滅びの印章
本日は決戦となる日、テールナ50階層に俺とツィ、スィが集い最後の準備を行う。
晴天に太陽がまぶしく、俺たちの勝利を約束してくれているようで縁起のよいことだ。
程よい大きさに竜化したツィに俺とスィの体を預けると、俺たちは一気は大空に向けて羽ばたいた。
テールナの城壁がみるみる小さくなっていき、山、海、平原……あらゆるものが小さく見える高度を俺たちはゆっくりとゆっくりと飛んでいく。
まだ実践慣れしてはいないので慣らしをしつつ、風景を楽しむ余裕を持てるぐらいの精神をもって、お互いの精神のブレを確認しつつ飛ぶ。
ツィの龍となった姿はあまねくものすべてを受け入れるような透明性を保っており、一見すると鏡面のような皮膚を持ち、大きさはどれぐらいまで大きくなれるかわからないぐらいに自在に変化できる。
そして4対の翼をもっている。俺たちはその上に座っているが、大きさが自在に変化する以上鞍などは用意できない。
そのためのドラゴンスケイルチューナー、ブーツとアームであり、これで張り付く形となる。
(バリアワープを試すよ)
安全のためか、一応テールナから遠く離れたあたりでツィが俺たちにワープの実行を提言してくる。
その名の通り周囲に衝撃波を生まずに情報、精神を維持しつつワープする魔術である。
星サイズの物体がワープすればそれだけで大惨事になるが、おそらく基本かつ、戦闘時には必須の戦闘技術となるだろうから、実験しておくのである。おそらくこれ「だけで」で祠につくはずだ。スィがいるおかげで俺も精神を崩さずに済む。
(では、カウントを開始するわ、それぞれ、状態の変化に注意してね、3,2,1……)
──
一気に見える風景が青く染まったものとなる、これは……海か、周辺に外敵の気配はなし、位置は?
(お姉さま、ありましたわ西に見える峠の……世界喰らいの祠です!)
スィが視界の端に位置する一端を注視するように叫ぶ。確かに、かすかに見える聖堂のようなものがある。
(着陸するよ、衝撃に注意してね)
ツィがそう述べると、祠に向けて舵を切った。
近づくたびに、古びた、しかし、全く崩れていない、不気味さを感じさせる祠が詳細に見えてくる。
(入口、ドラゴンも入れそうなサイズ……だな。このまま入れってことか?)
目の前に立ってみると、不気味なほどに大きいその祠の口はぱっくりと開いている。中には世界喰らいをモチーフにしたのか、星を守護? いや、食べようとしている? ドラゴンの像が立っている。
(マナー的にはあえて別れてはいるべきだとは思いますわ。確か案内人がいらっしゃって……)
以前来たことのあるスィがどうやって入ったかを告げる。
「あ、いいですよ、そのままで、あなたたちの気持ちも目的ももう知ってますから」
不意に、祠の像の後ろからフルプレートの騎士が現れる。
(昨日の……!)
(知っているのサト?)
ツィが俺に問いかけてくるが、その返事を返す前にスィからも予想外の答えが返ってくる。
(私も知っていますわ、案内人さんです)
(案内人……?)
俺は訝しむ、ドラゴンの祠の案内人の騎士? つまりは。
「こんにちわ、先代のドラゴンの騎士、カレンと申します」
まぁ、そういった存在になるか。
(カレンさん、俺たちの目的を知っている。というのは万物を総べる世界喰らいのドラゴン、の騎士として納得がいきますが、なぜあなただけで俺たちに会いに)
「簡単なことです。世界喰らいになるのをやめるように警告するためです。ろくなことないですよ。スィ様の世界で見せてあげたでしょう。星々、世界がいかに救われないかを」
(それでも、私はこちらを選んできたの)
ツィは真っ向からカレンの言うことを否定する。俺も……ウヅキにやれることをやれと言われたならば、やってやりたい。自分はやりたい。
(私はお姉さまのために)
スィもただ、自らを姉のためにささげるという意志だけでここに立っている。
「はぁ……お熱い、お熱いねぇ、私たちも昔はそうだった、だけど、今じゃ死にそうな世界を介錯して回る死神で」
(死神?)
「世界はどうしようもなく腐っていく、欲が発展を加速し、発展が滅びを生み、滅びを制御したもののみがそれを乗り越えていくが、乗り越えられたものを私たちはほとんど見てこれなかった。腐れた世界で惨めに生きるものを私たちは人として認めない、だからそんな星を、砕いて回ってるのさ」
(潔癖主義にもほどがあるよ!?)
思わず叫んでしまうツィ、まったくだと俺も思う。
「砂だけの世界で蟻のように暮らすものを認めない、鉄だけの世界で機会に支配され暮らす物を人と認めない、ミュータント化して自らを人でなくした世界を私たちは認めない」
(おいおいおい、ちょっと待てよ、どれもまだ生きていこうっていう連中がいたんじゃ)
「そうかもね、でも見苦しいのよ、なんで正しい道を示して、繁栄の未来を示して、何度も何度も奇跡を起こしたのにそれを私欲で利用して都合のいいように利用されて間違った道に進んでいくの連中は、私たちは何度も手を貸したわ」
(……)
ツィとスィは黙って話を聞いている。何かを考えてやっているのだろうか。
「私たちと同等の存在もいたけど、ほとんどが見捨てていたわよ、そんな連中、だったら好きにやらせてもらってもいいじゃない」
(お前は神様にでもなったつもりか!?)
