プロローグ
そこは、大都市の片隅に建つ寂れたビルディング……
このビルの一階に、少々風変わりな店があった。一応、喫茶店らしき体裁を持つこの店は、常連客であれば時として不思議な薬や道具を売ってくれる時もある。
その不思議な店の名前を、“ミストレス・ハウス”――より正確には、“ミストレス・ハウス 二号店”と言った。
+ + +
この“ミストレス・ハウス”に一つの宅配便が届いた。
段ボール製の小箱を受け取ったのは、この店の女性……漆黒のエプロンドレスに、その頭には艶やかな黒髪と同色の猫耳が生えており、その腰の辺りから同じ色合いの猫尻尾が揺れていた。彼女の名は、黒木 美猫こと、“ねこ”と言う――一応はこの店の副店主と言うことになっている。
彼女は宅配便を受け取り、カウンターの内側に戻る。幸い、昼時は過ぎおやつ時が来る前と言う微妙な時間帯で、ちょうど客足の途切れた頃合だった。そこで、彼女は段ボールの箱を開けにかかった。箱の中には、何から電子機器らしき部品やヘルメット型ディスプレイ等が入っていた。
そんな彼女の様子を横目で見ながら、カウンターでカップを付近で拭いていた男性より声がかけられる。こちらは三つ揃いの漆黒のスーツにマントを羽織った姿をしていた。
「また、変なものを買ったんだな……」
「良いじゃないですか……私のお小遣いの分で買ってるんですから」
「まぁ……それは、そうなんだけどさ……」
膨れっ面を見せる“ねこ”の言葉に、些か憮然とした様子ながら男性は仕方がないと言った態で肩を竦める。
この男性の名は、飛夜 蝙治こと、“こう”と言った。一応、この店の店主にして、“ねこ”の旦那と言うことになっている。
とは言っても、正式な夫婦か?……と問われると、色々と疑問の余地が多分にある関係ではあるのだが……
ともあれ、箱の中身を取り出し、説明書を片手にそれらの確認をする“ねこ”より言葉が紡がれる。
「VRMMOって……画期的なゲームの専用ハードなんだけど……」
「…………また、ゲームかよ……」
「いいじゃない。こんな凄い技術が詰まったゲーム……言ってる通りの仕様なら、楽しまないのは損だと思うもの……」
「……良く分かんねぇなぁ〜……」
ウキウキとした様子で語る“ねこ”に対し、呆れ気味な“こう”の声が返される。そんな彼の言葉に苦笑を浮かべた“ねこ”は苦笑混じりの言葉が返す。
「……貴方は古い人間ですものねぇ……」
「言ってろ……!」
多分に揶揄いを含んだその台詞に、“こう”から鋭い声が飛ぶ。しかし、その声をさらりと聞き流して、彼女は説明書片手に機器の配線を繋いで行く。
かつては、この声で身を竦ませていた彼女だったが、既に10年以上の付き合いとなる今となっては、この程度を聞き流すのも慣れたものとなっていた。
そうこうする内に、機器の配線を繋ぎ終えた“ねこ”はヘルメット型ディスプレイを抱えて、“こう”の方へと振り返る。
「それじゃ、このままセットアップを進めてしまうね。それ程時間はかからない筈だから……
もし、お客さんや子供達が来たらお願いね……♪」
「お願いねって……」
さして悪びれた様子もなく“ねこ”は言葉を紡いだ後、自らの頭の猫耳を引っ込めヘルメット型ディスプレイを被った。そんな彼女の様子を横目に、“こう”は憮然として呟きを漏らしたのだった。
* * *
ディスプレイを被り、システムを起動させた“ねこ”は、何もない茫漠とした空間に立っている自信を自覚した。
「……おぉ……!」
その様子を目にして、感嘆の声を漏らした彼女は視線を巡らせた次の瞬間、その動きを凍り付かせた。
そんな彼女の対面には、同様に凍り付いた様に動きを止めたベージュ色のスーツを纏った女性が立っていた。
それなりの時間が経過して、先に我に返ったのはスーツ姿の女性の方であった。
「…………“ねこ”……さん……?」
「…………ミキさん……こんな所で、何やってるんですか……?」
彼女――ミキの言葉に、“ねこ”も呆然とした様子で問いかけの言葉を漏らしたのだった。
私の拙作をご存知の方の中には、ニヤリとして頂けたかも知れません。はい、あの話絡みの物語です。
ただ、未だに主人公が登場していなかったりします。