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ハローワークで勇者になった

作者: 桜

(9時のニュースです。大手企業は軒並みベースアップです)



「はーあ…。僕に合う仕事ってないのかなぁ」


テレビを観ながらブツブツ言ってみる。


彼の背中越しからイヤミにも似た言葉が聞こえてくる。


「自分に合う仕事なんて世の中にあるわけないでしょ!!仕事に自分が合わせるのよ!!まったくあんたは…。」




母親の言葉が耳にささる。


急いでご飯をかきこみテーブルを立つ。



「昴!!今日こそは職業安定所に行ってくるのよ」



「はいはい」



…まぁ母親が心配してくれてるのはわかるんだけどね。



そう思いながらスーツを着込んで、家から近くの職業安定所に行く。



…ガヤガヤ…ガヤガヤ…


「混んでるな…」


職業安定所は初めてではなかった。


数日前にも来てはいたのだが、あまりの混み具合に諦めて帰ってきてしまったのだ。


どの世界でも就職難なのはかわらないらしい。



さて…どうしよう…なんて思っている間に、目の前の席が空いた。


(…ラッキー)


昴は滑り込むように椅子に座る。


木製の椅子がギィと鳴る。


担当者の方は丸太のような腕をしていて少し尻込みしてしまう。

…が、にっこり笑った笑顔は人懐っこい感じだ。


「えっと…どういったご用件で?」


「就職先を探しています」


「そちらに求人情報が置いてあったと思いますが読みましたか?」



「読んだのですが…できれば相談にのっていただきたくて…」


ああ…なるほどと相槌を打ちながら求人募集の書類を並べてくれた。



「ホテルマンなんていかがですか?」


「いや…経験なくて」


「ではバーテンダーは?」


「いや。未経験なんですよ…」



「そうですか…ちなみに昴さんは何か希望の職業はありますか?



「んー。資格とか持ってないんですが…何か自分に合う仕事があればと」



「そうですか…」


何か悩んでいるようだ。


今朝の母のように「仕事に自分が合わせるしかない」と言われてしまうのだろうか。



「じゃあ…これはいかがでしょう?」


そこには一枚の書類が

(世界を救う勇気ある者集え。募集人数勇者1名。)


と書いてあった。


「え…」


その書類に目を走らせる。


「…勇者…?」


書類から目を離し、聞き直す



「…勇者…ですか?」


「ええ。」


「勇者って…なんですか?」


「正社員です。他にも騎士や神官の求人もありますけど…昴さんは資格がないようですし、未経験ですよね。雇い主は王族ですよ」



…少しは聞いた事がある。


勇者という職業は今風で言ったらブラックな仕事だ。


依頼は魔物を倒す等厄介なものが多かったり、国王が欲しがるものを他の国に取りに行ったり…


お給料は出来高払い。

魔物を倒して得た素材を持ち帰ると換金してくれるらしい。

個人的に魔物を倒して売るのは自由みたいなんだけど



…月給制じゃないみたいなんだよな。


もちろん残業はつかないし


そのかわりに物凄い「特権」を与えられるらしいんだけど…。


その特権というのはよくわかっていない。


だいたいこの国、最後の勇者は20年近く不在のはずだ。


…断ろう


そう思った瞬間、僕の肩越しに声が聞こえる。


「わぁ!!勇者になるんですか!!頑張ってくださいね!!」


びっくりして振り向くと、そこには女の子が立っていた。


「いや…僕は…」


「すごい!!すごい!!私も旅に出たいなと思ってたんですが、なにぶん経験不足でして」


「いや…あの」


「あ!!失礼しました。私は神官見習いの樹理と言います。初めまして」


(…人の話を聞かないコだな)


そう思いながら樹理さんと名乗る女性をよく見ると


(…可愛い…)


本当に可愛らしいのだ。


艶やかな栗色の髪。 黒目の大きい潤んだ瞳

真っ白なローブに身を包んだ少女は気品も感じられる。…喋るとわたわたする感じだけど



背は僕の肩くらいだろうか。


両手で神官の武器、ロッドを大事そうに抱えている。


ひとことで言うと小動物のようだ。


(…こんなコと旅…いやいや。勇者はキツいって。第一初対面じゃないか)