俺は思わず叫んでしまう。アリの一匹のうちにでも正しい心を持ったやつがいたかもしれないってのにこいつは。
「そういうつもりにでもならないとやってられないわよ、こんな仕事、あなたは覚悟できてるの?」
(ああ、お前みたいに投げ捨てたりしねえよ!)
「そう、じゃあ、示して見せてよ、その決意、私たちを超えてさ」
地面が揺れ動く。おそらく出てくるのだろうか、カレンのドラゴン、世界喰らいのドラゴンが。
(待て待て待って、戦いは宇宙の果て、できればブラックホール内部あたりで始めたいのだけど!)
ツィが慌てて、戦いの条件をつけはじめる。そうだった、こんなところでガチでやり始めたらいくら神経を使ってバリア張っても足りない。
「……ったく、しょうがないわね、じゃあ、ここでどう」
一瞬で周囲にさまざまな大きさのもの、モノ、モノが浮かぶ空間に投げ出される、慌ててスィとリンクし精神的に吹き飛ばされるのを防ぐ。
そして、あらわれる。カレンの相棒、今の、世界喰らいのドラゴン。
この空間上では大きさがよくわからないが、その手に惑星が握られていることからサイズはとんでもなく大きいと推測される。そして、その腕は4対ある。
(月サイズの俺たちとは大きさの桁が違うな)
俺は驚きとともにそのサイズに多少なりとも畏怖を感じてしまう。
(大丈夫、私たちの魔法も意志も技術も、そして信念も、大きさ、パワーだけで覆せないちからをもっているわ)
安心して、大丈夫よとツィは語り掛けてくる。
(この空間、意志で満ち溢れています。私の力で何か紡げないかしら)
スィもこの謎の空間に可能性を感じている、二人が何とかなるっていうのなら、それを信じて、俺も戦うだけだ。
「それじゃあ、戦う前に自己紹介、私の旦那のダイルよ……言葉はもう話せないから、私から紹介させてもらうわね。あんまりに悲しいことばかり続くから、ちょっと退行しちゃって……こっちの世界だともう何百万年かしら、そっちだとまだ数百年ってところなのにね」
(……すまん、そこまでの時間がたっていたなら、確かにもう荒れても仕方がない、だが……)
俺は破壊神と化している世界喰らいたちに世界は任せる気はない。
「そう、お互い譲れないものがあるわね」
カレンも旧式のドラゴンチューナーだろうか、それを構える。
来る!
お互いの初手はピンポイントのブラックホールであった。それが横なぎに発生し、それぞれの周囲の空間をえぐっていく。
だが、物質、すなわち時空を操る能力はお互いに持ってるようで、それに干渉を受けることなく、俺たちはそれをただ移動することで回避しあった。
(力技は分が悪い、エレメンタル砲を試すぞ)
(了解!)
ツィの口からブレスが放たれ、一転に収束し、ダイルに近づいていく、だが、ブラックホールの影響か、属性系の砲撃は歪みが激しく、一気に明後日の方向に捻じ曲がったかと思うと消えてしまう。
(だめか、とにかく接近を許すな、捕まると厄介だぞ)
とりあえず、場にマナをばら撒けたことをよしとし、俺たちは旋回する。
「ちょこまかと、逃げ回ってばかりで男らしくない……まぁ半分以上女か。ともかくこっちへおいでなさいよ」
重力場を大量にばらまき、俺たちを引き寄せようとするカレンとダイル。
「嫌だっての、そっちよったら熱い抱擁が待ってるんだろ!」
あえて声に出してツィの物質を断ち切る力を借りて重力場ごと、ドラゴンチューナーアローでカレンを狙い撃ちにしてみる。
「いけず」
軽々とはじかれる矢、まぁ通じないよな、先輩には……
(サト、後方!)
スィが慌てて俺を呼びつけてくる。後方…?
から、重力場にひかれた星々や隕石が加速度をつけて大量に迫ってきていた。
こっちもカレンの狙いか!?
(仕方ないわね!)
ツィは翼を羽ばたかせると一気に迫ってきた星々、隕石をその衝撃波で砕いていく。細かく砕かれた星々はバリアにはじかれぎゃしゃぎゃしゃぎゃしゃぎゃっしゃとものすごい音を立てている。
「うおおおおお!?」
だが、無傷である。さすがツィ、やる。と思ったのもつかの間。
今度はカレンとダイルの姿が見えなくなっている。
(本当の狙いはおそらくこれ、至近距離に接近するための布陣よ、油断しないで、すぐ来るわ)
(お姉さま、下方しっぽ方向、精神反応有)
(全速力で上昇…
俺たちの足をつかむ腕がある!
…捕まった!)