先生の評価と後日談
●余白に記された先生の評価
下嶋さんは、『どくしょかんそうぶん』というしゅくだいをかんちがいしていたみたいですね。もしかして漢字が読めなかったのかな??
だけど、先生、感動したので、これをしゅくだいとしてみとめます。
人生は、いろいろたいへんなこともあるから、これからも強くたくましく生きていきましょう。
先生も、つらいこととか落ち込むことがいっぱいあるけど、がんばってます。いっしょにがんばろうね!
●『おとうさんの日記を読んで』を読んで
ちなみに、このとき先生は、わたしみたいな不真面目な生徒の面倒を見たり、頭がいっちゃってるモンスターペアレンツに目をつけられたりして、大変な苦労をなさっていたそうだ。そのストレスから誰でもいいから男を紹介してくれと友人に頼み、恋人になったのがとんでもないクズでダメで酒浸りの無精ヒゲで、さらにストレスが溜まっていたらしい。そんな話を知った今では、先生のことをすごく尊敬できるようになった。本当、今更だけど。
それにしても本当に、小学生時代のわたしは何て変なものを書いたんだろう。もしも時間遡航ができたなら、「読書感想文ってそういうことじゃないだろう」って言いながら頬の一つでもバチーンとやりに行きたい気分だ。
確か、この時、生まれて初めて本気で宿題に取り組んだんだよね。頭わるくて、やるべきこととは全然違うことだったし、最後の方とか、間に合わせようと思って無理矢理まとめにかかってるし。昔のわたしのテキトーさが垣間見えるというか、何と言うか……。でも、あとで呼び出されて、怒られるのかと思った時、いつも厳しい先生が優しく抱きしめてくれて、感動したのをよく憶えている。「よく頑張ったね」って、そう言って。
わたしは、黒歴史ボックスから発見した読書感想文『おとうさんの日記をよんで』を黙読し切った後、昔よりも少し近くなった天井を見上げた。
やっぱり、微笑ましさよりも、寂しさの方が強く感じられる。
あの時、父と母は「りこんはしない」と言った。
確かにね。うん、確かに、りこんはしなかった。
だって、そもそも母と父は結婚していなかったのだから。
もしかしたら、ちゃんと結婚とりこんをしなかったから、すっきりしていない何かがあるのかもしれない。
母は、あれからしばらく後、賢い弟を連れて出て行った。
わたしは、傷ついた父を支えながら、まっとうに生きてきた。
今はわたしも、大学生となり、酒屋でアルバイトして家計を助けられるくらいにもなった。優しい父と共に、それなりに充実した毎日を過ごしている。
りこんはしないと言っておきながら出て行った母が憎いわけではない。会うことができるなら、また会いたいと思っている。
一度だけ、弟が訪問してきて、無事を報告していったけれど、できれば、母も一緒に来て顔を見せて欲しかった。
父の日記は、今も、たまに見ることにしている。
相変わらず、内容は暗い。悲しみと憎悪と反省に満ち満ちている。父の人間らしさが垣間見える内容だ。見ているのが辛くなるときもあるけれど、わたしは父の心を知り続けたい。興味というよりも、そうしなければいけないような気がするから……。
もう十年以上も続けていることだから、さすがに鈍感な父親も、わたしが日記を盗み見ていることに気付いているだろう。もしかしたら、最初から気付いていたのかもしれない。
わたしは、父は父の幸福を求めても良いのだと言ってやりたい。
母は、もう死んだのと同じようなものだとまで言ってしまうのは、言いすぎかもしれないけれど……。
でも、本当に。お願いだから、母のことを忘れて欲しいと言いたい。実は忘れてほしくもなかったりするけれど、やっぱり忘れて欲しいと言いたい。父の人生は父のものだ。もう遠ざかってしまった誰かに縛られては、いつまでも父の時間は止まったままだ。
父は、母が出て行った日から、一度もお酒を飲んだことがなかった。だけど、今日でわたしも誕生日をむかえ、ついに二十歳になったから。だから今夜は、いつも自分自身と戦っている父と一緒に、人生で初めてのお酒を飲んでみようと思う。
バイト先でもある酒元酒店のフユミねえさんが、「こお子ちゃん、これオススメー」と言って格安で売ってくれたお酒を受け取った。小さなビンに入った洒落たお酒だ。
いつも父が飲んでいたものとは、全然違うお酒。とても甘くて飲みやすいらしい。
できれば、今日をきっかけに、父にも新しい道へと踏み出して欲しい。
――とにかく、今日は、呑もう。
わたしは、どうにかして父を幸せにしたいのだ。
ずいぶん遠い日に書いた掟破りの読書感想文を久々に読んで、わたし下嶋凍子は、そんなことを思った。
【おわり】