想いのやり
女の想い、願いってのに男は弱いものだ。それが愛する人のものであったなら世界を敵に回してでも叶えてやりたくなるだろう。
「それをダイルの体に直接打ち込んで、何度だって打ち込んで、反響させて、無理やり思い出させてやる」
「なんとまぁこっぱずかしい……わかったよ、やってやる」
カレンもやる気になってくれたようだ。すぐさまスィが爪を抜いて、ツィが止血を行う。
そのまま、精神を共有しようとするスィなのだが、どうにもうまくいかないようだ。
「さすがに思い出の分量が多すぎて、すぐには吸収しきれませんわ、時間を稼いでください!」
「騎士としてずいぶん長くやってきたからな、今合わさっているスィ殿の力しか使えるようになってはいないが、加勢しよう」
先輩のドラゴンの騎士の助勢か、それはありがたい。
ダイルが正面にあるものをおおよそ破壊しつくし、裏手、騎手側に振り向くまでは時間的な余裕があるかと思われる。ただそれは、おもむろに星を破壊して回っているからだ。
「いいか、本来のダイルの破壊力はこんなものではない、一度でも痛手を与えて暴れまわらせてみろ、この空間が破壊されるのも時間の問題となる、最初の一撃で思い出してくれるかが勝負になる」
「それでだめだったら?」
カレンの注意に俺が問いかける。
「悲しいなぁ……まぁ、生きてる星を犠牲に戦うか、すべてを守りマナを急速に失いながらさらにやることになる」
(それは面倒……認識能力の限界を超えてるわ。私があえてつかまって、すべてに耐えながら打ち込み続けることのほうがシンプルでいいわね)
ツィがぎりぎりのラインに立たされることになるわけか、それは避けたい。
そうこうしてるうちにも、正面側の物体がどんどん壊されていく。精神の共有完了はまだだろうか。
「人の時代のものはとっくに完了してますわ。ただ、騎士となってからのものが私にも認識することに抵抗があるものもあって……カレンさん、これらも打ち込んだほうがいいんですの?」
「打ち込むなら今お前たちに負けた私のすべてまで、だな」
「わかりました、ならあと数分ください!」
長いな……!
そしてタイミングの悪いことに。
「なぁツィ、気が付いてるか、そろそろエサ探して動き出すぜ」
(正面で手ごろなエサがなくなった。という感じの挙動見せたわね)
「振り向いたら同じようにこちらも後ろに張り付いて移動、それを繰り返していくぞ」
そっとそっと、ダイルは体が大きいから動く挙動がすぐわかる。
俺たちはそれを繰り返して影のように張り付いていく。
ただちょっと予想と違ったのは、ゆっくり、だが体を直接動かして移動したこと、バリアもなしに。
波が生まれ止まった時空がかき乱される。
その波が、こちらの体に当たり、存在に……気が付かれ……ない。
ただの障害物の一つとして認識されたようだが、いつ破壊の対象とされてもおかしくない状況となったということでもあろうか?
とりあえず守りを固めながら破壊する様子を見守る……
予想通り、こちらにもブレスを吐いてきた!
(緩い速度のブレス、ただあたると分解されるみたいね)
「何それ怖い!」
(とりあえず、気が付かれてないことを祈りつつ、射程より外に逃げるわ)
軽くバックをしつつ、俺とツィはダイルの挙動を見守る。
この空間の中で動くということに相手が違和感を覚えるかどうかだが、どうやら理性を失っている状態では違和感を覚えなかったらしい。ダイルはさらにブレスをまき散らすが、今度はこちらを狙ってはこない。
(剣に私のマナを装填してください、準備ができましたわ)
スィが俺とカレンに告げる、準備ができたらしい。打ち込むのはもちろん心があるとするなら、脳。
「さて、一丁やってやりますか、最大出力の放出で一発ずつ?」
「そうだな、ツィどのに何とか頭まで接近してもらってそこから」
(わかった、じゃあダイルがブレスをはきはじめたら真上にワープするから、そこから狙ってあげて)
そして、次にダイルが破壊を始めた瞬間……おれたちは一気にとんだ。
「届いてくれよ、カレンの声!」
「頼んだよ、奇跡があるとするなら!」
「私からも、響いて!」
一気に突き刺さる3本の大槍。
ぴたり、と動きが止まるダイル。
(通じた!?)
