円環式典
現在のテールナの階層は50階層にも及ぶ、今回式典が行われるのはもとより水源が豊かで水鏡の儀式の執り行う場所を作りやすい1階である。
ここにアクアとスィが協力してが各方面からの姿と意識を投影して、式典は執り行われる。大城となったテールナではあるが、光源は竜魔術で満たされており、暗いということはない、むしろ式典ということでより多くの光源が運び込まれ少しまぶしいぐらいだ。
「各国の王、騎士、ジル、ピーターさん、アインさん…これだけの大人数と接続するとさすがに疲れるわね。スィ様、大丈夫ですか?」
アクアはこの時のために遠方から移動してきて場を管理してくれている。また戻っていくのも容易なアクアならではの強行軍だ。
「ええ、私は大丈夫、むしろ各王と接続できることのほうがいろいろと利益が……けふけふ」
ろくでもないこと考えてるんじゃないぞちびっこ。俺はスィを軽くこづいて前に出る。
「お久しぶりですね、アクアさん、本日はスケジュールと魔力をおしてきていただいてありがとうございます」
「いえいえ、大事な決戦の前の応援ですからね、私も力を入れて、がんばっちゃいます」
えいえいおー、と手を押し出すアクアさんは相変わらずでほっとさせられる。
「ところでツィ知りませんか、さっきから姿が見えなくて」
俺は先程から姿の見えないツィを探してみて回っている。
「ツィ様でしたら、裏でホワイティンと台本の確認です」
「ありがとうございます、いってみます」
多くの水鏡の前に設置された台へ登壇し裏手にはいると、俺の気配に気が付いたのかツィがこっちこっちと俺を呼んでくる。
「やはり私だけが壇上で告げても独善的で引き締まらないの、相棒である貴方にも何か言ってほしいわ」
「ええっ、俺が各国の王様の前でスピーチを!?」
そりゃある意味今までの中で一番緊張する展開だ。こんなことにはなれていない。やったこともないし、あったこともない目上の人に向かって何を話せばいいんだ。
「難しく考えないでありのままを話せばいいんじゃない?」
後ろからついてきたのか、スィがそう告げる。
「各国の王ともなれば、誰だって理想論を掲げたくはなるものよ、現実があるから掲げられないだけで、それをみんなで、全員で実現させるためにやってきますって話なんだから、目標としたいことをただ話せばいい」
スィはそういうが、俺の器じゃそう語るだけでも精一杯すぎる。
ツィはそうねぇ、とうなづいている。
「慣れてるお前らとは違うんだってば、初めての人間にスピーチを上手にやれなんて無茶言うなよ」
「違う違う、そういうことじゃなくて、そのままのあなたを出せばいい、それだけでいいのよ」
俺の顔に手を付けて、まっすぐに見つめたままツィはさとしてくれる。
「えーとつまり?」
「私とノリツッコミしてる時のあなたでいいの、それで思ったまま話してくれればいいようにするわ」
各国の王の前でそれでいいのか、とも思うが、それでいいのなら、進行次第ではできる気がしなくもない。
「わかった。ツィがそういうなら、それでいいならなんとかやってみる」
「ありがとね、サト」
ここでできないと言ったらドラゴンの騎士の、ツィスィの恥となってしまう。できらぁと言ってやってこそ男であろう。かなり恥ずかしいけど。
とりあえずいろいろと考えておかないとな。
なった理由、決意、ぐらいはちゃっきりきめたいな。
村の悲劇…は湿っぽくなるし長いから、故郷が戦争で亡くなって、それをなくすためになった。
かならずツィとスィを支えて、世界のために帰ってきます。ぐらいなもんでいいかな。うん。
そして、テールナの村の人々や、主にインダストの兵士たちからなる軍楽隊が会場に並び、リハーサルを行いはじめたころ、俺たちは衣装を整えられ始めた。
ホワイティンは司会らしく、騎士の時とは趣の違うタキシード姿に。
