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その三

●八月二十九日


 日付を書いたとき、たいへんなことに気がつきました。もう、なつやすみが、早くもおわりに近付いています。たいへんです。宿題が、けっこう残ってしまっています。

 でも、こっちの、りこんの問題の方が、たいへんなことなのではないかと思います。だから、もしかしたら、ほかの宿題がおわってなくても、おこらないでください。

 わたしは、弟に昨日のことを話しました。そしたら、

「姉上はバカなのですか」

 と言われました。

「野球をやって安定したお金をもらえるなんて、えらばれたひとにぎりだし、草野球しているオジサンたちに言っても、まったくどうしようもないよ」

 たしかに、よくよく考えてみれば、弟は、かしこいかわりに体力がないモヤシ野郎です。おとうさんがいくらキャッチボールが上手いとはいっても、弟よりは上手いというレベルの話だったようです。そんなんでプロとか、考えてみると片腹いたいです。少しあせって冷せいさを欠いていたということで、わたしも悪いです。

 ですが、弟の言い方は、姉をコケにしたものだったので、はんせいが必要だと思います。

 ともあれ、おとうさんの仕事さがしは、あっという間にあんしょうに乗り上げたわけなのですが、やっぱり、わたしは、あきらめ切れないです。

 そういえば、おとうさんは、お酒も得意です。いつも夜、アルバイトからかえってくると、おかあさんにお酒とおつまみを出させていました。さいきんは、お酒をのんでいるところを見たことないですけど。

 わたしは、そんなに、よのなかには詳しくないので、お酒にくわしそうなひとに、お酒の仕事があるのかどうか、きいてみることにしました。

 昨日と同じように、麦わらぼうしをかぶって家を出て、しゃくねつのせかいを歩いて、区営グラウンドに出かけてみると、ネットうらに昨日のおじさんがいて、昼間からのんでいたので、くさかったので、わたしはさっそく、ききました。

「お酒の仕事? おじょうちゃんのトシだと、まだ早いね。じゅようはありそうだけど」

 意味がよくわからなかったですけど、なんとなく、ものすごいゲスなことを言われた気がしました。もしチャンスがあれば、ぜひこの人をしょくむしつもんしてほしいです。おまわりさんカモンです。

「よってるんですか?」

「ああよってる。昨日も、知り合いにおごってもらったんだ。おかげでタダ酒を必要以上にのみまくって二日よいでね。へへへ」

「おじさん、すごいクズですね」

「よく言われる。ところで、お酒に関係する仕事を探してるんだったら、ボクにきくよりも、酒屋にでも行ってみたらいいんじゃないか」

「なるほど」

「よのなか、そうそううまくいくことばかりじゃないさ。だけど、ボクはこうして生きている。おじょうちゃんも、おもうまま、生きたらいい」

「はぁ、ありがとうございます」

 そしてわたしは、「あなたは、おもうまま生きすぎです」と心の中でツッコミを入れながら、ダメ男に頭を下げ、手をぶんぶんと振って、商店街に行ったのでした。

 もしかしたら、何もできないおとうさんでも、酒屋さんになれるかもしれません。そうすれば、おかあさんともずっと一緒にいられると思いました。

 わたしは、わたしの気持ちは、おかあさんとおとうさんと一緒にいたいです。

 おとうさんと、おかあさんが、べつべつなんて、あってはいけないです。

 わたしは、ぼろっちい商店街に行きました。

 多くがシャッターをおろす中、がんばっているお店が、いくつかあって、その中のひとつが、酒屋さんです。

 さかもとさんがやっている酒屋さんで、さびれた商店街のお店のくせに、お店の中が、おしゃれです。

 そこに、黄色いエプロンをそうびしたパイナップルみたいなヘアスタイルのおねえさんがいました。すこし日焼けしていて、はだかに近いかっこうの上にエプロンなので、はだかの上にエプロンをしているように見えます。やばいです。こむぎいろのはだかエプロン、エグいです。