俺たちが叫ぶ。
ダイルがそっと、手の一対をこちらに差しだし、カレンへと手を伸ばす。
カレンも手を伸ばし、それに応じようとする。
だが、手と手がつながろうとした瞬間、頭を抱え、のたうち回るようにダイルは苦悩する。
(危ない!)
ツィが何かの気配を感じてすぐさまテレポートする。
出ていった先はブラックホール手前のソラの空間。
「なんで出るのよ。ダイルはわかってくれたじゃない!」
(一瞬ね。次にやろうとしたのは混乱したうえでの大破壊よ!)
ブラックホールが、一瞬で崩壊する。そして出てくるダイルの巨体。
(サト、カレン、スィ私たちの情報もぶつけなさい、今を生きるものの情報も! 私の体が持つ間に!)
そういうや否や、ツィはダイルの方向へ向かって一気に突っ込んでいく。
(姉さま、なんで自らダイルに向かっていくのです!)
(私が消費を無視して抑え込むからその間にありったけ注ぎ込みなさい、想いを!)
ツィがバリアで自らとダイルを包み込む。お互いにタイマンを続ける形を維持するために。
「……わかった、カレン、呆然としてんな、今度はこっちの情報だ!」
ダイルとツィ、魔力自体の含有量はそう大差はない。ただ耐え続けるだけなら少しの間は持つらしい。
俺はスィから魔力の供給を受けては投げ、受けては投げ、それをただひたすら繰り返す。
ツィは眼前で爪の牙の猛攻を受けている。はやく、もっとはやく、なんとかしないと!
「くそっ、何とかもう一度さっきみたいに脳みそを狙いたいが、抑え込まれたような状態ではつらいか!?」
俺の体もツィとの感覚共有で動かすのが精いっぱいだ。
カレンもなんとか剣を振ってくれてるがさっきので駄目だったのは相当にショックなのか鋭気に欠ける。
このままではもたない。
このままでは……
「まって、未知の情報が流れてきてます!」
(私にも、魔力が流れ込んでくる)
ツィとスィから報告が入ってくる。
こんな時に一体何事だってんだ。
(宇宙……? 意志……? いけない、私の脳がパンクしそう。お姉さま、体を貸して)
(これは、応援よ、多様なだけで、色を見るとわかるわ、体が満たされていく)
(これでつくりましょう、今の、すべてのもののやり、もちろんカレンさんも入った…これならきっと、ダイルさんも)
心なしか、体が軽くなった気がする。
ツィの魔力が回復したからか?
そしてスィから魔力をもらう、すべてのもののこもったやりのもと。
「あたしにも、力が入ってくる、破壊して回ってた張本人だってのに」
(単純な悪人、じゃないからでしょ、あなたが勝手に悪ぶってただけで)
カレンにも力が込められたようで驚いているが、ツィはさも当然のごとく語る。
「さぁ、今度こそ、いっけぇ!」
「あなた、これを伝えてみせるよ……」
「響いて!」
ダイルのハートを狙って、今度は三者三様に打ち込む!
まばゆい光があたりを包み込む。
……カレン?
前方から優しげな声が聞こえてくる、これは誰のものだろうか?
「ダイル、こんどこそ本当に目を覚ましてくれたのかい?」
目の前には青年の姿となった誰かが宙に浮いていた。
「うん、全部思い出した、いや、見せてもらったよ……」
「ダイル……」
カレンはフルプレートのヘルムを外すと、きれいな金髪のミドルヘアをなびかせ、ダイルに近づこうとツ
ィを軽く蹴る。
「辛い思いをさせたね」
「いいえ、あなたこそ、こんなことに巻き込んでしまってごめんなさい」
謝るダイルに、カレンは涙をこぼして謝る。
(なんか俺たちお邪魔じゃね)
(かもね)
(かもしれません)




