騎士たるものとの邂逅
真昼の草原を馬に乗って駆け抜ける。
風をヒュオッと切るたびに突き抜ける爽快感が気持ちいい。
しかし、ある程度走ったところで、俺は馬を止める。
「まぁってええええ」
後ろから間抜けな声を出しつつ、追いついてくる女聖職者を待つためだ。
装備は可愛さ重視がいいと魔法防御の高そうなフリフリのファンシーなものばかり……だが、悔しいことに銀色の髪と紫の瞳にはそれがよく似あっている。
背丈はちびっちょ、俺より頭2つ小さい、使える魔法は……はで派手な攻撃系、回復系は最小限。聖職者としては異端な能力の覚え方である。
「酷い、酷い、鬼、鬼! なんで私だけ馬がないんですか!」
ひぃひぃ、ぜぇぜぇ、と心の臓から苦しみを吐き出しつつ、彼女、ツィは座り込む。
「サトには人の情ってものがないんですか、馬がないなら俺も歩きますよ。とかいわないんですか?」
俺の名前はサト、行き当たりばったりにクエストや依頼をこなして何とか食をつないでいる傭兵だ。そしてこの馬はジル。かつて故郷で騎士をしていた時代からの相棒だ。ツィとはクエストで一緒に各地を回っている。
俺はジルから降りて同じように大地に座り込むと、ツィに向かって説明を開始する。
「簡単に説明しよう、馬に乗るのって難しそうだろ?」
俺はちょこざいな質問をするコイツを納得させるために話を切り出す。
「はい、とても難しそうですよね」
大地にシートを敷いて、くだけた楽な姿勢を取るとともに座るツィ。妙なところで行儀がいい。
「それにお前が乗ろうとする馬が全部嫌がって、暴れまわるだろう」
「はい、暴れまわりますね。なんででしょう」
「それだよそれ、馬に嫌われてるの、お前は!」
俺は思いっきり指を突き刺して、致命的な欠陥を指摘してやる。
「ガーンですよ、それ、私動物大好きですよ!」
頭を抱えてショックを受けるツィ、こいつはなんでかしらないが、犬には吠えられる、猫には逃げられる、馬には落ち着かれないという不思議な技能を持っていた。
「ジルちゃんならなんとか…なりませんかね、後ろに乗せてくださいよー!」
無理やり、俺の後ろに乗ろうとするツィ。
「そういうのは普通はしない種類の馬なの!」
いくらツィが軽めだといってもさすがに二人乗りは無理だ。
「なんですかなんですか、馬ばっかり大事にして、私はそこらの馬の骨以下ですか」
「ウマいことを言ったつもりか。いや、だって知り合ったばかりだし、ジル傷つけられたくないし」
「んまっ、私がそんな野蛮なことをする女だと思っているんですか!」
「出会ったときにしたよ!」
そう、ツィと出会ったのは──
ツィと知り合ったのはついこの間、本来冒険初心者がうろつかないはずの危険地域、しかも隣国との戦争も発生しているあたりの平原で、ハイエナ狼どもから必死で逃げ回っている小娘を助けた時だった。
その際に言われた言葉は今でも覚えている。
何者かが遠くからこちらへ走ってきて。
「剣士? 騎士? とにかく旅人だ! 死ぬ、死ぬ、このままじゃ死んじゃうから助けてもらおう!」
とか声が聞こえてきて。
「なんだこの狼の群れ、何に反応してって、何だこの娘!?」
と、俺とジルが驚くと。間もなく狼の群れに囲まれて、ジルを逃がそうとする時に、後ろからカプリと、ジルは狼にひと噛みされたのだ。
わななくジル、すぐさまナイフを投げて噛んでいる狼を払ってやる俺。
だが、狼どもに囲まれて戦うこととなってしまった。
「助かりました、一人では手に負えなくて困っていたんです!」
後方から光弾が数発とんできて何体か狼にぶつかり、消滅し、光を放つと、先ほどの娘が叫んでくる。
「む……むぅ、とりあえず追い払え、追い払え!」
ものすごく文句がいいたいが、今はそんなことをしている場合じゃない。
俺は動きのとりにくくなったジルを護るために、飛び降りると、大剣を取り出し、とびかかってくる狼を薙いでいく。
「娘、あんたの方は自分を守ってろ!」
「わかりました。ありがとうございます!」
娘は目くらましを兼ねた光弾をばちばちと狼に押し当て、または投げ、放ち、応戦する。