 あれは、ギャルです。

 ギャルは、たいへん恐ろしい生き物だと聞いたことがあります。

「おい、何だ、小娘。ここは、子供の来るトコじゃないんだけどな」

 かくれようとする間もなく、ギャルに見つかってしまいました。みけんにシワがよっています。こわいです。

 だけど、今の言葉は、店に足をふみいれた他人に対しての、さいしょの言葉として、どうなのでしょうか。

 ともかく、わたしは、「おねがいがあるんです」と言いました。

「お願い?」

 おねえさんのパイナップルあたまが揺れました。首をかしげたのです。

「はたらかせてほしいんです」

 と、わたしは言いました。しんけんです。

 でも、ギャルねえさんはヘンガオをしながら、かおの前で手を振って、

「いやいや、アホか。酒屋なのに子供をはたらかせるとか、アリエンティーでしょ。確かに、あたしも未成年だったりするけどさ」

「ろーどーきじゅんほーに、てーしょくしますか」

「ほへー、むずかしい言葉しってんね」

「ところで、ここに、てーしょくはありますか?」

「はい? ここはメシ屋じゃないんだけど」

 ギャルねえさんは、はげしく首をかしげました。

「おとうさんに、てーしょくがありません」

「はい?」

 ギャルねえさんは、首を逆方向にかしげました。

「わたしが、はたらくのではなく、おとうさんが、ここではたらけたら、りこんしないことに……なるんじゃないかなって」

「んー、わかんない」

 ギャルねえさんは、からだばっかり大きくて、あたまがわるいようでした。

「したっぱではラチがあきません。えらいひとを呼んでください」

「何いってんの。このあたしにシツレイだし。ジャマすんなら帰れよ。えいぎょうぼうがいだよ」

 だけど、わたしは、引き下がりません。はじめて会ったギャルねえさんのエプロンにしがみつきました。

「りこんは、だめなんです。おとうさんにお仕事させないと、だめなんです」

 もう必死です。ぜったいに引きません。

「しゃちょーを、しゃちょーを呼ぶのです」

「あーもー、うっさい!」

「いたい、いたい、いたい、いたい」

 あたまを、わしゃわしゃとかき回されました。とんだランボーギャルでした。あまりにもボーリョク的で、わたしのキューティクルはぼろぼろです。泣きたいです。

 このままでは、ギャルねえさんと同じようなパイナップルあたまになってしまいます。それは、いやです。

「やめてください、やめてください、うわぁあああうわわああ!」

 わたしは、さわぎました。大きなこえを出しました。

 するとどうでしょう、ドタドタという足音がきこえたかと思ったら、のぶとい声がひびきわたりました。

「コラァ、フユミ、このバカ娘がぁ! 幼女を泣かしてんじゃねぇぇ!」

 おっさんでした。頭にねじりハチマキをしたおっさん。おじさんと呼ぶのもはばかられるような、見事なおっさんでした。ハチマキに加え、はらまきをも装備しているところから考えても、理想のおっさんと言ってよいのではないでしょうか。

「かはぁ!」

 ギャルねえさんのパイナップルが、地面に近付きました。ギャルねえさんがヒザをついたのです。

「てめー何すんだクソ親父! 女殴るとか最低だぞ、こんちくしょー!」

「幼女にあやまれぇ!」

「うっせーだまれぇ!」

 わーわー、ぎゃーぎゃー。ぼかすか、ぼかすか。たいへんです。わたしは、このお店でおとうさんが、えんかつな人間かんけーをこうちくできるのか、とても不安になってしまいました。

 けれども、おとうさんとおかあさんが、りこんをしないためには、おとうさんに安定したお仕事が必要なのです。なんとか、何にもできないムノーなおとうさんに、仕事を見つけないといけないのです。いっこくもはやく。

 とっくみあいのケンカは、いきなり、おわりをむかえました。

「だまらっしゃい!」

 たくましい二つのこぶしが、おっさんとギャルねえさんをおそったのでした。

 ぐるぐると、うつくしい回転をみせた二つの肉体は、おりかさなるようにして床に落ちました。

「親父、重い! 重いし、くせぇし、あぁああ! もうしね! しねしねしね!」

「フユミ、もう一杯、いっとく?」

 急にあらわれたおばさんは、こぶしをちらつかせます。

「……サーセンっした」

 ギャルねえさんは、かおを真っ青にして、あやまりました。

 おっさんは気を失っていました。よく見ると、ぶくぶくと、あわをふいています。

 わたしはガクガクとふるえて、あとずさったところ、おさけがいっぱい並べられた棚にお尻がぶつかりました。きょうふでした。

「ごめんね、うちのダンナと娘が。こわかったでしょう?」

 おばさんは、うごけなくなったわたしにゆっくりと近づいてきて、わたしの頭をそっとやさしくなでてくれましたが、正じきに言うと、おばさんのことが、すごくこわくて、わたしは、おしっこをちびりました。みんなには、ないしょにしてください。

 だけど、それでも、わたしは勇気をだして、おばさんに、おとうさんに仕事をもらえないかきいてみました。でも、おばさんは言いました。

「ごめんねぇ、うちもねぇ、人をやとってるヨユーないのよ」

「そうなんだ……」

「でもそうなのか、おとうさんとおかあさんが、りこんねぇ。へぇー、まだ小さいのに、大変なのねぇ」

 その後も、おばさんは、ものすごくしんみになってくれて、わたしの話をきいてくれました。



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