接触
街道を走って数日、ドラゴンの気配が強いからか特に魔物とも獣とも遭遇せず順調に旅を進めてきている。だが、あと1,2日もすればインダストとの交戦地域に入る……
「うちの国も随分と変わったからな、産業魔法革命っつって、新型のゴーレムや軍備を配備してるところもある。それらができてさえも、ツィスィには攻め込んでこなかったってのにいったい何が理由で攻め込んできたんだろうな」
「まったくわからん、予言者殿もさっぱりだというし」
ガイアが答える、ツィは一人思案にふけっている。
「ツィもわからないか」
「……っそ、そうね、わからないわ」
俺たちの話に対して、慌てて話に応じるツィ。何か心当たりがあるか、別に悩みがあるって感じだが。
「もうすぐハートという村に着くわ、そこで水などを補給しましょう」
話を変えるためか、ツィが提案してくる。
これから長い期間共に旅をするのに人様の事情を踏みにじって、仲を険悪にするつもりがない俺と、おそらく同じような考えであろうガイアも提案にのった。
ハート村の近くの丘にたどり着くと、そこから見える村からただならぬ雰囲気が発せられていた。
戦闘の跡こそほぼないが重苦しい空気が村を包み、なぜかインダストの旗が掲げられている。
「そんな、もうここまで奴らの手が届いていたの」
ツィが悲壮な表情を浮かべる。ガイアがおのれと歯噛みをし、俺は異常さに気をやる。
「なぁ、ツィスィの兵士は…?」
「ガイア」
ツィがガイアに銘じて戦力を調べさせる。
「はい、この村には純粋種のドラゴンが一匹住み着いていて、姿は見えますが、動きは一切していませんね、目の前のインダスト兵に対しての対抗も試みていないようです。あとはドラゴンマスターと十数名の兵士がいるはずですが、それらは姿が見えませんね」
「ドラゴンを封じる方法、本当にあるのか…?」
俺は思案し、己のドラゴンチューナーを見やる、それだと、これらをもってしても、有利には戦えないかもしれない。
「あっ、動きがありました」
ガイアが己の目の良さを利用して、詳細に動きを伝えてきてくれる。
「どうやら、ドラゴンマスターどのは人質に取られ、ドラゴンが自在に動かされていますね。兵士が十数人と、……広場に並べられています」
「ああ、指揮系統が人質に取られているのか」
俺はそこまではよく見えないが確かにドラゴンと人の粒が広場に集まっているのはわかる。
「まさか公開処刑か?」
俺はあり得る可能性について尋ねる。ドラゴンに自国の兵士を殺させて、とか悪趣味な見世物かもしれないとかんがえたからだ。
「かもしれません……」
ガイアも同様に、方法については不明だが、広場に並べられ、さらにインダストらしき兵士がその周りを囲み始めたという状況を見ていると、そう答える。
ツィはそれを聞くや否や。
「突撃、突撃しよう!」
と、そう提案してくる。ちくしょう、やっぱりそうしてきたか! ガイアも予見していたかのように苦笑いを浮かべる。
「だが今俺たちが突撃しに行ったら人質が人質に取られたまま動くな! ってされるのが関の山だぜ?」
「ではどうしろというのだ」
「私たちも人質になってしまってはいかがでしょう、相手も姫が人質になれば扱いに困るのは見えます、その混乱に乗じて、人質を解放しましょう、ドラゴンマスター殿さえ解放すれば、あとは村人が人質に取られていても、戦力的にはこちらのが圧倒的に優勢、容赦なく殲滅すればどうなるか分かっているだろう。と交渉を持ち掛けるのみです」
俺たちは軽く作戦会議を済ませると、では何も知らずに街道を進んでいこうとして、拿捕されるという路線で、ということで話の決着はついた。
そして、何も知らないふりをして、俺たちはハートの村へとに進んでいく。
「止まれ、止まれー!」
村の両脇から伏せっていたインダストの兵士がこちらにバチバチと電撃を放つ魔槍を向けてくる。
「な、なんですか!?」
ツィと人に戻ったガイアは白々しくキャキャー悲鳴をあげている。
ガイアあんたはやめとけ。もう27だろ。
「インダストの……兵士さん!?」
俺は一応抵抗しようと剣に手をかけるふりをし……電撃の槍で撃たれて、気絶したマネをする。
ペンタグラムとスケイルに感謝。
さらにツィとガイアにも槍を向ける兵士に向かって、ツィが叫ぶ。
「無礼な! わらわを誰だと思っておる。ツィスィ国王女、ツィなるぞ!」
「同じく、緑騎士ガイア!」
動揺がはしるインダスト軍兵士、ツィとガイアといえば、インダストの現在の最高の敵にして、最高の貴賓。
下手な扱いはできない。
「よもやこのようなところにそのような方がいらっしゃるはずが…」
だが事実だとしたら? そのような思考をもつと人間はみな混乱をする。
そうした中、インダストの兵士が指揮官らしき人物を連れてやってくる。
深い帽子をかぶっていて、襟の高い軍服を着ていて顔がよく確認できないが、光る眼差しが特徴的だ。身長は俺と同じぐらい…だから180はあろうか。
指揮官は俺たちの顔を確認すると……
「間違いない、ツィ様と緑騎士殿だ、丁重におもてなしを、丁重に、ね」
だが、兵士たちの包囲は解けない。
捕える。という意味でのおもてなしととっているようだ。
「丁重におもてなしというのは魔槍を突きつけたまま囲むことか? ドラゴンになって突破してもよいのだぞ」
そういうガイアに周りを囲む兵士がひっ、と怯える。