そんな事を思っていると職安の方が樹理さんに声をかける


「樹理さん。こんなところでどうしたの?今日は仕事じゃないの?」



「すいません。村上さん。募集かけても応募がないから見てこいって王妃に言われまして…」



「あー。なるほどね。でも職安の中にまで入ってきちゃダメだよ。職安内はスカウト禁止なんだから」



(この職安スタッフの方…村上さんって言うんだ…)

などと思いながらポカーンとやり取りを眺めていると村上さんが


「はい。列に並ぶ人が増えてきたし、勇者応募しとくからね」



「ちょ…ちょっと」



「面接は明日朝8時。王妃の間です。よろしく」



…なかば強引に面接が決まってしまった。


勇者か…。


まぁ未経験の僕が合格するわけがないし、冷やかし半分で行ってみるか。



そう思いながら帰路につく。


「…履歴書書かないとな」


★★★

翌朝…早めに起きた僕はスーツに身を包み履歴書をバックに入れる。


(さすがに緊張するな…)



合格しなくて良いとはいえ、王族に会うのだ。


緊張しないほうがおかしい。


昨夜、母に話したら椅子から落ちそうになるくらい驚いていた。


貸衣裳屋さんでモーニングを借りてこようとしたのはさすがに止めたけど


「昴!!いってらっしゃい!!頑張ってくるのよ!!」



僕の背中をポンっと両手で叩く。


僕の人生を左右するような時、母は決まって背中を叩く。


運動会の時や受験の時…

少し懐かしくなった昴の口許は微笑んでいた…が


(…いやいや。勇者になる気はないから…)


慌てて我にかえる。



(でも母さん嬉しそうだ…)


母の顔を見てふと思う。倭の国の王族、火見子様の居城は高台の上にある。


野良詰みの石垣が立派なお城だ。


暁城と呼ばれている


(緊張するな…)


門の前まで来ると朱色の鎧に身を包んだ衛兵が近づいてくる。


「なにようか?」


「8時に面接でして…」


「ああ。聞いておるぞ。他の衛兵にも伝えておくから通るがよい」



…意外とあっさり通してくれた。


セキュリティは大丈夫なのか?


と訝しげな表情で昴は城内を歩いていく。

城の内部は木造建築で廊下も木の香りに包まれている。



しばらく歩いていくと豪華な装飾を施した扉が現れた。


衛兵が立っている


どうやらこの先に火見子様がいるらしい。


「なに用か」


「えっと…面接で」


「では通れ」



ギギギギという音と共に扉が開いていく。


思った以上に重厚な扉だ。

扉から一歩踏み入れると、部屋中には良い香りが満ち満ちていた。



部屋の隅に目をやると美しい侍女がお香を焚いているようだ。


香りで浄められた部屋は厳かな雰囲気に包まれていた。


「あー!!ほんとに来てくださったのですねー!!」


雰囲気を一気に変える声。樹理だ。


「これ…はしたない声を出すでない」

樹理をたしなめるように発した声の主は


この国の王妃火見子様だった。


倭の国の王族、火見子様は神々しく昴は直視できない程だった。


「そちが勇者希望の者か」


「はぃ。昴と言います」


緊張で声がうわずる。

仕方ない。本当に緊張しているのだ。

「そうか…。では勇者合格だ。よろしく頼む」


あまりにあっさり決まってしまい言葉を失う


しばし沈黙があり…我に帰った昴が叫ぶ


「え!!でも…そんなあっさり!!面接は?履歴書すら見てないですよ」



「我が城下に住んでおるのであれば我が家族と同じ。そちにも火の加護があるであろう」



「火の加護…」


そうなのだ。この倭の国は火を敬う


ここに住む民は料理を作るくらいの火力の魔法は扱える。


火見子は続ける


「しかも他に面接に来た者がおらぬ。時代が代わって勇者もブラック職業と言われるようになってしまったからな…」


悪戯っぽく笑う火見子様は魅力的で忠誠を誓っても良いかなと思ってしまう


「でも…」


「ごたごた抜かすでない。本来この倭の国の方針は「働かざる者食うべからず」じゃ。…決まりだ」


そう言うと手元にある鈴をならす。


「そちも一緒に食べていくがよい」


そう言うと料理が運ばれてきた。


「樹理も…な。」


「はい!!」


元気の良い言葉で返事をする樹理。


艶やかな栗色の髪が揺れる。しかし…食事を共にするという事は樹理も王族なのだろうか?