数分後、狼の群れは形勢不利を悟ると逃げていった。
「ふー、なんだったんだいったい、それとなんなんだあんたは」
俺は娘に忌憚なく意見をぶつける。
「あ、すいません、助けていただいたのにお礼もなく、わたくしは、いえ、私はツィと申します。怪我などはありませんか、治療させていただきたく……」
そう申し出るツィに、俺は遠慮なく、ジルの治療を願い出る。
「ほー、ヒーラーか、でもヒーラーのあんたがなぜひとりでこんなところに?」
そう尋ねると、俺の目を見て、確認するように、答える。
「それはお告げがあったからです」
「お告げ……?」
お告げを聞いて動いて回るとは結構なお偉いさんだろうか、だがそれなら護衛がいたっていいものだが。
「内容はまぁ聞いちゃだめな類だろうな」
とにかくここは危険だから、安全な場所にでも案内する、といってしまったのが運の尽きだったか……
それからとにかく、伝聞魔法で、用ができたからこっちさこい、迷ったから一緒に遊ぼうだの呼び出される関係となってしまった。しかもこちらは伝聞魔法が使えないから一方的に呼び出されるだけの関係である。ひどい。
そもそもコイツにとっても、徒歩の自分と馬で冒険している俺とはPTとしてはまさしくウマが合わないだろうに、なんでわざわざ呼び出すんだろう?
いや、その前に……迷ったから一緒に遊ぼうってなんだろう、と思いつつ、適当にうろついてるのが今だ。
「賃金は払いますよ、目的は秘密ですけど、各地の動向の調査です」
(言ってる)
まあ、払いはいいので、こちらとしても願ったりかなったり、でもあるのだけども、やってることは本当によくわからない。
精霊との対話らしいが、それらしいできごとはまだ一度も俺の目の前では起きていないからだ。
どうせなら派手にジンとかがあらわれて……3つの願いをかなえてやろうとか、面白い冒険譚でも持って帰りたいものだが。
数か月たった今でも危険には遭遇できても、おもしろい事例には、こいつが巻き起こすトラブルを除いて遭遇できてはいない。
──といった感じだ。
「そ、そういえばそうでしたっけねぇ、私すっかり忘れてましたよ。でもいいじ
ゃないですか無事に済んだのですし、何より私というかわいいフレンドかつ依頼者ができて」
ツィはそういうことに俺は目を細める。こいつはなーにを自信満々に語っちゃってるんでしょう。
「俺は別に女に飢えているわけでもないし、そもそもいつフレンドっていうほどに心かわしたっけ?」
「うるさいわねぇ、あんまり細かいこと言うとまた見え見えのミミックに手を出すよ!」
好奇心旺盛なツィはわかっていて罠に手を出すことがある。対価が得られるならばやってみたくなるじゃない。とは言うが、リスクとリターンを考えてほしい。
「やめい、お前といるとトラブルのが多くなるのはそういう性格のせいなんだからな」
「ふーんだ」
そうこう話してるうちに、とりあえずの休憩が済んだと判断した俺はツィに向けて語り掛ける。
「まぁもう行こうぜ、この調子だと今日の調査予定地につくのが夕方以降になっちまう」
「そうねえ、今回の場所はしばらく何があるか調査されてないからできれば明るいうちに見ておきたいわねぇ」
と、今日の目的地へと向けて再び歩みを進めた。
そして、今、ツィスィ国の辺境の地に隣接する森の中へ来ている。
このあたりの地形は自分もよくわからない。そしてそろそろ夜である。
ホーゥホーゥと知らない鳥の鳴声の響く中手ごわいモンスターは出ないだろうな、とおっかなびっくり歩く状態。
「いいか、このあたりは未開拓地域だ、だから二人だけで歩くには危険が大きい、突っ込まずに帰……」
が、ふと辺りを見回すとツィが50mほど先にいて、こっちにこいと手招きしている。
またあいつ勝手なことを……と、仕方ないので、警戒しつつそちらに向かうと、木でできた家が連なって存在していた。
「ねぇ、今晩はここにとめてもらおうか」
ツィが無邪気にいうが、ここは……ゴブリンの村の入口じゃねえか……あいつらの象徴を示す旗印が高くかざされている!
