半分の心
「おい、邪魔するぞ」
もやもやとした気持ちのまま、俺とツィの関係というものについて考えていたら、今度はガイアが俺の部屋の戸をたたく。
「ああ、入ってくれ」
というなり、ガイアはこちらに剣を抜いて詰めよってきた。
「貴様姫様に何をしたぁ、ああ?」
「な、何をしたって、俺は正直な今の気持ちを伝えたまでだ!」
俺は慌ててガイアに先ほどのツィとの対話の事情を、簡単に、あくまで簡単に説明する。
「なるほど、まだ過去の恋人が忘れられないか、姫様の初恋はとりあえず砕かれたわけだな、はぁ……」
ガイアは剣を収めて、ため息をつく。
「姫様はまだ若く、世界を知らぬ、ゆえにお前のようなどっちつかずの男にも惹かれてしまうこともあるだろう。だがなあ……」
「そうはいわれても、俺もツィは好いているよ、だけど半端な気持ちでOKするのもどうかと思うしな。若かりし頃はなんだって輝いて見えるものだって思うしな。そのうち落ち着くだろ」
俺は自分が幼かった頃を思い出して、苦笑いする。
「……本当にそれだけだろうか、姫様は聖職者としては一流の、預言者でもある。その姫様が急いて気持ちの整理を求めたということは、何か、あるのかもしれないぞ」
「何かっていうと、俺の気持ちがぐらつくとか、別れとかがあるってこと?」
「どういったことが起きるかわからんが、そういうことだ」
「大丈夫、これから先も俺たちは俺たちさ、きっとな」
「先の事情を憂いても仕方がないしな、だが、お前はとっとと気持ちを固めろよ。過去に取りつかれたものにチャンスは永遠に訪れないぞ」
「まぁ、な……わかっちゃいるんだけどな」
俺はうつむきがちにそう答えて、ガイアが去るのを確認したのち、ウヅキを守れなかった片手をぎゅっと握った。
……
朝がきて、朝食が女子の部屋に用意されているというので俺は浴衣を着て、女子の部屋へ向かう。
昨日のことがあってよく眠れてはいないが、人間腹は減るのである。
さて、どういった顔でツィと会うか。いつもどおりでいいんだろうけど、いつも通りってどんな感じだったっけといまいち思い出せない。
「おはよう、ツィ、ガイア」
思い出せないけど、明日には明日の風が吹くように、またなるようになるだろう。俺は思い切って挨拶していく。
「おはよ、サト」
「うむ、おはよう」
ツィもガイアもいつもの調子だ。少し安心する。
「パンとライスどっちも選べるよ、どっちにする」
ツィがにこやかに笑いながら俺に訪ねてくる。
「じゃあどっちも味わってみたいからとりあえず少量ずつっ……っ」
「はい、あーん」
ロールパンを口にくわえて、俺の口元に運んでくるツィ、どこでこんなことを覚えた!
「姫様、何をなさってるんですか!?」
ツィは咥えたパンを一度かみちぎると。
「ちょっとしたサプライズ」
と言って、もう片側もかじり始めた。
昨日のこと、いや、俺たちの関係は案外尾を引きそうだ。
そして、朝食を終えると俺たちは出発の準備を整え、宿屋のご夫婦に礼を言い、宿賃を払……おうとしたが、結構ですからと払わずにすまされ、村長の家によった。あのインダスト兵どもがどうやってやってきて、いかにしてドラゴンマスター殿を拉致したのかを聞く必要があったからだ。
俺たちが宿をたったと連絡があったからか、村長の家には村長だけではなくすでにドラゴンマスター殿もやってきていた。
齢70にもなろうかという皺が目立ち、頭髪も真っ白に染まった、まさしくといった男の村長はつい5日前のことを語りだす。
「あの日は雨だったかのぅ。急に広場に影が差したかと思うと突然にあのバレットとやらが浮かんでおった、そして、わしらが困惑してるうちに広場に降り立つとインダストの兵士たちがぞろぞろと出て来よってな。村の皆に槍やら剣を突き付けながら、口々にドラゴンマスターの家を教えろと言って回っておった、そして次々に捕らえていってな」
「とりあえずドラゴンを無効化しようって腹か、敵にはここにドラゴンがいるってばれてたわけね」
俺は椅子の上で手を組みながら思案する。ドラゴンマスターの命令で船に攻撃を加えらえる前にその可能性を排除しようとしたわけだ。
「雨…水のマナがあるときは瞬間移動的なこともできるのかあの船、しかし人が耐えられるわけがないとは思うが…だから機械化した兵士を配して」
ガイアが予想を述べていく。
「私は敵につかまる前にハートのドラゴンに命令を発することができました、インダスト兵を排除せよと、しかし、すでに多量の村人が人質に取られており、最後には家族をも人質に取られ……情けない限りです」
ガイアが首を横に振った。
「いや、空からのいきなりの奇襲など想定されてはいないだろうからな、仕方のないことだ」
「あとは奴らが何か言っていたこととか、興味深いこととかはありませんか?」
俺はほかに有益な情報がないか引き出そうと試みる。
「そういえば……姫がどうのこうの言っておりましたね、我らが姫、とただインダストに姫はいないはずでですが」
「ふむ、確かにそれは奇妙な話だな」
俺がいたころにそんな話を聞いたことはない。
しかし、ツィの顔がこわばり、何かを納得したものになる。
「姫か……」
「何かあったか?」
俺は様子がおかしいツィに尋ねる。
「いや、なんでもない。私の予想が当たっていても外れていても、出してくる手は同じだからな」
ガイアのほうを向いてどういうことだ? と顔で伺ってみるもガイアもわからない様子であった。
「おそらく次あたりで挨拶に出向いてくるであろうが、それがどういったもので、どういった感情でやってくるかわからん、故に今は特に語らん」
「指揮官殿の言ってた主ってやつか」
「その通りだ」
「ツィ様、わたくしにも秘密になされていたというのですか、それはいったい何者で……」
ガイアはみずからにも内密にするような事情を持たれていたというショックで思わず机に乗り出し、問いただそうとしてしまう。
「何者かは、会ってから決めることだ」
ツィはそういうと黙ってしまった。
俺がウヅキについて問われた時より堅そうな表情、こりゃ答えは期待できなそう。
これ以上の話し合っても得られることはどうやら何もなさそうだ。
村長たちに礼を言って、俺たちは村で出発の準備を整えることにした。
「インダストの兵力が占領している地域を通ることになる。祠までは直行できてあと5日、だが直行はできまいな、最低限の食料と武装を用意していこう」
俺は魔力に頼らない武装、特に今回のような場合の対策にスリングを用立てることにした。
それにガイアお手製、土による錆の魔力をかけてある粉塵、あたれば今回のような例には対応できるだろう。
「水と食糧と寝床はガイアがいれば何とかなるか」
「まぁ、でも補充は大事だし、水筒いっぱいに水を入れていこう?」
そうして、ハートの村の川に降りたとき。
ざわざわざわざわ。
と水面が蠢きだす。
「なんだなんだなんだ、敵襲か!?」
俺は驚いてチューナーを引き抜く。
「いえ、これはエレメンタルの通信の……」
ガイアは落ち着いて様子を見ている。
そうしていると、水鏡ができあがり、鏡の向こうにはどこかで見た顔が映し出される。
「あー……映りました。どうも、水騎士です。ツィ姫様、ガイア殿、サト殿、ご無事で何よりです。本日は緊急の状況をお伝えしに水鏡の儀式にて失礼いたします」