次々と料理が…運ばれて来なかった


王族の食事は思ったよりも質素だった。


僕の表情を見たからか火見子様が


「我等の生活は民に支えられておる故な」と説明してくれた。



神々しさとそのセリフで昴は忠誠を誓ったようだ。

カリスマとはそういうものだろう。


食事を共にして落ち着いてきた昴は火見子に視線を送る。


白い衣に朱袴。腰まである長い髪。

火の国で賢者の巫女という通り名どおり、知的な顔をしている。真っ白な肌は夢か現実かわからない程の儚さがある。


「さて。樹理。あれを」


火見子様が樹理になにかを持ってくるように伝える。


樹理は大切そうに宝箱を抱えて昴に手渡す。


宝箱の中には龍の形をした黄金の指輪が入っていた。


「はい!!それは勇者の証です!!それを持っていると、どこに入っても罪に問われません。所謂、不法侵入免除です!!あと…」


「そこからは私が話そう…。大事な話だ。その指輪をしていると不死になる。まぁ不死と言うか行動不能になると神殿に引き戻されるのだ。理屈はわからぬが我が国に伝えられている秘宝だ。樹理が言ったどこでも入れるというのは付属的なものだ。」



(…これが噂の特権か)


昴は指輪をまじまじと見る。


「指輪は常に身に付けておれよ。魔力や身体能力も増幅する故な…。それと樹理をそちにつける。仲良くせよ」


「よろしくお願いします!!」


元気の良い声に気圧されながら昴は頷いた。


「指輪もお揃いですね〜」


樹理が無邪気な微笑みを浮かべながら顔を近付けてきた。


昴は目のやり場に困ったように火美子に目をやる。


「では今日はここまでじゃ。今は依頼はない。なによりも指輪に慣れよ」


★★★


正社員就職できた…


勇者だけど…いきなり可愛い女の子の仲間が出来てるし


軽いパニックだ。


一応母親に報告しないと…ってか勇者って社会保険入ってるのかな?


と考えながら帰路につく。


…それと後ろを歩く樹理をどう説明すべきか…



「わぁ!!ここが昴さんのお宅ですね!!」


どう説明しようか考えている間に樹理は大声をあげた。


家の中からゴトゴトと音がする。


説明の前に既に樹理の声は母に聞こえているだろう



ガチャ…


玄関が開くと同時に樹理が飛び込む


「お母様!!よろしくお願いいたします!!今日から昴様の仲間になりました樹理と申します!!」


母の手を握りブンブン振っている


昴が目眩を覚え壁に手をつくと


なにがあったのが樹理は既に母と打ち解けていた。


女同士というのはそういうものだろうか?


母に勇者に就職が決まったと言うと思った以上に喜んでくれた。


(…ま…いいか)


母の喜ぶ顔を見ると、ブラックかもしれない勇者も良いかなと思う


とにかく就職できて良かった。


そんな事を思っていると母は倉庫に走っていった。


「これは…」



あなたの父親の武器と防具よ。


そこに置かれた物は小太刀しと胸当てだった



「これはあなたの父親が遺した武器と防具よ」


「いや。雰囲気で話さないでよ。親父は生きてるじゃない」


「そうだったかしら」


母はケタケタ笑っていた。


雰囲気で話すのは母の悪い癖だ。



「でも…ありがとう」


昴は呟く


勇者の装備としては正直物足りないが、武器も防具もなくては戦えない。


先日まで無職だった昴にとっては宝物だ。


倭の国の貨幣価値であるゴールドで言うと昴の貯金では籠手すら買えないのだ。


(…といってもポーションくらい買うか)