「いいか、物音をたてずに、回れ右してすぐに帰るぞ」
「え」
ツィは事態を理解してないのか、さらに進んで、門のあたりまで侵入しようとしていた。
そんなツィの腕に、ぷすりと、矢のようなものが突き刺さる。
「えっえっ!?」
ようやく事態を理解したのか、ツィは踵を返して逃げ始める、と、共にゴブリン族の群れがこちらに寄せてやってきていた。
「あーあー……」
俺はツィの元まで走ると、一気に抱え上げ、馬の上に放り投げる。
「ジル、そいつを安全な場所まで頼む! ツィ、しがみついてりゃなんとか乗れる!」
俺は愛馬の名前を叫ぶと、荷物の中からありったけの投げナイフと目くらまし、ついでにボウガン、…使いでのよさそうな武具を取り出し、ジルの尻を押し出す。
遠くなる蹄鉄の音と、ツィのな、何で私だけ……という声が響いて消えていった。
そして近づいてくるのがゴブリンたちの足音。
村の総力が出てきたら間違いなく死ぬ規模の集落であったから、まずは身軽になるために足手まといを逃がした、今まであいつが使った魔法は回復と各種医療そして光弾、対魔術系列、対不死者系列の高位魔法ぐらいだった、ゴブリン相手に優位に立てる魔法じゃない。
ジルは明らかに嫌がっていたが、俺の命令とあればしょうがないといやいやツィを乗せて、いや引っ張っていってくれた。
「真面目にやってはいられないが……逃げながらやる分には何とかなるかな……?」
俺も全力で逃げ出した。
ゴブリンの足は決して速いものではない、ごく一部のそういう鍛え方をしてるものを除いては追いついては来れないだろう。だが、変なものに乗ってる連中や戦車使いがいる可能性がないとは言い切れない、とにかく逃げながらそれらを迎撃していけば…いずれ被害にビビって追いかけてこなくなるだろう。
最初に追いついてきたのは俊敏さが自慢であろう小さなゴブリンたちであった。
出来れば逃げる速度を維持しつつ、一瞬で殺すか、こかしたい。
獲物はナイフ……だけのようだ。
ならば、あえて相手が追い抜いて余裕を持って攻撃してくるのを待って……
飛びかかってきたところを、大剣を振り回して薙ぎ払う、当然相手はよけてくるが、そこにもう一発戦闘靴での蹴りをお見舞いする。
2匹無力化した、あと何匹いる?
