その二
●八月二十七日
きのう、弟をなぐりました。あまりにナマイキなので、おうふくビンタしたら泣きました。
「親とはいえ、おとなの男女のじじょーに口をはさむのはヤボってもんだ」
弟の言葉は、正しいのかもしれません。でも、ぜったいに正しくありません。
弟がすねてしまって押入れに閉じこもったのが、すこしかわいかったです。
きょうは、おとうさんは「おやすみの日だよ」とわたしたちにウソをついて、一日中ゴロゴロしていました。とてもあつかったので、おとうさんはパンツいっちょうでした。
ところで、わたしはパンツいっちょうと、パンツにちょうは、どちらがヤバイのか悩んでいます。弟の自由研究テーマにどうかと言ったのですが、いやだと言われました。
「姉上さまは、変態のそしつがある」
とは弟の言葉です。
また、ほっぺたを殴られたいにちがいありません。
おとうさんとおかあさんは育て方をまちがえたかもしれません。とんでもないドMのヘンタイ少年に育ってしまって、ただただ悲しいです。
きょう、おとうさんとおかあさんは、りこんの話なんかしないで、ふつうに会話を交わしていました。
「みっともない格好やめなさい子供がマネするでしょ」
「大丈夫だろう。二人とも、オレには似ていないからな」
「……なぐるわよ」
「すみません」
おかあさんは、おとうさんのほっぺたをなぐるときは、わたしとちがってグーでいきます。さすがに大人でも、なぐられたら痛いそうです。てっきり、大人になったら、痛くなくなることが増えるものだと思っていたのですけど、そうでもないらしいです。
わたしは、たしかに、おかあさん似かもしれないと思うときがあります。さっきも、弟を殴りました。
なんか、「こんなかんたんな漢字もかけないの?」とか「じしょを引くといいよ」とか上から目線で言ってきたので、差し出されたじしょのカドで殴ってやりました。
弟は、ひきょうです。
すぐ泣いて、おかあさんに助けを求めるんです。
弟は、おかあさんに言いました。
「姉上さまがイジメた! なぐられた」
そうしたら、おかあさんが鬼みたいなかおでずんずん近付いてきて、わたしのほっぺたを殴りました。
パーで殴られただけなのに、こんなに痛いです。おとうさんがグーで殴られるときには、もっと痛いにちがいないです。
●八月二十八日
今日も、お父さんの日記を見ました。そうしたら、わたしがお母さんにビシバシ殴られた事が大袈裟に書かれていました。『DVではないか』という単語が印象的だったので、辞書を引いてみたのですが、多分DVDの事を言いたいんだと思ったのですが、よくわかりませんでした。おとうさんの日記は、なかなか読むのが難しくて、読書感想文としてやりがいが有ります。
「エロいDVDディスクとか、そういうプレイとか、そういうことが言いたいんじゃないか」
というのは弟の言葉です。
お父さんとお母さんは、育て方を間違えたと思いました。弟は、とんだムッツリ助平に育ってしまいました。今から二人で教育し直した方が良いと思います。
ああ、辞書を引きながら書くと、なかなかふでが進まなくて、いらいらします。弟は、いつもこういうのを、へいぜんとやるんでしょうか。ナマイキでムカツクところもあるけれど、すごいやつだと思います。
わたしは、そんなあたまの良い弟にききました。どうやったら、おとうさんとおかあさんが、りこんしなくなるのかと。そうしたら、弟は言いました。
「おとうさんに、あんていした仕事があれば良いんだ」
わたしは、おとうさんの得意なことは何なの、と、弟にききました。どうしてかというと、わたしには、おとうさんはいつも家でゴロゴロしたり、テレビを見てわらったりする人にしか見えなかったからでした。
弟は、うーんうーんとうなりながら、何度も首をかしげたすえ、
「父上は、キャッチボールが上手だ」
と言いました。
「とくいなことを仕事にするべきなんだ」
つまり、おとうさんを野球せんしゅにできれば良いんです。
思い立ったから吉日。わたしは、すぐに玄関から飛び出しました。
おとうさんを野球せんしゅにするべく、うごき出したのです。
フェンスがある区営グラウンドでは、大人たちによる野球が行われていました。ユニホームを着たベースボーラーたちが楽しそうにボールと、たわむれています。わたしは、その中でいちばんえらそうなオジサンに、おとうさんのことを話してみました。
アルバイトをクビになったので、仕事をさせてあげたいと。野球せんしゅになれれば、いちばんなので、キャッチボールがうまいので、このチームに入ることができないかって。
でも、よのなか、そうそう甘くありませんでした。
「お嬢ちゃん。おとうさんは、高校じだいとか、野球をやっていたの?」
きかれた時、わたしは、「しょーぎ部でした」とこたえました。これが、いけなかったようです。どうやら、さいようには、高校じだいのブカツが、じゅうようだったらしいです。
「というか、おじょうちゃん、とりあえず、そういうのは、ここに言うことじゃない」
オジサンは、「いそがしいんだ、あっちへ行け」と言わんばかりのかんじで、わたしをおきざりにして、チームメイトのみなさんといっしょに去っていきました。
チームに、やとってもらえず、お給料ももらえない結果となってしまいました。わたしのアピールが、よくなかったのでしょうか。
わたしが肩を落としていると、男の人から声をかけられました。
肩におかれた大きな手。
おとうさんよりも汚いヒゲの人を見上げました。おとうさんより少し若い人でした。顔があかくって、手には水が入ったビンを持ってて、夜のおとうさんみたいな甘いにおいがして、すこしふらふらしていました。はっきり言って、不しん者だと思ったので、わたしは身がまえました。
「ヘイそこの君、この麦わらぼうしは、君の?」
どうやら、わたしがベンチ代わりにしていた切りかぶに、おきっぱなしだったぼうしを届けてくれたようでした。
さらに、ぶしょーヒゲの汚い男の人は言いました。
「幼い女の子に声をかけたからといって、ボクはシンシだ。ロリコンではないからね」
わたしは、その言葉にびっくりしました。
おじさんは今、たしかに「りこん」と言いました。
「あの! おじさんは、『りこん』を知ってるの? りこんについて詳しいの?」
「はい? りこん? 知ってるといえば知ってるけど」
「おとうさんとおかあさんがね、りこんするのがたいへんなの。イヤだから、おとうさんに仕事をみつけるの」
そしたら、おじさんはユルいかんじで、こう言いました。
「そうなのかぁ。実は、ボクも今、仕事をさがしているんだ」
「おじさんも、りこんしたの?」
「あはは、近いね。ボクは、また女の子にフラれてしまったからね。だから、こうしてヤケになって昼間からネットうらをじんどって酒をあおっているのさ。仕事さがしもサボってね」
昼間からお酒とは、すごいダメな人です。
きんぞくバットにボールがあたった音がしたので、わたしとおじさんは、ボールを目で追いました。フライで、アウトでした。
「ちゃんとしたほうが良いと思います」
「そうだね」
クズのおじさんは、ちいさく笑いました。