昴は道具屋に向かう


自宅をぐるりと回る


お店の戸を開けると…母がいた


「いらっしゃい」母が笑っている。


昴の自宅は道具屋だ。父は商人でモンスターを倒して手に入れた道具を加工して販売している。


昴は前に「うちの道具屋で雇ってよ」と言った事はあるが、あっさり断られた。


あまり売上は良くないらしい。



ポーション3つ買う。


家族割りも社員割引も通用しなかった…


さて


「いってきます」というと母が背中をポンっと両手で叩く


1日で2回は初めてだ。


倭の国は高い塀で囲われているのと、城壁の外では騎士が街に入らないよう戦ってくれているので基本的には安心だ。


旅をする方法は火見子様経由で騎士に護衛を頼むか、うちの父のように自力でモンスターを倒すしかない。



…大丈夫だろうか


僕は街の外に出た事はない。当然モンスターと戦うのも初めてだ。


小太刀をパチンパチンと落ち着きなく鞘から抜いたり納めたりを繰り返すと樹理が言った


「昴さんなら大丈夫ですよ!!」


両手でグッと拳を作りながら言う。



…大丈夫ではない。

大丈夫なわけがない。


剣を持つことすら初めてなのだ。


…ふと丸太のような腕を思い出す。


(…村上さんに相談してみようか…)


あの腕はかなりの修羅場を潜ったであろう。


戦いに関しては百戦錬磨かもしれない。



足早に職安に向かう


相変わらず混んでるな…

職安に入ってすぐ感じた


考えてみたら街の外に出る事すら騎士の力を借りねばならぬのだから、閉塞的な街では仕事が限られているのも当然なのかもしれない。

キョロキョロと職安を見回す。


いた!!村上さんだ!!


手を振ると気付いた。


列に並ぶように促される。

嬉しい


覚えていてくれたようだ。

まぁ昨日の今日だから当然か…とも思ったが、覚えていてくれるのは嬉しい。


並んでいると昴の番が回ってきた。


「勇者決まったのかな?樹理さんもいるところを見ると…」


「はい。決まりました」


そう答えるやいなや


「失業保険の手続きは中止しておくね」



…手招きした理由はそれか…


さすが…


と昴は半分呆れる。


それよりも戦い方だ。「村上さん!!戦い方を教えてください!!」


カウンター越しに頭を下げる昴


…村上さんは少し困った顔をしながら


「もうすぐお昼休みだから外で待ってなさい」


村上さんは覚悟を決めたように言った



しかし職安を眺めていると色んな人がいる


就職する気ないんだろうなーと思うような人や、ガツガツしすぎて怖いくらいのような人


ともかく感じる事は(…笑顔がない…)


やはり街から外への道を切り開く人間が必要なのだ…


そんな事を思っているとお昼休みのチャイムが鳴った。


「村上さんお願いいたします!!」


昴が頭を下げる


村上さんは頭をかきながら…


「よし。そのドラム缶の上で腕相撲だ」



「はい?」


レディ…ゴー!!



意味がわからなかったがアッサリ負けた。


聞いてみると村上さんは倭の国アームレスリングチャンピオンだったらしい。


「これが戦い方だ…」


意味がわからなかったが呼吸というか間を教えたかったみたいだ。


(…間…か)


昴はわかったようなわからなかったような感じで自分の髪をグシャグシャと掻いた。


「これは餞別だ。持ってくといい」


ポイッと手渡してくれたものは籠手だった。


「あ…ありがとうございます」



「いいってことよ。一歩踏み込めよ」


そう言いながら片手を挙げて去っていく。


お昼ご飯を食べに行ったのだろう。



昴は戴いた籠手を見た。



かなり使い込まれたものみたいで、あちこちに傷がある…


アームレスリングで付いたとは考えにくいような傷があちこちにある。


やはり村上さんは名のある騎士かなにかだったのだろう。


昴は鼻を近付ける


…臭い


使いこまれたその籠手はかなりのにおいだった。


「よし。装備に行く前に井戸に行こう」



昴は樹理に声をかけて昴は歩き出した。


★★★


昴は籠手を洗いながら考えていた。


そう…今から街の外に出てモンスターと戦いに行くのだ。



くるりと樹理の方に視線を送る。


樹理はニコニコしながらココアを飲んでいる。

自分は戦えるのであろうか…。


前の職場では上司が嫌で辞めてしまった。



勇者はブラックだと言ったものの、火見子様からの依頼がなければ、こうやってブラブラしていても誰にも咎められない。



母からは「仕事に自分が合わせるものよ」と叱られたものだが


この勇者という仕事は依頼がない時は自分で考え動かなくてはならない。

とはいえ、今の現状ではモンスターを倒して素材を手に入れなければゴールドすらないのが現状だ。


樹理がココアを買った時、昴も実は飲みたかったのだが、手持ちのお金もないし、「おごって」の一言も言えなかった。




(…戦うしかない)