「それも似合うじゃないかホワイティンおじさま」
「いや、堅苦しくてどうにもな…」
俺はドラゴンの騎士らしく戦闘時の鎧をそのままに、といっても、ドラゴンスケイルだけだと見栄えが悪いので仰々しいマントと、煌びやかな剣の鞘が用意されているが。
「暑ぃ」
と思わず言いたくなるぐらいにはいらないマントだ。
「こういった式典ではしょうがないことだ、諦められい……馬子にも衣裳と申すし」
ホワイティンがよくあることよくあること、立派に見えて結構じゃないかと言ってくれる。待てよ、馬子にも衣裳って何か違うような。
とりあえず男性陣がサクッと衣装と化粧を終えたところで、女性陣の天幕に向かうと……
「アクアはいいわね、普段の衣装がこういった儀式向けで」
「ツィ様はあえて戦闘用の服ということで出られるということで、普段の衣装でしたから、それもらくでしたね」
二人は普段の衣装で出てくるらしい。
「ところでスィ様、それは……なぜプリンセスローブをがっちしと着込まれているので」
「だって、機械の体と翼、見られると色々と問題でしょう? だったら過剰装飾にするしかないじゃない」
「そうだけど、私たちよりはるかに目立ってるわね。ま、まぁ主役の一人だしいいのかしら」
スィ、いったいどんな衣装を着こんで……
そして十数分後、そろったメンバーで裏手に移動し、最終チェックと雑談をしていると、式典の時間が訪れる。
席から会場の様子をチェックしてみると、なかなかに荘厳な様子が完成している。
円状に配置された水鏡に映し出される、各国の首脳、映し出されるとともに、スィが精神リンクを行い会話を円滑に行えるように通訳を行う。
「この力は……スィとアクアか……いよいよ始まるのだな」
真っ先に発言したのはインダストにとらえられていたが、解放され、ツィスィに戻っていたディンさんだった。無事で何よりだが、スィが精神をつなげるのはつらい相手でもあろうな。
「そうですな、私たちをあやつっていた数奇な運命、いや、私たちが始めたことの結末がはじまろうとしているのです」
それに言葉を返したのはスィに精神操作を受けていたインダストの王。
他の王国の王は技術に驚くなり、久々の再開に挨拶をして回るなり、比較的現状を楽しんでいるようである。もちろん、この後起きることへの注目からか油断は絶やさないが。
村の人々には静粛にするように指示を飛ばしてあるが、こうも大きすぎる面子だとスケール感がわからず、逆に驚きがわかないようで静かなものである。
そして、その背後に黒、赤騎士、ガイア、ピーター、ジルたちが映し出されると、多少のざわめきがおきる。テールナの民にとってなじみの深い騎士という存在が映し出されたからである。
インダストの兵士たちが、そろって静粛にとボディランゲージで指示を飛ばす。
そして、司会のホワイティンが席から登壇し、司会進行の席につく。
「皆様お疲れさまです。これより、世界喰らいのドラゴン交代に伴う出征の儀を行いたいと思います。本日司会進行をさせて頂きます、ホワイティンと申します。よろしくお願い致します」
インダストの兵士を主体とした拍手が沸き起こる。賑やかし万歳。
「まずはじめに、ツィ様よりひとことご挨拶をいただきたいと思います。ツィ様、よろしくお願いします」
ツィが緩やかに、しかししなやかに登壇し、口上を述べる。
「本日はお忙しい中、我が国の出征の儀に立ち会っていただきありがとうございます。私ツィ感謝に堪えません。我が国、いえ、世界にとっての悲願、必ずや成し遂げてまいりますので、どうかよろしくお願いいたします」
そして、ツィがすこし横にずれる。
「続いて、決意表明となります。スィ様、サト様、お登壇願います」
ああ、出番か、緊張するなぁ。
席を立ち、スィに続いて視線の中央へと立っていく。
うわっ、水鏡越しでもすごい数と圧力の目力!