だが、指揮官だけは調子を崩さない。不気味なほどに落ち着いている。
「それはやめていただきたいものですな、ことは穏便に進めましょう。とりあえず、村長の家で歓談でもいかがですかな」
指揮官らしき人物の動きを見るに、竜を封印するような装置はあるのかもしれない、慎重に動かねば。
だが、今は友好的に話を持ち掛けてくる指揮官殿の話に乗るのが得策だろう。
俺はチューナーでツィとガイアに語り掛ける。
(とりあえず現在のインダストの情勢について知るチャンスだ、受けておこう)
(了解)
(わかった)
村長の家は小奇麗にまとまっているが、それでも田舎といった感じのたたずまいで、3人(俺は気絶したふりをしてガイアに抱えてもらっていってベッドで横になっているが)と指揮官のおつきの軍人2名が入ると少し手狭さを感じた。
「それで、なぜ貴君らの軍勢がすでにここにいらっしゃる。もうここまでの街、砦を踏破してきたのか」
「お答えしかねます」
ここまでの街には要害、砦がいくつも配置されている、そこが突破されたという報告は数日前までにはなされていなかった。まるで幽霊のように彼らは現れたのだ。
「まぁ当然そうだろうな」
圧倒的優位に立っている状態に教えてくれればラッキー、などという考えもあったのだが、やはり教えてはくれなかった。
「無礼を承知でお尋ねしたいのですが、なぜツィ様がしかも3人でこんな場所にいらっしゃるのです?」
そして今度は彼らが訪ねてきた。至極当然の問いかけである。
「お答えしかねる」
出された紅茶に毒などが入っていてもツィには通用しないが、どうやら味的にまずかったらしい、不機嫌そうにツィが答える。もちろん、こちらもこたえられないのは当たり前だ。
「まぁ当然そうでしょうね、しかし我々は知っていますよ、世界喰らい、でしょう?」
「……!」
指揮官は笑いながら答える。なぜ機密がこんなにもはやくばれているのだ。と驚く我らの衝撃をさぞおもしろげに見透かすかのように。
「ここを通ることはわかっておりました、だから先回りをして、こんな余興を作ったのですよ」
指揮官が部下に命じてドアを開くと見える広場に、ハートの兵士らと、ドラゴン、ドラゴンマスターがいる。
「我々はドラゴンマスター殿の家族をお預かりしております。ドラゴンマスター殿に命令に従わないならご家族は殺すという風にお伝えしてね。ツィ殿がご一緒に来てくださるなら、解放いたしますが、もしご一緒に来てくださらないなら……お互いに殺しあってもらいます。ただ、とある方からの伝言でそんな手だけで終わっちゃうとつまらないから、あなたたちなりの解決方法を見せてくれれば、今は見逃してあげる、とのことです」
ツィとガイアが歯噛みする。完全に相手の掌の上だ。裏切り者がいるのか、それともインダストが何十手も先を行ってるのか、わからないが、とにかくまずい。
「とある方?」
ツィが尋ねるが、指揮官は黙して語らない。
「実行時刻は本日の夕暮れ、空が血に染まりし時です。それまで村はご自由に出歩いてください」
そういって、村長の家から出ていこうとする指揮官を相手に、隙だらけだと判断した俺は剣の魔力を解き放つと、木の戸から大地の刃を突き出し、指揮官の首を切断しようと刃を突き付ける。
「おや、おやおや! これはいったい何事です!?」
驚く指揮官、だがなぜか緊迫感がない。が、一度やった以上は宣言しておこう。
「そうか、ご自由にしていいんだな? すぐにやめる命令を出せ、さもなくばこのまま、たたき切る」
俺がそう伝えると、指揮官は唐突に笑い出す。
「そうですね、まずは力による訴えかけですよね。ですが私にはそれは通用しないんですよ」
言い放つと、首が切断されることを恐れず、自ら刃に突っ込んでいく、ごとり、と落ちる頭。
……その頭からは火花が散っていた。
そして、突然に爆発する。
「私、頭は使いたくない性分でして」
やつの体から声が響き渡る。どういう原理だ?
「最近生まれた機械人形というものどもです、よろしくお願いします」
インダストはこんなものまで、人造人間? まで作り出していたのか!
驚く俺たちに、指揮官殿の表情は全く分からないが、愉快そうに一礼し、体はそのまま去って行った。
「……とりあえず生きてるな、指揮官」
俺は妙なものを見た、というか人間なのか、あれ、というものを見たという感じで驚く。
「うん……って。とりあえず、夕方までにドラゴンマスター殿の家族を救わないとうちの兵士が殺されちゃう!」
ツィも驚いてはいるが、それよりも慌てている。
「そうです、急がないと、あと2時間もないですよ……私たちなりの解決方法、というのが用意されてるようですしそれさえ見つけられれば!」
ガイアも急いている。この村は決して広くない、村人に聞いてもよいなら簡単に見つけられるかもしれない。
「しかし、俺たちなりの解決法ってなんだ……?」
だが、俺はこの部分が気になって気になって仕方がなかった。何かの裏道で解決してね、という風に言ってるようにしか取れないのだが。
「とりあえず、今は捕まえる意思はないみたいだ、分散して聞いて回って、1時間したらいったん合流しよう!」
だが、ひとまずはマスター殿の家族の探索だ。戦場での緊急の判断に慣れているガイアが案を出してくる。俺たちはそれに乗ることにして。策は決まった。
「わかった」
「うん!」