そうだ。昴に考える暇はない。


戦わなければ好きな物すら飲めないのだ。そう考え、昴は籠手を装備しながら樹理と打ち合わせをする。


樹理は神官見習い


基本的には回復魔法が得意なはずだが、街の外に出る前に確認しておく必要がある。


「樹理さ…んはどんな魔法が使えるの?」



「えっと…回復魔法と…多少は風を操れますよ。あと、樹理で良いですよ」



「え…」


火の民は火しか操れないはずだけど…


そんな疑問が頭に浮かんだ。


でも…まだ会って1日〜2日でそんな事を聞くのも失礼だろう。


それに二人で似たような火の魔法が使えてもあまり意味ないし…


昴の今使える火の魔法はスピリットファイヤ


この炎は精神統一に使う火《精神の火》と呼ばれ火の民なら誰でも使える。


…火力は蝋燭並みだが。



本来火の民なら料理を作るくらいの火力は出せるのだが、いかんせん昴は家事の手伝いもしなかった。


昴の魔力では蝋燭の炎が限界だ。



(…戦えるかな…)


不安に思うがやるしかないのだ。


やらなければ収入がない。


昴はパチンと鍔を鳴らした。

★★★


「お気をつけて」


街の門を護る屈強な衛兵が門を開けてくれた。


通常街の外に出る場合は、騎士の護衛をつけるか身分証明書が必要だ。



身分証明書には住所 氏名 年齢 性別が書いてある。

これがないと街の外には出られない。


理由は「魔物が人間に化けてた場合、見抜けない」との事らしいが、倭の国近辺にはそんな上位の魔物は現れない。



「いってきます」



今日の修行は近くの湖まで行って水を汲んで帰ってくる事だ。修行と言えば聞こえがよいが、当面の生活費を稼ぐ目的もある。


世の中は金だ!!とまで言う気はないが、どちらにせよ装備を揃えるにしても食事をするにしても先立つ物がなくてはどうにもならない。


街から湖までの道程は比較的弱い魔物が出る…らしい。


らしいだけだ。


魔物と戦うのは初めてだし、街の外に出る事すら初めてなのだ。


昴の顔が緊張でひきつる。


その後ろを樹理がニコニコ笑顔で歩いている。


(…怖くないのだろうか?)


そう思ってると繁みがガサガサと動く。


…来る…


気配がするが獣のようなにおいはしない



ピリピリとした緊張感と共に昴と樹理は繁みから距離をとる



《グアアオオオオー》


低く滑り気のあるうなり声を上げて近づいてくる魔物は…



「サラマンダーだ!!」


サラマンダーは炎を操る

倭の国近辺ではわりとポピュラーな魔物だが



「…でかい」


話に聞いてるより圧倒的に大きかったのだ。


それは安全な場所で聞いていた

「3メートルくらいの魔物」

という情報より大きく見えた。


しかし昴の目測は見謝っていた。


そのサラマンダーは3メートルには満たなかったのだ。


始めてみた動く巨大な魔物と、恐怖が明らかに目測を誤らせた。


(…怖い…怖い怖い!!怖い!!)


昴は恐怖で震えている。


小太刀を抜いたものの恐怖で脇差しがカチカチ鳴っている。


口が渇く…水が飲みたい…


しかし退く訳にはいかなかった。


後ろには樹理がいる。


不様な真似はできない。



昴は斬りかかった。


しかしお世辞にも格好のよい姿ではなかった。


右上段から左下に袈裟斬りで斬りかかる


《ギャオッ》


当たった!!


しかし浅い!!


サラマンダーの動きを止めるようなものではなかった。


直後に反撃を受ける


《グアアオオオオー》


炎だ!!サラマンダーは炎を操る。


口から吹き出された炎に昴は包まれた



「あちちちちー」


倭の国 火の民は炎に耐性がある。


とはいえ何度もくらってはさすがに身動きがとれなくなるだろう。


周囲には焦げ臭いにおいが立ち込める


「昴さん大丈夫ですか!!?」



後ろから樹理の声が聞こえてくる


ロッドをギュッと握りしめて心配そうだ。


(…まったく大丈夫ではない)


昴は思う


サラマンダーの鱗は斬れたがそれだけだ。


踏み込めない。


「私がお手伝いしますっ!!」



樹理の体を風が包んでいく


周りの木の葉も樹理に吸い込まれていく。


それはまるで小さなつむじ風のようだ


しかし…これは…


息苦しい…周りの空気も樹理が集めているのか…


「鎌鼬の刃!!」


樹理がロッドをサラマンダーに向けると周囲の空気がぶつかりサラマンダーを切り刻んでいく



「…凄い…」


昴は思わず感嘆の声を洩らした。

それはサラマンダーの鱗を剥ぎ取り、まさに鎌鼬のように斬り傷を増やしていく。



「昴さん今です!!」



さっきは浅かった


村上さんの「一歩踏み込めよ」という言葉を思いだし地面を蹴る!!