「私たちは争うことがなくともすむ世をつくるべく世界喰らいのドラゴンへとなりにまいります」
ツィがまず音頭をとる。
「それは私利私欲のためでなく、またツィスィのためでもなく、世界のため」
スィが続ける。
「すべての人のため、さらには物言わぬあらゆる万物のため」
俺が続ける。
「ありとあらゆる国を見守り続けることをここに誓います」
3人で唱和する。
本当は星々、なのだが、次元が大きいし、概念がと理解されないということで、こうなった。
覇道を行こうとする国家にとってはむずかゆい存在になろうとしてるのだろうが、プレゼンテーション映像として3人でのチューニング時の実力を見せたら黙って参加してくれた。
「決意表明。ありがとうございます。では、ご料理を用意いたしましたので、しばしご歓談ください」
そういうと、ツィとアクアの力を合わせて、水鏡で目の前に料理をテレポートさせる。さすがに王だけ引き寄せるのは警備的に問題があるのでNGだということだ。
俺たちも歓談の場に参加する。インダストの軍楽隊が奏でる優美な音楽とホワイティンの石造り、さらにアクアの水鏡たちが村の一角を一級の社交場に変えてくれている。
「久しぶりだな、ガイア、ピーター、ジル」
「本当にな、最終決戦、参加したかったぞ」
「私も……いえ、私はしたくないですけどね、とりあえず今は占領下にあるツィスィの対ドラゴンの部隊の司令官を任されて……いや、たしかに騎士や姫と知り合いってのは大きいのでしょうけどなんでそんなことに?」
「ヒヒン」
「大出世だな、とジルが言ってるぞ、よかったな。
次に呼び出されたのはディン国王様からだ。
「君がツィ、そしてスィを救ってくれた男か……」
「いえ、救うだなんて、大それたことは行っておりません。私はただなせることをなしただけです」
水鏡越しにも威厳を感じる、呼ばれるとは思っていたが、覚悟してても緊張するな。
「自らを投げ打って救おうとするもの、それは立派な英雄だ。実績が伴ったならさらにな」
「とんでもない」
「これまで無茶な問題を何度も片づけてきたという君になら頼めるな……娘たちを頼む。無事に帰ってきて
くれ。世界喰らいになれずともよい。頼んだぞ」
世界のことより親として生きるか、スィのこと、相当後悔してるのかね。
なんとか、してみるさ。
ツィとスィは……ああ、他の国の王にもつかまってら、こりゃ当分解放されないな。
黒騎士、と赤騎士、アクアは村人にもみくちゃにされてるし……
あ、でも俺もほかの国の王につかまったりしたくないし、陰に隠れて一人で飲んでおくかな。
「君はドラゴンの騎士の……」
……あ、どこぞの王様にでも捕まったか?
だが相手はどこかの竜の騎士風味のいでたちであった。性別は…わからない、鎧を着こんでいて。
「いやぁ、先ほどはご立派でした。理想に溢れていて」
「ありがとうございます」
「でも、本当に、それができるのかな」
「できます、ツィとスィ二人が力を合わせれば、俺が繋いでやります」
いぶかしむ様子の騎士殿に俺はむっとして力強く返してやる。
「ははは、ごめんごめん、じゃあ先輩としてアドバイス、目を瞑ることも必要だよ、物事にはね」
「……?」
思案してもわからず、何のことだ、と問おうとして視線を騎士に返そうとすると彼はいなくなっていた。
周囲を見回してみても、彼? はもういない…水鏡に映った影かもわからない。
「さて、お時間まであと少々、勝利を祈願し、締めの言葉をスィ姫様より頂戴して、締めといたしましょう。ツィ様、スィ様、サト様、勝利の祈願、そして締めのご挨拶をお願いいたします」
俺とツィとスィはそれぞれ剣、杖、爪を掲げる。
「必ずや勝利して、我らの世界を導かん!」
そして、目の前にセットされた俺の身長ほどもある大岩をたたき、3つに割る。
会場からはおお…と感嘆の言葉が漏れる。
そして、スィが締めの言葉を述べ始める。
「皆さま、ご歓談中恐れ入りますが、本日の出征の儀も、そろそろお開きにさせていただきたく存じます。皆様にはご多用の中、かくも大勢のご出席を賜り、誠にありがとうございました」
ホワイティンが終了を告げ、出征の儀が終わる。
「それではこれにて、出征の儀を終わります。皆様、どうかお気をつけてお帰りください」
「はー、つかれた、超疲れた!」
「疲れたね」
「疲れたわ、精神的にコネクトを広げるのは水鏡越しでもこれほどとは……」
「お疲れ様です、皆様」
ホワイティンが普段の騎士姿になって俺たちをねぎらう、俺はというとマントを脱ぐ気もしないほどにぐてーっとしている。ツィやスィも同様である。
今日はもう動かんぞ、明日の決戦の時まで英気を養うんだい……
しかし、あの騎士なんだったんだろうな、古めかしい鎧、フルプレートなんていつの時代の鎧だよ。着
込んでずいぶん経ったて感じだったけど……
ともかく、明日。
決戦は。
明日。