練度が高くないのか、相手が戸惑った声をあげて立ち止まった気配を見せたところで振り向いてボウガンで頭を撃ち抜く。
3匹目だろうか。
あと2匹いるか…
ここはもったいぶらずにナイフを投げて手傷を負わせておく。
たぶん2匹ともに当たったはず、これで追跡はしてこない、してきても俊敏には走れないだろう。と判断した俺は再び逃走を開始する。
逃げる、ひたすらに逃げる、隠れてもいいが、犬などがいては厄介なことになる。
できれば俊敏なゴブリンの惨状にびびって追跡をあきらめてくれると一番楽なのだが……
大物だけで追いかけてくる可能性もあるな、それはできればやめてほしいな。
そして、イヤーな予感の方が当たってしまった。
ゴブリン戦車、それも下級のヘルハウンドによるものによる追跡を行ってきたのだ。
それに引き換え、俺の方はもう逃げ疲れてくたくただ。
「くそっ、ここまでか……? だがやれるだけやってやる」
大剣を引き抜くと、どうにかして、相手の数を減らそうと敵を見据える、馬上にいるのはゴブリンの騎手、射手、そして目の前にヘルハウンド……
とりあえず手堅くこいつからだな…俺は全力で3体に向けて目つぶしを投げつける。
そして、目つぶしを受けたせいで、前方の俺がいたあたりに所構わずブレスを放とうとしていたヘルハウンドの口に向けて大剣を打ち込む!
口の中なら強靭なヘルハウンドの肉質相手でも通るだろう!
だが、苦肉の策は失敗に終わってしまったようだ、強固な顎に引っかかって大剣が抜けなくなってしまった。
「これはやべえ!」
とっさに手を離し、炎のブレスから逃れると、ショートソードをゴブリンの騎手から奪って射手を切り殺し、目つぶしの効果がきれないうちに再び距離を取る。
……状況はすこぶる悪い、ボウガンでヘルハウンドを仕留めるのは可能だろうが、もしこれにてこずっていれば更なる増援があらわれるであろうからだ、そして近接武器はショートソードしかない。
だが、ヘルハウンドはまだ口に大剣が刺さったままであり、動きが鈍い、騎手を殺せば逃げ切れる!
そう思って突撃した瞬間、ヘルハウンドは俺を明確に見据え、憎しみを込めた目で鎧ごと俺を引き裂いた。
思いっきり跳ね飛ばされ、地べたにはいつくばる俺。
「へっ、こんなところでおしまいか、それも悪くねぇ」
お嬢さんのおもりをして、それに失敗しておしまいか……ダサイったらないがお嬢さんが無事に逃げとおせたなら、立派じゃあないか。
そして、ゴブリンの騎手がにやりと笑って、俺の首に剣をやり、ゴブリン村側から土煙が上がり始めたときだった。
突然ラッパの音が響き渡った。それはゴブリンの集落側のものかと思ったがどうやらそうではないらしく、ゴブリンの騎手は鳴り響いた方向を向きヘルハウンドに警戒を促した。
瞬間、夜の闇にまぎれて騎兵が、人間の騎兵がこちらにやってきた、ゴブリンの騎手はあらぬ敵の襲来に剣先を緩めてしまったところを、槍で思いっきり貫かれてゴブリンの集落側へと送られていった。
音に戸惑うヘルハウンドもさっ、っと横なぎにさされていく。
(おいおいおい、俺を巻き込むなよ!)
と言わんばかりに何とか立ってみると、そこには意外な顔があった。
「……ツィ、じゃねーか」
「無事……じゃったか」
「無事じゃったかって、何言ってるんだ、それにじゃったかって……」
「すまなかった!」
ツィは血塗れの俺を抱いて、ただ、泣いてくれた。
まぁ、今はそれだけで許せる気がした。
実際助けに来てくれたしな。
「しかし、なんか普段とは雰囲気が違うな」
今のツィは理不尽に俺を振り回す小童ではなく、高貴な感じをもつ、というか…いや、服は変わらないのだが……
そこに、さきほどの騎士団が戻ってきて、そのリーダーと思わしき人物がツィに頭を垂れて伝える。
「姫、仰せつかったとおり、ゴブリンの掃討、及び冒険者の救出、完了いたしま
した」
……姫ねぇ。
「うむ、ご苦労。冒険者の搬送を頼む」
……こんなちんちくりん、こいつが姫?
どういうことだよっ!
だが……突っ込む気力は、かすむ意識とともに消え去っていった。