その姿は影をおいてけぼりにするくらい早かった。


低く構えた昴はその高さを保ったまま突っ込む


サラマンダーが昴に気付き口を開けるが


それより先に昴の小太刀はサラマンダーの喉奥に突き刺さる


サラマンダーは苦しそうに悶え口からボボッ ボボッっと小さな炎を吐いている



…勝った…のか。

静かに動きを止めていくサラマンダーを横目に息をつく。


魔物とはいえ命を奪った感触が残る。


魔物は魔物なのだが、それは人間から見た都合なのだ。


しかしやるしかなかった。


やらなければやられていた。


樹理の方を見ると、先程の魔法は無理したのだろう。


一点を見つめながら肩で呼吸をしている。



「大丈夫?」


昴は問いかけると、ぜーぜーと言いながら


「回復します」と言うと、昴に回復魔法をかけた。


その魔法は昴の火傷を回復していく。


手のひらから樹理の体温が伝わってきて少し照れ臭い。


腕の傷が治ったあたりで樹理がため息をつく。


どうやら魔力が尽きたようだ。


「ありがとう。もう大丈夫」といい昴は感謝を伝える。

いえいえと言いながら微笑む樹理は眩しかった。


「今日は帰ろう」


まだ日は高かったのだが、樹理の魔力も切れているようだし、なにより火見子様から預かった指輪の力が凄まじすぎた。


身体能力や魔力が上昇する指輪と聞いていたが、それは想像を上回るものだった。


集中していた為になんとか倒せたが、本当はサラマンダーの頭を狙っていたのだ。


あまりの自分のスピードに手元が狂ったと言ってもいい。


踏み込みが深かった為に、口の中でも致命傷が与えられたのは幸運だった。


しかしその後の昴には戦った痛みと違う痛みが昴を襲っていた。


といっても運動会後の筋肉痛くらいのものだが…。


まずは少しずつでも指輪に慣れていくしかない。

樹理はまだ戦えるという口振りだったが、このサラマンダーを街に持ってかえり換金しなければならない。


しかしサラマンダーは持ち上がるのだろうか。


(一応試してみるか…)


意外とあっさり持ち上がる。

これも指輪の効果のようだ。獲物を街に持ち帰った昴はどこか誇らしげだ。


勇者は依頼がない限り基本的な収入はない。



この獲物を売って収入にするのだ。


サラマンダーの皮は防具屋で売れた。


肉は食材として売る。


余す事なく使えるサラマンダーに無駄なところはない。



久々の野生の魔物に街は盛り上がりをみせていたようにも感じる。



やはり閉鎖的な環境はそれだけで人から笑顔を少なくさせるようだ。



サラマンダーは5千ゴールドで売れた。


5千ゴールドというと三人で食事に出掛けたらパっと消えてしまう金額だが、昴は迷う事なく母と樹理を誘い食事に出掛けた。



自分で稼いだお金で食べる食事は格別だった。


勇者も悪くない…


そんな事を考えながら楽しい食事は過ぎていった

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― 新着の感想 ―
[良い点] 他作品もそうですが、タイトル・導入がすごくキャッチーで惹きつけられますね。なにそれどういうことwと思いつつなんとか展開を予想してみたら、それすらもひっくり返される(笑) 発想力に驚かされ…
[一言] ハローワークに勇者、このRPGどう進めるのかとドキドキしましたが、続き楽しみにしていますね!
2014/07/30 21:13 退会済み
管理
[良い点] 世界観がハチャメチャだけど、それを無理に押し通している力強さ。 [気になる点] 三点リーダ―の使い方が気になりました。 [一言] 現代的価値観とファンタジー世界をもう少し世界観を上手い具合…
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