよ、逃がして、もし、あなた方と遭遇でもしてたら面倒ですしね、ドラゴンマスター殿と同様、解放しておきましたから探しに行く必要はありません」
「まぁ、手堅くそうしますよね」
ちゃっかりしてる。じゃあやっぱりあれもばれてるかな…
「……機械杖、盗もうとしてるツィ様の躾をしっかりなさるようガイア殿にお伝えください」
ばれてら。
「そのうちに会いまみえるとおっしゃってましたが、またわれわれは出会うと?」
「私がそうかはわかりませんが、間違いなく出会うでしょうね」
居場所をサーチする手段がある、または要所がわかっているということか…?
「ツィスィの王は無事でしょうか」
「ああ、それは……ぐっ」
指揮官殿が苦しそうに動きを止める。
「どうされました?」
「いえ、ちょっと言っては駄目なことらしく、お仕置きが入りました、それは……白騎士殿から直接お伺いになってください。さて、おしゃべりはこれぐらいに、われらの船もまいりましたし」
見れば、空に帆のないバトルシップ?が浮いていたただ違うのは船体に施された特殊な文様。
しかしインダスト時代に俺が見たことのある空飛ぶ乗り物と違い、ずいぶんと頑丈そうだ。
「なんですこれは」
「我らが主の開発した船です、バレットとでもお呼びください」
ツィが会話に割り込んでくる。
「これの装飾は竜魔術言語じゃな?」
「はい、その通りです」
指揮官殿はあっさりとこたえる。わかる人にはすぐわかるらしい。
「つまり高位ドラゴン族の中にインダストに通ずる者がおる、ということじゃな?」
「そうかもしれません」
指揮官殿は嬉しそうに答える。
「……そうか」
「激昂するかと思いましたが、案外冷静ですね」
指揮官殿はいいんですよ、情報あるかもしれませんよ、と聞かれるのを心待ちにしてそわそわしている。だがツィはいたって冷静で考え事をするようにしてその場でバレットとやらを見ている。
「機械と竜言語の応用はこれまで手を付けられてなかったですからね」
文明的に相互に作用させると危険なものとして、ツィスィ側からは使わないように取り決めてきたのだ。
「それをあえて破ったものがいる。今回の戦争、インダスト側だけでなく、内からも警戒せねばなりません……厄介なことになりそうですね」
「竜言語っつーと、元手無しで成果の出せる奇跡の魔法…だっけか」
「ああ、そんなところだ」
俺が尋ねるとガイアがそう答えてくれた。確かにそいつは強力そうだ。というか、今の俺が恩恵にあずかってるのもそれの一部か。
そうこう言っている間に、インダストの兵士の大半が着地したバレットに乗り込み終えていた。そして指揮官殿も船上からこちらに向けて挨拶してきている。
「さてはて、それぐらいですかね、今の皆様とお話しできることは……では、ご武運を祈ります」
バレットが音もなく浮き上がると、ゆっくりと高度を上げ、そしてインダストの方へ向けて飛んでいった。
そして、完全にバレットが遠くへ行くと、静まり返っていた村からわっと人があふれ出てくる。
「怪我人の手当てを!」
「ドラゴン殿の治癒を!」
「お三方の治療を!」
どこにこんなに人がいたのか、女子供に老人、総動員だ。
そういえばけが人の手当てねぇ。
どてっぱらに穴が開いてたの忘れてた、ちょっとツィにヒーリング頼むか。
「ツィ、ちょっとヒーリングを頼むー、つぁー思い出すと痛み始めるわ」
村人が持ってきてくれた布に横たわりながら、俺はドラゴンスケイルを脱ぐ。
そこにはドラゴンの爪痕がしっかりと残され……実にグロい傷跡が残されていた。
「ちょ、ちょっと、何こんな大怪我おってるのよ」
「いや、しくった」
「しくったじゃないわよ!」
怒るツィにヒーリングの光をぐいぐいと押し付けられる。
そして、手をぐっと握られて、痛かったでしょうに頑張ったわね。と抱擁された。
「へへへ、ありがとうよ……」
「当たり所が悪ければ真っ二つだったぞ、これは」
「すまんガイア、だがこうしなければ……村人は確実にやられていた」
しかし、ガイアはため息をつきながらこういってきた。
「私たちはツィスィを、ひいては世界全体を救う旅をしている。今後同じようなことがあったときに、一人のために命を危険にさらしてみろ。そのような行為は決して褒めん」
「……」
「まぁ運命というものがあるのなら、世界を救うものに死をもたらしはしないとは思うがな。心構えだけは頼む。自分の命を粗末にするな。」
「わかった」
相変わらず手厳しい、だが、俺はいまだ自分の命は投げ出すものとしか思えていない……
そこに、ハートの村の村長らがやってきて、感謝の精いっぱいの感謝の言葉を述べるとともに、今日はここで休んでいかれてはどうか、戦闘で疲れているでしょうしという提案をしてきた。
俺たちは奴らがどのようにドラゴンとドラゴンマスターを制圧したか知りたかったしそれを受けることとした、何よりも温かいベッドと温かい飯が恋しかった。