ぷろろーぐ 2
青年が目を開くと、ここ数回で見慣れつつある状況となっていた。
それは自分が筒状の空間の中いると言う状況である。その筒状の空間は垂直からやや後方に傾斜した形となっており、丸みのある壁面に半ば凭れる様にして自身が立ってることを自覚する。
これまでの数度で慣れた手順通りに、壁面の前方に設置された取手を握って軽く捻る。すると、前方の壁面は、鈍い音を響かせてその位置を僅かにずらして扉へと変化してみせる。そして、この扉を押し開いた青年は、この筒状の空間から出る。
そこは一人分の個室と言った石造りの壁で出来た部屋となっていた。
そこには幾つかの箪笥や棚と言った物が並んでおり、ほぼ中央には円筒状の装置が鎮座している。この何処かSF物にでも出て来そうな代物が、先程まで自分が入っていた物である。
そして、立ち並ぶ棚の合間に設置された姿見へと、自分の視線を走らせる。そこには、自分が時間をかけて創り上げた姿が映し出されていた。
透き通る様に白い肌に、艶やかな漆黒の長い髪……
神秘的な色合いを宿した緑の瞳……
すらりと伸びた四肢と、ほっそりとした腰……
衣装の上から微かに分かる程度の盛り上がりを魅せる胸……
そして、それを包むのは薄紅色を基調とした修道尼に似たデザインの衣装……
「……うん、完璧だ……!」 そう言って微笑む美女こそが、このゲームでの青年の姿であった。
自分の姿を姿見で確認した彼――彼女は、部屋の外へと出る。
その先には部屋と同様の石造りで出来た廊下が続いていた。その廊下の壁には、彼女が出て来た様な扉が並んでいる。この廊下を彼女はゆっくりとした足取りで進んで行く。
そうして歩を進める彼女の手前にある扉の一つが開かれる。
「お?……おぅ、おはよう、エイレネちゃん」
「おはようございます、ルハームさん」
彼女と挨拶を交わしたのは、大柄な人物であり、非常に特徴的な人物でもあった。
彼女の纏う物に似た神官らしいローブに身を包んだ先から覗く手には鋭い爪と金色の鱗が備わっており、その背からはその身を覆える程の皮翼が生えている。そして、ローブの裾の中にはしなやかで強靭な金色の尻尾が隠されていることも知っている。
何より、彼の纏う衣装の上に存在するもの――まさに彼の頭の形状が常人のそれと大きく異なっていた。端的に言ってしまえば、彼の頭はドラゴンのそれとなっていた。即ち、彼――ルハームと言う人物は、竜人と言う存在なのだ。
そんな彼は、纏う衣装から察せられる通りに僧侶系のビルドになっている。とは言え、彼女――エイレネのそれの様な魔法主体のそれではなく、その体躯を生かした神官戦士的な存在であるらしい。
「エイレネちゃんの方は今日は何をするつもりだい?」
「そうですね……他の方と組めるのなら、討伐依頼をこなしてみようかな、と思ってるんですが……」
「何なら、俺と組むってのはどうだい?
幾ら回復魔法が仕えると言っても、専業のヒーラーがいた方がやり易い場面が多いからね」
「ルハームさんが前衛を務めて下さると、私の方も心強いですし、よろしいですか?」
二人で廊下を進みつつ、彼女等は他愛のない雑談を交わして行く。
やがて、二人は廊下から広い場所へと出る。そこは然程大きくはないものの、ホテルのロビーの様な風情の空間であった。そこに置かれた幾つかの卓には、先客となる人物が屯していた。
そんな彼等を横目に、二人は部屋の片側に設置されたカウンターに向かって歩を進めて行く。
二人がカウンターに近づくと、それに気付いたカウンターの向かいに座る人物より声がかけられる。
「あら?……まぁ、こんな時間からお出かけなんて、とんだ暇人ですね!」
「……言うねぇ、相変わらず……」
「……暇人って……」
そう声をかけてきたのは、黒尽くめの衣装の女性であった。会う度に高飛車で毒のある台詞を吐く彼女は、NPCなのだとしたら良く出来てると褒めるべきか、こんな仕様もないことに力を入れていることを貶すべきか、PCの一人として迷う所だと感じている。
そうして、二人が憮然と溜息混じりの呟きを漏らしていると、黒尽くめの女性の頭を背後から叩枯れることとなる。
「キャラ、お客様に対して、何と言う物言いですか!
お二人とも、妹の教育が行き届かず、申し訳ございません。」
そう言って両手を腿の辺りに揃えて、丁寧な仕草で腰を折ったのは、焦茶色の髪と衣装を纏った女性――アバター作成時に出会ったあの女性であった。彼女は身体の前で両手を揃えたまま、余った右腕で黒尽くめの女性――キャラの頭を力尽くで押さえ付ける。
そうして一頻り頭を下げた後で、こげ茶の衣装を纏う女性は丁寧な物腰で改めて言葉を紡ぐ。
「いらっしゃいませ、ルハーム様、エイレネ様……これから出発なさいますか?」
「おう!」
「はい」
女性の確認の言葉に、二人は即答する。その返答に女性は更なる言葉を続ける。
「承知しました。それでは、腕輪の調整を行わせて頂きます」
その言葉に、二人は順番にその腕に填められた腕輪を差し出す。
「はい、それぞれの腕輪の確認と調整をさせて頂きました。それでは、いってらっしゃいませ」
「……ってらっしゃい」
カウンター奥の二人に見送られて、二人は広場の大扉を潜って、外の世界へと踏み出して行った。
早々に切り上げる予定の筈が、まだ終わらない……
もう少し、主人公不在の序章部分は続きます。