プロローグ 3
飛夜 蝙治こと“こう”は、パソコンや機械類が苦手である。
それは、“ねこ”が言ったように古い人間だから……と言うのが当て嵌まる。とは言え、“こう”と“ねこ”の歳の差はそれ程開きがある訳ではない。恐らく一回りは行っていない筈である。
だが、“こう”が学生だった頃は身近にパソコンが普及する前だったこともあって、そう言う電子機器の類を扱うのことに苦手意識を持っていることは、ある意味で仕方のないことなのかも知れない。
ともかく、そう言う訳もあって、“こう”はカウンター奥や自室で“ねこ”が使っているパソコンや各種ゲーム機等に手を触れることは余りないし、今回怪しげな経路で入手した「ばーちゃるえむえむおー」なる代物がどんな物かもよく分かっていない。
ただ、嬉々として初回起動を準備していた彼女が一転、それを脱いでから何処か渋い顔をしていたことや、上階に住む“たま”や、今は離れて暮らしている主――ミストレス・キリクが営む“ミストレス・ハウス”の本店へと相談しようと思い悩んでいる様子に警戒心を湧き上がらせていた。
“こう”自身はよく分からない部分があるものの、“ねこ”はゲームの中でミキに会ったと言う。
彼女――ミキ自身は生真面目な性質であり、個人的には好感を持つ人物とさえ言える。しかし、彼女が仕える人物――ミストレス・グレイに関しては、“こう”は警戒の念を抱かずにはおれない。
彼の人物――ミストレス・グレイは、事ある毎に自分達の主――ミストレス・キリクに突っかかるだけでなく、様々な企業や組織等を渡り歩き厄介事や騒動を振り撒く傾向にある。そうした騒動の火消しに自分達が狩り出されたことも一度や二度ではない。
件のゲームもそうした騒動の種ではない保証はないのだ……
それを知っているからこそ、“ねこ”は自らの主人へと連絡を付けようと言うのだろう。
* * *
そう言う訳で、店のカウンター奥に件の機器に配線を繋げて、一人の人物がパソコンを睨み付けている。
この人物とは、若い女性であった。両親から受け継いだ銀色の髪に薄青色の肌を持ち、“ねこ”が纏うものに似たデザインの青色を基調としたエプロンドレスに白いマントを纏う彼女は、十人が十人美人と認める様な整った顔立ちに、すらりと細い四肢と出る所は大きく出て引っ込む所は十二分に引っ込んだ体型と言う母譲りの絶世の美人であった。彼女の名は、“たま”……“こう”や“ねこ”の先輩格に当たる人物の娘である。
彼女――“たま”は、彼女の母と同じく機械類に滅法詳しいので、“ねこ”が購入した件のゲーム機に何か不審な点がないかを確認しているのだった。
「……う~~ん……」
「どうですか、“たま”さん……?」
彼女の傍で様子を見守っていた“ねこ”から声がかかる。その声にパソコンのモニターを凝視していた“たま”が振り返る。
「う~ん、ちょっと良く分かんないだけど……これは只のゲーム機とかじゃなさそうだね、“ねこ”姉さん。
でも、詳しいことは私じゃ解析しきれないよ……これはママとかに見て貰わないと駄目じゃないかな……?」
“たま”より返された答えに、“ねこ”や“こう”は怪訝そうな面持ちを浮かべる。
彼女の電子機器類に関する知識には、常人からは隔絶したものがある。故に、そんな彼女が解析しきれないプログラム等と言うのは考え難い。そうである以上、このゲーム機が通常の電子機器の類ではない――魔法道具としての側面を持つ品である可能性が高いと思われた。
そうして皆が眉を顰める中、その内の一人よりポツリとした呟きが漏れる。
「……それなら、当面の危険はなさそうなんですよね……?」
「……え~っと……それは、多分ないみたいだけど……」
“ねこ”より投げかけられた質問に、“たま”が幾分おずおずと言った調子で返答を紡ぐ。
その返答を耳にして、“ねこ”は何処かほっとした笑みを浮かべて、解析が一段落した機器を手にする。
「それじゃあ、ゲームの中に入って様子を見てきますね」
「……“ねこ”……」
「……“ねこ”姉さん……」
気持ちの良い微笑みで、ヘルメット型ディスプレイを手にした“ねこ”の姿を目にして、“こう”と”たま”より溜息交じりの声が漏れたのだった。
* * *
“ねこ”がゲームの中に入り込んでいる間、“こう”は普段通りに店を開けた。
それは、この店が幾人かの常連がいるものの、来客数はそれ程多くはなかったからだ。そして案の定、客の入りはいつも通りであり、“こう”一人でも十分に客があしらえる程度で済んでいた。
そして時は過ぎ、昼前の客足の少なくなる頃合となった。
“こう”は少なくなった茶葉等を補充する為、一時店の奥へと引っ込むことにした。
突っ込み所が其処此処にある気がしなくもないですが……まぁ、やっとプロローグを終えられそうです。