つーか事情が何も分からないままどんどん進んでいく。
「時間が、何だって?」
その少年(?)は、俺たちからほんの20メートルほど離れた樹にもたれ掛かっていた。
胸ぐらいまで伸びた黒髪。緑色の目。邪悪な笑みを浮かべた、中性的な顔つき。
そして、背中には黒い蝙蝠の羽のような翼や、魚を仕留める銛のような細長い尻尾という、人間らしからぬパーツまでついている。
――――まるで旧約聖書に描かれているような悪魔。
「おい、おま――――」
「『おまえ』じゃない。僕の名は、アガリアレプトだ」
俺が言い終わるよりも早く、アガリアレプトと名乗った悪魔は両手で俺の首を絞め、俺の言葉を遮っていた。息ができなくなる。
だが、その悪魔は一向に力を緩めようとしない。それどころか、強くなっている気さえする。
必死にもがくが、手は離れない。
「う……ッ!」
苦しくて、声が漏れる。
「シグレっ!!」
フィニアは右手を前に――――俺の首を握りつぶそうとさえしている悪魔に向けて――――なにやら呪文のようなものを唱え始める。
「An evil spirit is turned down and please protect people. Defense magic !!」
意味は、「悪を退け、人を守れ」ってとこか? 中二設定つくるために覚えた英語が、こんな異世界で役に立つとはなぁ。
俺は国語と英語の点数はいいんだよ。その2教科だけなら学年ベスト5に入ってるぜ。
どうでもいいことを考えていたそのとき。
突き出したフィニアの右手から、魔方陣のようなものが浮かび上がる。
同時に、同じものが俺の足元にあるのも分かった。そしてフィニアが、
「Magic motion!!」
と叫ぶと、魔方陣の光が増し、俺とアガリアレプトなる悪魔の間に光の壁を創り出す。
バチィッ!と奴の手が弾かれる。
「ぐッ! お前らイマジンワールド人は攻撃魔法を使えないはずだっ……。どうして……!?」
血で濡れた手を押さえ、アガリアレプトは問う。
「『アガリアレプト』って名乗ってるのに、そんなこともわからない? これは一応防御魔法だからセーフなのよ、たぶん」
「いやお前もわからないのかよ」
つーか事情が何も分からないままどんどん進んでいく。疎外感パネェ。……ちょっと整理しよう。
えーっと、『アガリアレプト』ってのはたしか『どんなに崇高な謎でも解明してしまう力を持つとされる悪魔』だったっけ。だからあの台詞か。
で、イマジンワールドってのがこの世界のことだろ? ――――ってことは、この世界の人間は攻撃ができないってことなのか?
そのとき、俺の頭の中に声が響いた。
【――攻撃ができるのはあなただけ……。何か武器を、強く思い描いて……】
この声は……フィニア?
どうやら、魔法とやらで俺の頭に直接話しかけてるらしい。よくわかんねぇけど、武器を想像すればいいんだよな?
俺は目をつぶり、昔中二ノートに描いたある2つの剣を想像する。それが端から端まで明確になったとき、俺の両手に何かの感触があった。細長いものを持っているかのような感触。
そっと目を開けると、俺の両手にはさっき想像した2振りの剣が握られていた。